2-15 流血沙汰

 ディカブリオとラケスの結婚式の翌日、冷やかしを現実のものとすべく、私はジュリエッタとアゾットを従え、ボロンゴ商会へと向かいました。


 甘い甘ぁ~い蜜月の二人を茶化すため、甘い物を仕入れるためでございます。


 幸い、上質な蜂蜜を手に入れる事が出来ましたので、気分は上々。


 あとは新婚夫婦に向かって、「精々甘い生活を送る事だな!」とでものたまいながら、蜂蜜の入った壺を差し出せばヨシ!



「熊なんだし、蜂蜜、喜んでくれるでしょうよ」



 何を贈ろうかと悩んでいるときに、ジュリエッタが蜂蜜にしようと提案し、それに決めましたが、それもそうだと納得。


 “熊男爵バローネ・オーソ”には似合いの品でございますね。


 買い物も終えていざ帰ろうとした時、それは起こりました。



「喧嘩だぁ!」



 馬車に乗り込もうとしたところで、そんな叫びが耳に入ってまいりました。


 何事かとそちらの方を見てみますと、確かに喧嘩が発生しており、殴るわ、蹴るわの大乱闘!


 数の上では三対三。同数同士の喧嘩でございました。


 ボロンゴ商会の店舗の近所にある酒場の客のようで、何かしらで揉め事が発生したご様子。


 天下の往来での騒ぎなんぞ、酔いが醒めたら赤っ恥であろうに。



「ありゃ~、物騒ですね。治安部隊は何やってるのよ!?」



「突発的に起こる喧嘩に、すぐ駆け付けれるわけなかろう」



「それもそうですね。おっと~、豪快な投げが入りましたね~」



 呑気に喧嘩を眺めるジュリエッタも、すでに観戦モードに突入。


 かく言う私も他人事。一応、知った顔はいないかと双方を観察しましたが、どちら側にもいない事を確認しました。



「ちなみに、ヴェル姉様、どっちが勝つと思います?」



「双方ともに、技量も同等、数も同じ、決着がつく前に治安部隊が駆けつけて終了」



「ってことは、痛み分け?」



「じゃな。まったく、天下の公道でこんなバカ騒ぎをしおって。獣性を出すのは、寝台の上だけにしてほしいものじゃ」



 相応の対価をいただければ、その荒ぶる感情を凪の水面のごとく、鎮めて差し上げますわよ。


 たかぶる感情も、熱き白汐も、結局は我慢などせず、ぶちまけるのが一番でございますから。


 今目の前の光景にしても、ただその表現方法がなっていないだけなのですから。



「しかし、そうでもなさそうですよ」



「ぬ?」



 少し焦り気味にアゾットの声が漏れ出まして、よく見るとあろうことか、暴漢の一人、その手には短剣が握られておりました。


 殴り合いならいざ知らず、刃物はいくらなんでもマズい。


 そして、ブスリ。


 煌めく刃が、相手の体に深々と突き刺さりました。



「ありゃ~、やっちゃった」



 血が滴る現場を目撃して、ジュリエッタはしかめっ面になり、私もまた眉を顰めてしまいました。


 ただの喧嘩が、凶器を用いた殺傷事件へと昇格。


 刃物を持った暴漢は更に暴れ回り、斬るわ突くわで、更に血飛沫が汚らしく舞い散る有様。


 当然、野次馬達も慌てて逃げ出し、入れ替わるようにようやく巡察の兵士が到着。


 殺人犯を取り押さえました。


 しかし、散々なる結果。地面に血の池を作り上げていました。



(相手方は死亡二名、重体一名。この重体の者も、そのうち死体になりそうなくらいの深手ですわね。そして、止めに入った仲間も、暴れるお仲間に斬り付けられて、腕に裂傷あり。大惨事ね、これは)



 折角、身内の新郎新婦をからかうための買い物が、予期せぬ流血沙汰を目撃してしまい、気分が台無しになってしまいました。


 兵士に連行されて、殺傷犯はその場を退場していき、今度は医者が現場に駆けつけてまいりました。



「げっ……」



 淑女にあるまじきジュリエッタの声がしましたので何事かと思いましたら、その駆け付けた医者は顔見知り。


 しかも、“悪い意味”での顔見知り。



(あれは確か、お店から“出禁”をされた大馬鹿者……)



 以前の事ですが、 私やジュリエッタの務めております高級娼館『楽園の扉フロンティエーラ』において、“出禁”を食らったお馬鹿さん。


 少々、ジュリエッタへの過ぎたる求愛行動・・・・を咎められ、お店の怖~いお兄さんに摘まみ出された過去を持っています。


 もちろん、現場に居合わせた私も、可愛い妹分への報復も兼ねて、たっぷり口撃・・してやりました。


 流血沙汰に加えて、会いたくもない愚物と鉢合わせし、完全に結婚式のお祝い気分が台無しです。


 今日はとんだ厄日だと、天に向かって嘆いてしまいました。

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