3-3 塔の部屋
屋敷の中に建てられましたる塔は、四階部分で短めの回廊と接続されており、ここを通らねば中には入れません。
侵入されない事を第一に考えられておりまして、もし、最短で塔の部屋まで到達しようと考えますと、正面玄関、四階までの階段、回廊部、塔の螺旋階段、これらを進まねばなりません。
人目に付きます上に、回廊部には“男爵家当主自身”が見張りに立ちますので、絶対に中へは入りません。
「ご苦労、ディカブリオや、今宵も頼むぞ」
男爵自身が見張りに立つなど、奇妙な話ではございますが、これもまたお婆様時代からの伝統。
秘密の会合が開かれるのが塔の部屋であり、見張りもまた最も信用の置ける者を、というわけでございます。
そこはディカブリオもまた勝手知ったるというもの。
無言で頷いて、塔の中へと我々を通し、そこで扉を封印。
これで出入りは完全に封じられました。
塔の外郭には取っ掛かりも一切なく、よじ登る事も不可能。
仮に頂点の尖塔部にロープを引っ掻けることができるとしましても、高さにして六階相当をよじ登らねばなりませんので、登る前に周囲の見張りに見つかってしまうというもの。
ゆえに、一切の聞き耳を気にする事無く、密談を行えるというわけです。
(お婆様も、この塔の上で数々の密議、商談を重ねてきました。そして今、私もその階段を登っている)
なにしろ、今夜のお相手はプーセ子爵アルベルト様に扮した、大公陛下フェルディナンド様でございます。
双子の容姿を利用し、時折入れ替わるお二人でございまして、その秘密を知る数少ない存在が、私やディカブリオなどファルス男爵イノテア家の上層部。
表向きはプーセ子爵家と懇意にしているということですが、大公国の“闇”を統べるプーセ子爵家と懇意にするという事は、“そういう事”なのでございます。
イノテア家の運営します商会を通じて物品の納入をしているように見せかけて、表沙汰にできない“物”や“人”を提供しているというわけです。
もちろん、先頃の『チロール伯爵家の御家騒動』のように、直接的に出向いて処理する事もございますが。
裏に表に子爵家を挟んで、大公陛下のために動く魔女とその“愉快な仲間達”、それが我々ファルス男爵イノテア家というわけです。
(と、言いましても、裏仕事に関して実際に動いていますのは、私、ディカブリオ、アゾットの三名のみ。叔父様や叔母様は現役を引退して、せいぜい繋ぎ役程度)
ジュリエッタやラケスは“裏仕事”については知りません。
ただ、勘の良いジュリエッタは薄々勘付いてはいるようで、それだけに“暗部に触れる恐ろしさ”も理解しており、素知らぬ顔を決め込んでくれています。
まあ、もし人手が足りない時は何かしらを頼むかもしれませんが、今は娼婦稼業に専念してもらうつもりです。
娼館の経営もまた、我が家の大事な収入源でもありますし、人気嬢に危ない真似をさせるつもりはありません。
私の場合は“魔女”なのですから、例外という事にしております。
お婆様より“魔女”の肩書を襲名して以来、魔女と娼婦の二つの仮面を使い分け、時折“男爵夫人”にすら扮する始末。
本当に忙しない事でございます。
「はぁ~、やっと着いた! やっぱり堅苦しくていかんな!」
塔の部屋に着くなり、早速“素”を出しております大公陛下。
私以外の者が見る事も聞く事のできないこの空間。変装も、演技も、もはや不要なのでございます。
着けていた仮面を外し、黒髪の“かつら”を脱ぎ捨て、自身の地毛である金髪を晒し、右手の“二重の手袋”もササッと外されてしまいました。
隠されていたご尊顔がようやく表に出てきたのでございます。
フェルディナンド様とアルベルト様は双子で、“右手に死神が宿っている”以外は瓜二つ。
しかし、それを気取られぬため、アルベルト様は普段から自身の姿に手を加えているのです。
まず、金髪は染料によって黒くしており、顔も“天然痘の醜い痕がある”という事で仮面を標準装備。
これだけでがらりと見た目の雰囲気が変わります。
そして、フェルディナンド様がアルベルト様に扮する時は、その姿に合わせるようにしているというわけです。
魔術封印の手袋も忘れずに、です。
「大公陛下、本日はわざわざのお運び、恐縮でございます。窮屈なる装いを強いてしまいますのは、こちらとしても心苦しい限りでございます」
「なぁに、構わん構わん! 気兼ねなく“遊べる”のは、ここしかないからな。この程度の変装くらい、ほんのささやかな催し程度の話だ!」
普段は威厳に満ちった大公陛下でありますが、この部屋に入った途端、少年のようなはしゃぎぶり。
余程、仕事の鬱憤が溜まっていたご様子です。
もちろん、それを解きほぐし、楽しんでいただきますのが今宵の私の務めでございます。
さあ、陛下、早速いつもの“アレ”を始めましょうか。
陛下の大好きな“アレ”でございますよ♪
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