2-10 宝石の原石と大樹の苗
しばらくお婆様とそのままあれこれ話しておりますと、身奇麗が終わったアゾットとラケスがジュリエッタに連れられて部屋にやって来ました。
そして、思わず「ほぅ……」と唸ってしまう私。
アゾットは相変わらず冴えない少年と言った感じでしょうか。背丈はそれなりにあるものの、やはり精悍さという点ではイマイチ。
しかし、妹のラケスは別。私が唸るほどに“お嬢様”になっていました。
ジュリエッタの手入れが良かったのか、ボサボサで濁った蜂蜜色の髪は艶のある金髪になっており、薄汚れた顔も奇麗に拭かれて、瑞々しい肌を見せ付けております。
また、ボロ着からジュリエッタのおさがりのドレスを着せられており、当人も戸惑っている様子。
(磨けば光るとは思っていましたが、これほどとは……。大店のお嬢さんくらいの説明なら、普通に通るわね)
ただ、やはり立ち振る舞いは貧民街の住人でございますね。
オドオド落ち着かなず、周囲をキョロキョロしております。
堂々と相対して、それでいて優雅に、可憐に、お辞儀でもすれば完璧ですが、そこは作法のなっていない下層民の出。
これは仕込み甲斐、育て甲斐のある逸材と、私も思わずニヤついてしまいました。
「お婆様、先程ご紹介しましたアゾットとラケスにございます。本日より、兄妹揃って当家に年季奉公人として参りました。ほら、二人ともご挨拶を」
二人は私に促されるままに慌てて頭を下げ、寝台の上で上半身を起こしておりますお婆様にお辞儀をしました。
当然ながら目上への挨拶としては不格好な頭の下げ方であり、育ちの悪さを見せ付けるだけでありますが、お婆様は特に気にした様子もなく、ニッコリと笑顔を作っております。
「アゾット、それにラケスとやら、よくぞ当家に参られました。住処や仕事が変わり、何かと戸惑う事もあるでしょうが、しっかりとお勤めなさい」
目下の者へも丁寧な挨拶をこなすお婆様。
生粋の貴族ではないので、尊大な態度とは無縁でございます。
なにしろ、元々の貴族と成り上がりの決定的な差は、富や権力が自分のものではないと知っているかどうか、なのですから。
自分で手にする事と、親から相続するのでは、富や権力の意味も違ってきます。
「ジュリエッタや」
「はい、お婆様、なんでございましょうか?」
「この二人に読み書きを教えてあげなさい。少なくとも、明日までには、自分の名前を書けるくらいには」
「分かりました! お任せください!」
ジュリエッタは威勢よく答えましたが、実に嬉しそうです。
実のところ、ジュリエッタはこの館の中では一番の年下であり、年季も短い。
両親が亡くなり、お婆様に引き取られて以降、特に使用人の変更もなく、かと言って弟子を取ったりもなかったのですから、当然と言えば当然。
しかし、今日から二人も“後輩”が出来たのですから、それがまた嬉しいのでしょう。
それに、ラケスはジュリエッタよりなお若く、ジュリエッタがお姉さんとなります。今まで妹に徹してきた自分が、今度は自分にも妹が出来たようなもの。
それもまた、張り切る姿勢から喜びにあふれています。
「では、屋敷内を色々と案内してあげて、ジュリエッタ。それから、早速だけど文字の稽古ね」
「お任せください、ヴェル姉様! さあ、二人とも、行くわよ!」
二人をグイグイ引っ張って部屋を出ていくジュリエッタ、本当に楽しそうです。
まあ、自分の授業の合間程度であれば、問題はないでしょう。
が、それ以上に気になる点が、お婆様の口より零れましたので、私の意識はそちらに向いておりました。
「お婆様、名前を書けるようにと仰いましたが、まさかあの二人に“アレ”を使われるおつもりですか?」
「ええ。宝石の原石に大樹の苗、ですか。なるほど、一目見て納得しました。磨けば光り、根が張れば大きく育つ。あれはキッチリと確保しておいた方が良い。曖昧な口約束などではなく、正式な書面に基づく、キッチリとした契約を、ね」
お婆様の目利きに適った点は良かったですが、まさか秘術を用いる程とは驚きです。
お婆様の魔術は強力無比で、滅多に使われる事はありません。
特に、ここ最近では使った記憶がない程です。
しかし、その威力は絶大。なにしろ、効果が発動している間は、“神”ですら従えることができるのですから。
大魔女を大魔女たらしめる魔術。その正体は“絶対”。
持ち前の知識や話術に加え、絶対に破れない契約を交わすその力。久々に拝めるのは嬉しくもあり、恐ろしくもある。
私などのように、影からコソコソ掠めるのではなく、堂々と正面から結ぶのですから。
ああ、大魔女が久方ぶりに動かれるのですね。
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