3-8 魔女と大公の密議 (4)
「ええい! 小癪な魔女め! もう一回、もう一回だ!」
「おやおや、陛下、また煌めく勝ち星をいただけますか。ありがとうございます」
「言ってろ! 次こそ勝つぞ!」
そして、再び乱れた駒を初期位置に並べ始める私と陛下。
酒で喉を潤しつつ、ずらりと並ぶ
なかなか諦めの悪い御方です。
「しかし、麗しの魔女よ、お前を鍛え上げた祖母の大魔女はさらに凄腕であったのであろう?」
「左様でございます。私も結局、一度も勝てませんでした。『勝ちに不思議な勝ちはあれど、負けに不思議な負けはなし。負けこそが後々の糧となる』なんて言われましたが、結局お婆様の領域に到達する前にお亡くなりになりましたので」
コツンッ!
「余は指した事はないのだが、お前がそう言うのであれば、とんでもない腕前だったのだな」
カチッ、コツンッ!
「でしたらば、ジュリエッタと指してみるのがよろしいかと。彼女が一番、祖母に近い位置におりますので」
カチッ、コツンッ!
「ほう。あの赤毛はそれほどか。今度、場を設けてみるか」
「陛下の浮気者~」
「おいおい、妙な言い方するな」
コツンッ!
「げっ、あ、ああ」
「また詰まってきましたわよ、陛下」
「ぐぬぬぬ……。おのれ、魔女め~っっっ!」
コツンッ!
「なんと言うか、強いな。
「私とてお婆様に比べればまだまだでございますよ。
カチッ、コツンッ!
「昔は随分と未熟な時期もございました。若い時分にはよく
「ほほう。それは興味深い。その頃に今少し深く付き合っていれば、魔女殿の貴重な泣き顔や素顔を拝めたやもしれぬな」
カチッ コツンッ!
「涙はとうに枯れ果てました。魔女は泣いてはならぬのです。素顔は家族以外には見せませぬ。魔女とはそういうものなのです」
カチッ、コツンッ!
「ふむ。では、これから一生、拝むことはなさそうだな」
それを聞いて一安心。下手に愛の告白でもされようものなら、火消しにどれたけ労力を割かねばならぬか。その気が更々なくて安堵いたしました。
フェルディナンド様とは、あくまでこの部屋の中だけの関係。そう割り切っていただけるのが一番でございます。
こうして遊び相手を務め、相応の金を頂戴する。
悦楽を捧げ、平穏を渡し、ご満足いただく。それだけの関係です。
親密に、それでいて程よい距離感を。私もフェルディナンド様も、それをわきまえての関係で、それ以上でも以下でもありません。
まれに
「いや、待てよ、ならばいっその事、アルベルトとでも結婚せぬか?」
おっと、ここで意外な提案。
思わず駒を持つ手が止まってしまいました。
フェルディナンド様とアルベルト様は双子の兄弟。表向きは異母兄弟となっていますが、その秘密を知る者はごく僅か。
その僅かな内に、私も含まれております。
(まあ、もしアルベルト様が御結婚なさるとすれば、それは秘密を知っていて、かつ外に漏らす恐れの無い人物となります。そうなりますと、かなり数に限りがありますわね)
裏仕事に携わる者同士、“裏切らないという保障”がある以上、都合が良いというわけでございましょうか。
なにしろ、私も、アルベルト様も、フェルディナンド様への忠誠は“絶対遵守”する身でございますから。
しかし、冷静な私は、突如用意された
「三つの理由を以って、お断りさせていただきます」
「理由が三つもあるのか! 折角だから、聞いておこう!」
カツンッ!
「一つは“情”の観点です。アルベルト様は危険な任務に携わる事が、非常に多い御方です。それもひとえに、陛下の事を思えばこそ。そこに“兄以外の家族”という情が入り込めば、ここぞという場面で踏み込みの浅くなる可能性がございます」
「あくまで、完全無欠で心もなく、無為自然に人を殺める事が出来る人形でいろという事か」
「陛下の事を第一に考えますれば、その通りです」
アルベルト様は強い。
何度も裏仕事を一緒にこなしてきた身の上として、敵に回した時の恐ろしさを重々承知しております。
それは自分の事を横に置き、国と兄のあらゆる事象に優先する位置に置いているからにほかなりません。
家庭を持つという事は、強みであると同時に弱みにもなる状況を生み出します。
完全無欠の
「一つは情報の隠匿に支障が出てしまうというもの。私は表向きは娼婦でございますが、裏では一族全ての情報網から情報を引き出し、陛下からの御依頼に役立てております」
「つまり、あまり密接に関わり過ぎると、独自性を削ぐことになり、あらぬところから情報や秘密が漏れ出る、という事か」
「秘密は秘密であるべきであり、知るべき者の数は、下手に増やすべきではありません。貴族が新たに家庭を持つ以上は、召使い、側仕えの出入りもございますし、それら全てが“口が堅い”とは限りません。今くらいの程々の距離感、人数が適当かと」
まあ、これは方便。
プーセ子爵と結婚すれば、ファルス男爵は格下である以上、実質的には吸収合併という事になりかねません。
大公陛下には忠誠を誓っておりますし、この身を捧げる事も厭いませんが、それはあくまで“私個人”の話。
一族全てをそれに倣わせるつもりは毛頭ありません。
「最後の三つ目の理由が、むしろ、一番重要かもしれません」
「ほほう、その理由とは?」
「魔女と死神に抱かれた子供が不憫でなりません」
半ば冗談で述べた理由ではございますが、フェルディナンド様には突き刺さった模様。
腹を抱えて大笑いなされました。
「ぐははは! なるほど、それもそうか! だが、興味はあるな。
「プーセ子爵家の特性を考えれば、どこぞから養子を貰い受ける事になるでしょうが、それでもどんな子供が出来上がりますやら」
わざとらしく肩を竦め、指で弄んでおりましたる駒をコツンッと盤面に置き、ニヤリと笑ってしまう私。
まあ、自分が子育てを行うなど、少しばかり想像しにくいですわね。
プーセ子爵家は代々大公家の“影”として仕え、ジェノヴェーゼ大公国の“闇”を根城としてきた一族でございます。
歴代の密偵頭として暗躍し、諜報、策謀、そして、暗殺を生業としております、死臭漂わせる最も恐ろしい貴族。
“髑髏を踏み付ける犬”などという分かりやすい意匠の家紋は、まさに“死を司る大公の番犬”を如実に表しております。
しかも、歴代当主は血縁関係なし。あっても、極めて
我が子にすら“情”を移さぬよう、徹底的に心を殺すため、血縁などと言う“情”の湧き立つ苗床を、拒絶してきた結果でございます。
どこぞから適当に養子を貰い、それを徹底的に鍛え上げ、次期当主とする。
今回の場合、大公家からの養子という前例の無いものでございましたが、結果としては大成功。
アルベルト様は右手に潜む“死神の黒い手”のこともありまして、歴代子爵家当主の中でも最強とも呼び声の高い御方。
(そこに“魔女の白い手”が加われば、ある意味では“武”と“智”が備わった状態となる。有能過ぎる部下は、謀反の危険があるというのに、陛下ときたら)
その辺りはこちらを信用なさっての事でありましょうが、“絶対遵守”がなければ、迂闊にも程があります。
今少し慎重になっていただきたいというのが、私の本音でございますね。
「まあ、結婚云々の話も、私が娼婦を引退してからになりますわね。それまで、アルベルト様の横が“空いて”いれば、考えさせていただきますわ」
「あの堅物が、魔女以外の女と付き合うとは思えんのだがな」
コツンッ!
「そうですわね。その点では、陛下とアルベルト様は似ておりませんものね。陛下ときたら、美人の奥方様がおりますのに、こうして夜な夜なお忍びで、別の女の所に足を運ばれているのですから」
「魔女との火遊びは、他では味わえぬ刺激的なひとときなのでな。つい足を運びたくなるというものだ」
コツンッ!
「火遊びも度が過ぎれば、火傷では済みませんよ」
「確かにな!」
「まあ、それはそれとして、
「んんんんんんん!?」
目をひん剥いて盤面を凝視する陛下は、本当に面白い御方ですわね。
いやはや、実際の戦場の差配は負けなしの御仁でありますに、魔女の指し手には勝てませぬか。
まあ、意思なき駒を操るのと、実際に人を指図するのとでは勝手が違いますので、優劣云々は論じるに値しませんが。
「だぁぁぁ! また負けた!」
当然ながら、ここで投了。
陛下の甲高い叫びが響きますが、それを聞けますのも私だけの特権。
ああ、愉悦愉悦で、愉快愉快。
今宵もまた、陛下との逢瀬は楽しいひとときですわ。
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