2-13 大魔女の遺産

 大魔女グランデ・ステレーガカトリーナが亡くなった。


 その話は瞬く間に国中に、いえ“世界中”に拡散しました。


 特に隠し立てするような事もなかったのですぐに公にしたのですから、当然と言えば当然でございましょう。


 成り上がりの貴族、加えてまだまだ魔女狩り時代の偏見の名残がある御時世、快く思わない者も多く、ようやくくたばったかという不快な声も聞こえてまいりました。


 まあ、それらはお婆様の事前の仕込みと言いましょうか、人脈の広さと深さを見せ付けて、終息しましたが。


 なにしろ、葬儀の席に“雲上人セレスティアーレ”の勅使が顔を出されていたからでございます。


 御存じない方もおられますので説明しておきますと、この世界はロムルス天王国によって緩やかに一括りにされており、その天宮サントアリオがございますのがアラアラート山という、天にも届くほどに高くそびえ立つ山なのです。


 常に山の頂は雲で隠されており、その姿を見る事はほとんどありません。


 それゆえに、そこに住まう天王御一家の事を“雲上人セレスティアーレ”と呼ぶ事がならわしです。


 そして、地上の各所には“熱き心の百人組チェンタンジェロ”の末裔を称する貴族が割拠し、それぞれの土地を管理、運営をしております。


 その中でも五大名家が頭立ち、各地の貴族を束ね、“天王の代理人”として統治しているのがおおよその仕組み。


 私が与しておりますジェノヴェーゼ大公国アーメンオーデン家も、その五大名家の内の一つでございますね。


 これに“教会”が加わります。


 教会は雲上人セレスティアーレの出先機関のようなものであり、祀る神やその作法を雲上人セレスティアーレの指示により体系化するのが職責です。


 雲上人セレスティアーレの始祖神であるデウスを主神とし、取り巻きとして幾柱かの補神がおり、さらにかつては土着の神であったものを、天使や悪魔として加えられたりします。


 そうした事を管理しているのが教会。


 その最高責任者である法王は、雲上人セレスティアーレ天王の近親者が就任することになっております。


 聞いた話では、たまに下界に降りてくる雲上人セレスティアーレに、上手く取り入ったのがお婆様なのだとか。


 しかも【絶対遵守フィサティオーネ】で何かしらの契約を結び、世界そのものを改変させたのだと伺っています。


 それまで否定的であった魔女や魔法使いの存在が、世間に認められるようになったのもその頃ですし、おそらくはそれに関することなのでしょう。


 結局、その中身は「守秘義務があるから」ということで、お婆様の口から漏れ出る事はありませんでした。


 しかも、見事に墓場まで持って行ってしまったので、それこそ雲上人セレスティアーレに直接お聞きしなくては、その中身を知る事もできません。


 気にはなりますが、雲上人セレスティアーレに会う機会など、そう簡単には得られません。


 雲上人セレスティアーレにお目にかかった事など、片手で数えられる程度でございますから。


 まあ、そんな文字通り雲の上の方が、お婆様の葬儀に勅使を派遣してくださったのは、せめてもの手向けと言うわけです。


 雲上人セレスティアーレが葬儀で使者を派遣してくるなど、せいぜい五大名家に関わる事くらいなものです。


 たかだか男爵、それも爵位持ちではなくその身内ですわね。


 正確には、お婆様視点だと、娘の婿養子が男爵で、最近、爵位が孫に移った、です。


 つまり、お婆様の立場は公式には、男爵の親、もしくは祖母となりますわね。


 その程度の地位でしかないのに、扱いは五大公に匹敵する扱いなわけで、雲の上の方々が葬儀に参列する事自体、異例中の異例というわけです。


 これでピタリと我が家への誹謗中傷や嫌がらせが止まりました。少なくとも表向きにと言う事ですが。


 五大名家に匹敵する厚遇を得ている男爵家、というのは流石に無視できないようでございますね。


 お婆様の最後の遺産、お見事でございました。


 それから家中は偉大なる魔女を失った事を埋めるかのように、皆が必死で働くようになりました。


 私自身、娼婦として金を稼ぎつつ人脈を広げ、あれこれ手広く商売を始めたりと、蓄財に熱心になっていきました。


 ディカブリオもようやく男爵家当主としての貫禄が付いてきたのか、あまり好きではなかった社交界に積極的に出向く様になりました。


 そして、アゾットとラケスも仕事には慣れていき、同時にアゾットは医者になるための勉学にも打ち込んで、日夜学業の日々!


 その甲斐あって、予定通りに二年で基礎的な学力を身につけ、どうにか他国の最先端の医大に通わせる事も出来ました。


 留学もあっと言う間に五年が過ぎ去り、そして、無事に医師の免状を手にして戻ってまいりました。


 本来は六年はかかる医大通いも、一年短く戻ってこられましたのは、当人の努力の賜物でございましょう。


 まあ、アゾットの持つ魔術が開花したのかもしれませんが、それを確かめる術は実演してもらうよりありません。


 しかし、帰国したアゾットにとんでもない不意討ちサプライズが待っていました。


 そう、妹ラケスが主人ディカブリオ結婚していた・・・・・・という事。


 私が驚かせてやろうと悪戯心を出し、手紙でその件を一切知らせていなかったからなのでございますが、その驚く顔が中々に見ものでございました。


 まあ、普通は考えないでございましょう。男爵号持ちの貴族が、貧民街出身の奉公人の娘を娶るなど。


 精々、妾や愛人としてお手付き程度なら考えられましょうが、正妻として迎え入れようなど、あまりにも常識外れ!


 我が家が普通の貴族から一線を画す存在であるとは言え、完全に予想外だったことでしょう。


 そして、アゾットは気付いた様にございます。


 契約書に追加で書き入れましたる文言、『兄妹の片方がイノテア家にいる場合、もう片方の出入りや滞在もまた許可する』ですわね。


 これが自分が奉公人延長に際して、"妹と離れなくても良い措置”だと考えていたのが、全くの見当外れであったという事を。


 本当は、妹が男爵家に嫁ぐので、“お前も身内の仲間入りさせてやる”という宣言に他ならなかったというわけです。



「ヌイヴェル様、まんまと引っかけてくれましたね」



 籍は入れておきましたが、挙式はアゾットが戻ってからと考えておりましたので、花嫁衣裳の妹を目の前にして、いささか複雑な顔をしております。


 そして、この言葉を私にぼやいておりますが、まあ、契約の内容はしっかり考えた上で結ぶようにと笑い飛ばしてやりましたとも。


 書かれた文言の裏まで探らないとダメですよ、多分名医になった男よ。

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