3-2 魔女の館への来客

 私が所属しておりますジェノヴェーゼ大公国には、二つの大きな都市がございます。


 一つは首都でもあります『公都キャピターレゼーナ』。


 大公陛下がお住いの宮殿を中心に区画整備がなされ、人口は三十万を数える巨大な都市となっております。


 宮殿の外に公官庁が軒を連ね、貴族街には数多の貴族が集まり、気品漂う雰囲気を見せ付けています。


 貴族や富豪相手の商売、あるいはその従業員やら召使いやらの住居もあり、その賑々しさは世界有数の大都市の趣きがあり、私も大好きです。


 今一つは首都の玄関口とも言うべき港町『港湾都市ポルトヤーヌス』。


 人口は十万を数え、大公国内では人口、都市の規模共に第二の都市。


 港町と言う事もあって、船がひっきりなしに入って来ては荷を降ろしたり載せたり、そして、飛び交う売り買いの掛け声がそこかしこから聞こえてきます。


 不夜城のごとき賑わいがあり、その活気は眠る事を知らぬほど。


 ゼーナは御貴族様の上屋敷や、官庁勤めのお役人が居住する“お上品な街並み”であるとすれば、ヤーヌスは海の荒くれ者や狡知に長ける商人が数多集う、活気や欲望の漂う“喧噪溢れる街”と言った感じでしょうか。


 その欲望のはけ口として、“歓楽街”がヤーヌスには存在しているのでございます。


 私が勤めております高級娼館『楽園の扉フロンティエーラ』もまた、その歓楽街の一角を占めております。


 まあ、歓楽街もピンからキリまでございますよ。


 安い酒場や食堂もあれば、会員制の格式ある御食事処もございます。


 “女を買う”にしても、路地に突っ立つ“立ちんぼ”に声をかける者から、私のような高級娼婦コルティジャーナに予約を入れる者、人それぞれでございます。


 階層、懐事情、そうした諸々の条件に合致した欲望のはけ口こそ、“歓楽街”の存在意義なのですから。


 誰しもが理想の異性と出会い、幸せな結婚生活を送れるとは限りません。


 結婚できない者、結婚できても妻との関係が微妙な者、それは様々でございますが、理想や夢を見させてくれる場所が“歓楽街ここ”なのです。


 そんな歓楽街から少し離れた場所に構えた屋敷が、通称『魔女の館カサデーラ・ステレーガ』。


 お婆様が建てられ、その後はイノテア家のヤーヌスにおける拠点として活躍した、なかなかに立派な屋敷でございます。


 成り上がりの男爵とはいえ、その財は膨大であり、伯爵級の貴族と肩を並べても遜色ないほどでございます。


 立派なお屋敷はその象徴。


 普段使いの住居としてだけでなく、“やんごとなき方”をお招きする事もありますので、その設えは貴族の御屋敷と遜色ない門構えになっております。


 屋敷自体は四階建てでございますが、象徴的な“塔”の部分だけは六階相当の高さになっており、そこに部屋が一つだけございます。


 晩年のお婆様の私室であり、元々は“秘密の会合”を開くための場所だったそうです。


 塔の階段を封じておけば、完全な密室であり、壁越しに聞き耳を立てられる心配もないため、しばしばそこで重要な決定がなされていたのだとか。


 そして、私もまたその先例に倣い、“最上の上客”をお呼びする際には、そちらの部屋を使う事にしております。


 もちろん、先方の許可済みではございます。


 日も沈み、夜の闇が周囲を支配し始めた頃、その魔女の館に一台の馬車がやって参りました。


 髑髏を踏み付けた犬、その意匠を凝らした旗印バナーはプーセ子爵家のもの。


 ジェノヴェーゼ大公国の“闇”を司る密偵頭を代々輩出しております家柄ですので、人々からは不気味がられております。


 それを象徴するかのような旗印でありますが、私からすれば実に格好の良いものだと感じてしまいます。



(なにしろ、我がイノテア家の家門は“蝶々の姿をした蛤”ですからね~。象徴的と言えば象徴的なのでございますが、何と言いますか、威厳が足りない)



 成り上がりの男爵なので、形くらいはしっかりしたいと思いつつも、代々の家紋を捨てるのには忍びなく、使い続けている次第です。


 そして、門をくぐり、庭園にて馬車が止まりました。


 御者が颯爽と飛び降り、馬車の扉を開けますと、そこからは一人の威風堂々たる貴公子が姿を現しました。


 中々の偉丈夫であり、女性では長身な方である私の、さらに頭一つ分は大きい。


 少しボサついた黒髪で、それが夜風に吹かれて実に涼しげです。


 ただ、“お顔”は見えません。なにしろ、仮面をかぶっておりますので。


 そんな仮面の貴公子に対して、私は最上の礼を以てお出迎えでございます。



「ようこそお越しくださいました、プーセ子爵アルベルト様」



 丁寧なお辞儀と共に、口から飛び出します挨拶の言葉。


 しかし、これは真っ赤な嘘。


 目の前にいる貴公子はアルベルト様に非ず。


 アルベルト様に変装した大公陛下フェルディナンド様なのですから。


 しかし、そこは互いに勝手知ったるなんとやらでございます。


 仮面の貴公子は満足そうに頷いた後、馬車から下りて地に足を付け、私の目の前へと進み出ました。


 そこへすかさず私は腕を組み、従者に見守られながら屋敷の方へと、大公陛下を連れ立って入っていきました。


 これから“塔の中”で何が行われるのか。それは二人だけの秘密です。

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