2-9 大魔女カトリーナ

 私とディカブリオ、そして、アゾットとラケスで魔女の館に踏み込みますと、早速可愛らしい赤毛の女の子がお出迎え。



「ヴェル姉様、お帰りなさいませ!」



 元気よく挨拶をしてきましたのは、妹分のジュリエッタでございます。


 まあ、この頃は“娼婦”として働く前の話でございますので、私やお婆様に教育されていた頃ですわね。



「ジュリエッタ、戻りました。早速で悪いのですけど、この二人を奇麗にしてやってくれるかしら? 服も適当に見繕ってちょうだい」



「貧民街に行かれると言ってましたが、そこで拾われたので?」



「ええ。年季奉公人として、しばらく当家で働く事になりました。だから、空き部屋を一つ、兄妹にあてがってちょうだい」



「分かりました! そちらも用意しておきます!」



「私はお婆様に事情を話して来ますので、よろしくね」



 そう申し付けますと、ジュリエッタは兄妹とディカブリオを伴いまして、館の奥へと消えていきました。


 それを見送ってから、私はお婆様が横になっている部屋へ。


 そこは館にある尖塔部の最上階でございまして、住まうには少々不便ではございますが、お婆様のお気に入りということで、そこを寝室にされています。


 なお、お婆様に言わせれば、「ここなら人払いをすれば、密談を聞かれる心配もない」のだそうでございます。


 実際、ここには色々と高貴な方や厄介な方を招かれては、なにか話していた姿を目にしております。


 その頃はまだ私も小さかったのですが、今にして思えば表に出せない話を色々としていたのだなぁと感じております。


 娼婦としてだけでなく、“裏仕事”にまで手を伸ばしております昨今、密談の重要性は計り知れません。


 密書でのやり取りもできますが、やはり直接会っての会話は最重要。


 相手からの情報、なにより空気・・、読まねばならないことは、直談判ほど有効なものはございません。


 いずれはこうした事も受け継いでいくのでありましょうが、今はまだ私は精々見習いの魔女。


 正真正銘、国政をも左右した大魔女の足下にも及びません。


 そんな事を考えながら、当の螺旋階段を上がっていきますと、最上階へと到着しました。


 コツンコツンと扉を叩き、部屋の住人へのご挨拶。



「お婆様、ヴェルでございます」



「お入りなさい」



 優しさの中に凛とした感じのする声、いつ聞いても身が引き締まります。


 扉を開け、頭を下げて会釈し、相手への敬意を示してから部屋の中へ入りますと、そこには寝台の上で上半身を起こし、本を読んでおりました祖母の姿が見えました。


 すでに肌は皺が幾本も走り、髪も真っ白になっております。


 完全な老体。されど、声の張りは健在でありますし、何より目がいつものように輝いております。


 私の小さな頃から変わらない、強烈な意志の光を感じさせる眼。偉大なる魔女にして私の祖母、カトリーナ=イノテア=デ=ファルスでございます。



「お婆様、お加減がよろしいようで何よりです」



「ええ。昔のように自由に闊歩できる足がありましたら、すぐにでも客の一人や二人、引っかけてあげるわよ」



「まあ、お婆様ったら!」



 どうやら、冗談を飛ばせるくらいにはお元気な様子。


 今朝方は熱を出しておられたので心配して、出かける前はジュリエッタによくよく看病するようにと頼んでから出かけましたが、それも杞憂に終わりました。


 何しろ、老人はちょっとした病でも一気に病状を悪化させ、そのままお亡くなりになる事も珍しくありませんので、ついつい心配してしまいます。


 魔女と言えども、老いには勝てませんからね。



(でも、“眼”だけは全く衰えを見せない。本当に体が自由に動くなら、客でも引っかけてきそうな勢いよね)



 老いてなお気勢は衰えていない。全盛期のお婆様がどれだけ凄まじい方であるのか、想像する事もできません。


 私が物心ついた時にはすでに老け込んでいて、今ほど体が自由に動かないというわけではございませんでしたので、直々にしっかりと躾けられたものです。


 貴族、学者に大店の主人と、誰を相手にしてもそつなくこなせるよう、ありとあらゆる学問を叩き込まれ、同時に、話術から魔術(実際は詐術に近い)まで仕込まれました。


 それでもなお、“若さ”以外の点では勝てる気がしない。


 そんな“大魔女グランデ・ステレーガ”が目の前にいます。



「それで、ヴェルや、貧民街に行ってくると言ってましたが、首尾は上々のようね」



「はい。軽い恩返し程度で足を運びましたが、思わぬ拾い物をしました」



「泥の中に沈んでいようと、宝石とは宝石なのです。磨けば光る物」



「仰る通りです。それは磨かれる前の宝石の原石、あるいは、大樹の苗と言ったところでありましょうか」



 そう、まさにこれから“加工されるもの”なのですよ、あの兄妹は。


 教育をろくに受けれない環境にあっては、どれほど素晴らしい才能が有ろうとも埋もれてしまうもの。


 私がたまたま見つけたからよかったものの、偶然の出会いが無ければあのまま泥の中に沈んでいた事でありましょう。


 それはあまりにも惜しい。


 財をはたいてでも、きっちり育てていきたいと思わせる可能性がある。


 だからこそ、“魔女の館ここ”に連れてきたのですから。



「まあ、それも良いですか。その連れてきた者が、あなたの魔女としての初弟子になるのでしたらば、それはそれで面白い」



「いいえ。あの二人には魔女の弟子にするつもりはありません。もっと別の要素がございますわ」



 私はアゾットとラケスについての今後の展望について、お婆様に話しました。


 たっぷりと大笑いされてしまいました。


 “らしい”の一言で済まされ、是非一目見ておきたい、と。


 数年がかりの長い計画になりそうですが、やり遂げて見せますとも。


 できれば、お婆様には完成した二人をお見せしたいのですがね。



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