3-7 魔女と大公の密議 (3)

「ああっと、それからだ。ヌイヴェルよ、先日は赤毛の妹を貸してくれて助かったぞ。まあ、予想していた通り、早速の熾烈なる戦いと言う奴だ」



 フェルディナンド様もいささかうんざりと言った顔をしておりますが、まあそれもやむを得ない事でありましょうか。


 赤毛の妹とは、もちろん私の妹分ジュリエッタの事。


 チロール伯爵の家督を継いだユリウス様が、初めての公式な催し物に参列したのがつい最近の話。


 独身で婚約者もなく、若手の出世頭であり、しかも伯爵号を持っている。


 当然、その“隣の席”を埋めるべく、方々から誘いがあるのは想像するのに難くはありません。


 そうした駆け引きの中にあって、“抜け駆け”を防ぐ意味でジュリエッタをユリウス様の“仮想恋人ファルソアマンテ”として派遣したのでございます。



「いや~、何と言いましょうか、すんごい悪感情ヘイトが集中しましたね。『何よ、この女は!?』ってな感じで。ヴェル姉様の立場を疑似体験させていただきました。魔女って本当に神経が図太くないと、務まらないんですね~」



 などと言って、屋敷に返ってくるなり肩を竦めておりました。


 まあ、貴族の相手は慣れているとは言え、今回の仕事は好意を稼ぎ、楽しんでいただくいつもの仕事ではなく、悪意を稼いでも、ユリウス様の盾となるお仕事でございますからね。


 それはそれで良い経験になった事でしょう。



「ご期待に添えて何よりでございました。ジュリエッタを推した身としては、つつがなく仕事を終えられて、ホッとしております」



 コツンッ!



「うむ。また何かあったら、隣席を温めてもらうとしよう」



 コツンッ!



「しかし、いつまでも“仮想恋人ファルソアマンテ”を伴わせるのも、いかがなものかと……。ちゃんとしたお相手を伴ってこそ、紳士であり、貴人の嗜みでございましょう。まして伯爵家当主となられたのですから、伴侶を持ち、次を見据えた流れを作らねばなければいけません」



 コツンッ!



「ヌイヴェルの言は、まさにその通りなのだが、如何せん、どうにもちゃんとした相手を見繕ってやるのが難しいのだ。候補自体は選り取り見取りなのだが、“政治的な配慮”を考えると、な」



 そう言って、難しい顔をしながら頭をかきむしるフェルディナンド様。


 盤面が再び圧されて、駒の動きに悩んでいるご様子。


 可愛い甥っ子の伴侶となられる相手については、忘却の彼方といったところでございましょうか。



「ユリウス様の事は、本当に可愛がっておいでなのですね」



「亡き姉上の忘れ形見であるからな」



「姉君アウディオラ様がお亡くなりになられて、そろそろ十年近くになりましょうか」



「九年と少々だな。そうか、もうそのくらいになるのか。元々体の強い方ではなかったが、それでも一子設けて、ユリウスを育てたのだ。所用で出かけた先で事故に遭い、夫共々亡くなってしまったのは痛ましい限りであった」



「可愛がられるのも、無理からぬ事ですわね。昔は随分と『姉上! 姉上!』と付いて回っていたものですし」



「おいおい。それはなしにしてくれ。幾つの話だ、それは!」



「いえいえ。陛下はまだマシな方・・・・ですわよ。ディカブリオは未だにそうなのですから」



「ハッハッハッ! そうであったな!」



 嫁を貰っても、まだ締まらない部分もありますからね、あの“熊男爵バローネ・オーソ”は。


 早く陛下のように、姉離れして欲しいものです。



「まあ、ユリウスの相手も早く見繕ってやらねばな。ジュリエッタ嬢の負担を考えると、なおの事な」



「さすがに娼婦がずっとお相手というのも、体面が悪いですからね」



「ヌイヴェルとしては、オススメ・・・・の御婦人はいるか?」



「そうでございますね……。私がオススメするのも僭越ではございますが、チェンニー伯爵ジョルジュ様の御息女はいかがでありましょうか?」



 私の頭の中には、貴族や名士と呼ばれる方々の名簿が、しかと刻み込まれています。


 名前はもちろんのこと、貴族であれば領地について、名士であれば生業について。


 当然ながら、その“家族構成”もまた重要な情報でございます。


 この手の縁組や紹介の御下問あれば、即座にお応えできるように、推薦名簿のご用意に抜かりはございません。



「チェンニー伯爵か……。ちなみに、その御息女を薦める理由は?」



「まず、同格である事。ユリウス様はこの度、チロール伯爵の家督を継がれたので、同じ伯爵家同士、つり合いが取れるという事。あと、その御息女、名をアリーシャ様と申しますが、まだ婚約もない“空き”の状態である事」



「ふむ……。そのアリーシャとやらの齢は?」



「じきに十四歳になられるはず。ユリウス様が十七歳ですので、年齢的にも差はそこまでございません。それもオススメの理由でございます」



 歳の差婚は、それなりに苦労しますからね。


 何しろ、我が家のディカブリオも、拾ってきたラケスを嫁に迎えるのに、散々苦労しましたから。


 二人の齢の差は十歳近い。主従の隔たりに加え、この年の差も手を出し辛い雰囲気を醸しておりました。


 それ以上に“朴念仁”ぶりを発揮していましたが。



「それと今一つ……。まだ未確定な情報なのですが、ネーレロッソ大公と接触した可能性があります」



「それは本当か!?」



「我が家の商会からの報告です。どうにも出入りの業者の中に、ネーレロッソ大公国の商人がいて、その出入りが最近増えた、と。それも例のチロール伯爵家の相続問題を前後しての話です」



 我が家の商会であります“イノテア商会”は、魚介を主に扱っています。


 イノテア家は元々は漁師の家系であり、それが“ボンゴラ”の人工養殖に成功して財を成し、今に至るのがその歴史。


 “蛤の姿をした蝶”を家紋にしていますのも、その伝統を誇りとしているからでございます。


 蛤の他にも、干魚、塩魚など、多くの魚介を扱い、方々に卸しております。


 そして、“商人に扮した密偵”も従業員の中に紛れ込ませており、商いで出向く先において情報収集をしてもらっております。


 ファルス男爵家を表の顔とすれば、イノテア商会と高級娼館『楽園の扉フロンティエーラ』はいわば裏の顔。


 そして、その裏の顔の財力と情報網こそ、我がイノテア家の力の源なのです。



「なるほど。もしやすると、そちらの案件が潰されたので、別口から斬り込んできたとも取れるな」



「そうと断言できる材料は出揃っていませんが、警戒はしておくべきかと」



「つまり、下手なちょっかいを出される前に、ユリウスとの婚儀を進めて、こちら側でガッチリと掴んでおけ、と」



「このところ、ネーレロッソ側の動きが活発化しているのも事実。その目論見を頓挫させる意味においても、チャンニー伯爵との繋がりをより強め、策を打ち込む隙を与えない方が賢明かと」



「確かにな。ヌイヴェルの申す通りだ。ユリウスとアリーシャ嬢との婚儀、進めてみるか。それとなくチャンニー伯爵に話しを振って、反応を見てみよう」



 真剣に考えこむフェルディナンド様は、実に凛々しい御方です。


 こうして将棋スカッキィに興じながら、他愛無い世間話から政治に絡む謀議まで、色々と交わす言葉は珠玉に勝るもの。


 肌の触れ合わぬ逢瀬と言えども、実に愉快で楽しいひとときでございます。



「そんなわけでございまして、a4女王クイーンで。さて、これで逃げ道は塞ぎましたよ。次の一手で王手チェックメイトでございます。女王に手ずから葬られるのが良いか、それとも騎士ナイトに蹂躙されるのが良いか、お好きな方で♪」



「んんんんん!?」



 凛々しいお顔が一転して、渋いお顔になられました。


 ああ、こうして気兼ねなく陛下と戯れる事が出来るのも、私に与えられた特権。


 これだから“娼婦”と“魔女”は止められない。


 困り顔の陛下もまた、随分と“可愛らしい”ものでございます。


 

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