2-14 不自由を選ぶ自由

 ディカブリオとラケスの結婚式は無事に終わった。


 教会で盛大に行われ、続く披露宴も実に多種多様な人々からの祝福を受け、新郎新婦の二人は幸せそうでした。


 なお、巨躯のディカブリオと小柄なラケスの組み合わせでございますから、「熊と猫が夫婦になった」とジュリエッタなどは笑い飛ばしておりましたが、まさにその通りかと。


 ですが、それ以上に問題なのは、出席者の視線です。


 縁者の貴族から、知己の商人まで、それは数多くの招待客をお呼びしましたが、その視線は少々いただけません。



(まあ、顔は笑って祝福してはくれても、奇異の視線、中には蔑視も含まれていますね。やれやれですわ)



 それも当然と言えば、当然でありましょう。


 なにしろ、今回の新郎新婦は男爵と貧民街の娘の組み合わせなのですから。


 上流階級の結婚は、おおよそ似たような階級や家柄同士が引っ付く事がほぼ当たり前になっています。


 家の格が違い過ぎると、何かと苦労しますからね。


 そもそも、貴族の結婚は家と家を結ぶ契約であり、その証としての婚姻なのですから、同格同士の組み合わせとなるのが自然です。


 その貴族社会の常識に照らし合わせますと、爵位持ちがわざわざ最下層の娘を娶る意味が見出せず、それだけに奇異の視線を向けてくるわけです。



「フンッ! 何を考えているんだ、あの若い男爵は」



「まあ、娘の容姿は中々のものだが、あんな下賤な者を娶る意味が分からん」



「所詮、貴族に成り上がった娼婦と魔女の一族だ。案外、お似合いかもしれんな」



 こんな声まで囁かれる始末。


 しかし、新郎新婦はそんな風聞など気にもかけません。


 なにしろ、今の自分達は幸せなのですから、他人にどう思われようが知った事ではないのです。


 むしろ、気が気でないのは、新婦兄のアゾットの方でございます。


 よりにもよって、妹が貴族に嫁ぐなど、まったく想定していなかったのですから。



「今まで生きてきた中で、一番きつかった。医大の試験が天国に思えるほどだ」



 式が終わって、身内だけになってから、アゾットは本当にげっそりとした顔で、口から漏れ出たこの言葉。


 周囲も大笑いでございます。


 ちなみに、その場には私とアゾット、新郎ディカブリオに、新婦のラケス。あとはジュリエッタ。


 まあ、“いつもの”顔触れと言うわけです。



「何を言っておるか、こやつは。折角の妹のハレの日だというのに、ぶつくさぼやきおって」



「そうは言いますが、ヌイヴェル様。自分とラケスは元々貧民街の出なのですよ。それが貴族に嫁ぐなど、数年前には考えもしませんでしたし、今でも信じられないくらいです」



「それだけ、仔猫ラケス大熊ディカブリオの気を引いたという事じゃ。そうであろう?」



 なおも困惑するアゾットを後目に、新郎新婦な仲良く並んでソファーに腰かけております。


 おまけに、肩寄せ合って、仲睦まじい事をアピール!


 うむ、よいぞよいぞ、もっと見せ付けてやれ。



「ヴェルお姉様には感謝の言葉もございません。卑しき出身のあたしにも、一切の偏見なく迎え入れていただきまして」



「改まって言う程の事ではない、ラケス。こうなる事は予定調和というものよ。亡きお婆様が是非にも確保しておけと、言うておったからのう。こちらこそ朴念仁の熊の伴侶となってくれて、姉として肩の荷が下りたくらいですよ」



「姉上!」



 ディカブリオが恥ずかしそうに抗議の声を上げてきましたが、ニヤニヤ笑って返しました。


 そもそも、ラケスが十四歳になった段階で、あれやこれやと引っ付くようにけしかけたのに、結婚まで二年もかかった甲斐性なしですからね。


 背を押してやらねば、もっとかかった事でしょう。


 金と、権力と、腕力で、いつでもねじ伏せられる仔猫相手に、全くもって情けない熊でございます。



「それよりも姉上、結婚が決まってからと言うもの、毎日“アンギラ”を送られるのは、何かの嫌がらせかまじないの類ですか!?」



「さっさと子供を作れという、姉としての優しさではないか! 精を付くものだと思い、用意させておるのじゃよ」



「やはり嫌がらせではないですか!」



「しかし、効果は覿面のようじゃな。ここ最近、毎夜毎夜ラケスを抱いておるときいておるぞ。結構な事じゃて」



 真面目な分、一度ハメを外すとどこまでも突っ走るこのムッツリ熊。


 新郎新婦、揃って顔を真っ赤にしております。


 ああ、楽しい楽しい♪



「なんじゃ? 不服か? なら、砂糖と蜂蜜でも贈ろうか? 甘い甘ぁ~い蜜月ルナディミエーレを過ごせるように!」



「なら、ボロンゴ商会で何か仕入れてきましょうよ、ヴェル姉様!」



「おお、それが良いなジュリエッタ。明日にでも行くとしようか!」

 


 ここぞとばかりに笑い飛ばす私に、ジュリエッタも大笑い。


 新郎新婦はなおも真っ赤な顔で照れ隠し。


 うむ、赤面の熊は不格好ですが、仔猫の方は可愛らしい。


 アゾットは相変わらず頭を抱えておりますが。



「ヌイヴェル様、一つよろしいですか?」



「なんじゃ、アゾット? まだ何か不満か?」



「いえ、結納金はどうしようかと」



「あ~、すっかり忘れておった」



 結婚には付き物の結納金。


 嫁を送り出す側の家が、夫の家に収めるお金になります。


 嫁が嫁ぎ先に馴染むまでの生活費、あるいは家具代、衣装代と言った名目になりますが、これが結構な額になります。


 そのため、女児が生まれると露骨に嫌がる者もおりますが、それだけ嫁がせる際の負担が大きいという事でもあります。


 そして、嫁を受け入れる家の家格に応じて、その結納金の金額が変わります。


 アゾットやラケスは元々は貧民街の出身。結納金代わりに、美物を送る程度のものですが、ラケスが嫁いだ先は何と男爵家!


 貴族の結納金など、とてもではないが、医大を出たばかりの医者には工面できる額ではないというわけです。


 アゾットが式中もずっと悩ましい顔をしておりましたのも、貴族に嫁ぐという行為のリスクが頭によぎっていたからでしょう。



「なぁに、心配ない。結納金は“アゾットの体で払ってもらう”ことになりますから、フフフ………!」



「ヌイヴェル様、あなたは本当に魔女ですね!」



「契約は契約じゃて! “不自由を選ぶ自由”を行使し、魔女の牢獄に捕らわれる事を敢えて選んだ、ラケスを恨む事じゃな!」



 結婚とは牢獄のようなもの。


 一生そこに居続けなくてはならない、逃げられない監獄。


 しかし、そこは住めば都。住みやすく作り変えてしまえばよい。


 兄妹仲良く我が家の一員となれば、それも叶うことでありましょう。


 改めて、ようこそ魔女の館へ、アゾットにラケス。


 これからも末永くどうぞよろしくね♪

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