2-5 兄妹への提案

 【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ



 私の持つ魔術であり、肌に触れた相手の頭の中をのぞき込み、情報を抜き取る術にございます。


 今、触れております貧民街ビンビトーレの少女ラケス。


 美味しそうに用意したパンを頬張っております。


 その頭や頬を撫でてやり、また愛らしい笑顔でニッコリ。



(さてさて、何が飛び出してきますやら)



 そして、私の中に流れ込んでくる少女の記憶。


 それはまあ、なかなかに過酷なものでございました。



(事故での両親との死別。貧民街に頼れる者なし。残った兄アゾットが必死に働いてどうにか食い繋ぐ、か。まあ、この住まいの状況を見れば当然の状況じゃな)



 貧民街の中でも、更に最下層の者達。少年少女だけで生き残るのには、あまりに過酷でございますね。


 死んでないだけマシ、そんな兄妹でございます。


 飛び込んでくる情報も、飢えや渇きについてのものばかり。


 唯一の救いは、兄アゾットの存在のみ。優しくて、妹の事だけを考えている、そんな心優しい少年ですが、やはり二人で生きていくには稼ぎが少なすぎますね。



(まあ、日銭稼ぎが上手く言っている内は良いでしょうが、これではアゾットが病か怪我で動けなくなった瞬間に、二人とも終わってしまいますね。貯えもないでしょうし、目の前の少女が“体を売る”にしても、いささか幼過ぎる)



 一括りに“売春稼業どうぎょうしゃ”と言っても、娼婦もピンキリでございますからね。


 私のような高給取りから、日銭を稼ぐために安かろうがとにかく体を差し出す者、それぞれでございます。


 それに、こんな“若芽”を好んで食すろくでなし・・・・・がいるのもまた事実。


 需要がないわけではありませんが、好ましくはありませんね。


 と言うか、死に晒せ、と思いますわね、童女嗜好者は。



「……おや?」



 深く調べている内に、思わぬ情報が飛び込んでまいりました。


 それは少女の持つ魔術の素質。


 まだ条件を満たしておりませんので発現はしておりませんが、なかなかに面白そうな術でございました。



(これは興味深い。もしやすると、隣の“熊男爵ディカブリオ”の術と組ませれば、面白い結果を残せるかもしれませんわね)



 隣におります巨躯の従弟ディカブリオを見やり、ニヤリと笑う私。


 どうやら面白半分に貧民街へと足を運びましたが、思わぬ収穫と出会えた模様。


 縁を結ぶ神様に、魔女たる私がお礼申し上げたい気分でございますわ。



「ただいま~」



 ここで部屋の入口から声がしましたので、そちらを振り向きますとアゾットの御帰宅でした。


 なお、アゾットの方もまさかの来客に驚いているご様子。



(まあ、部屋の中に魔女と“熊”がおりましたら、驚きましょうね)



 実際、アゾットの視線を追ってみますと、巨躯のディカブリオに目をやり、次いで私、そして、テーブルの上の食べ物とそれをがっつく妹の順でございました。



「おお、アゾットよ、お邪魔していますよ。済まぬが、先に宴を始めておったわ」



 まあ、私の懐事情からすれば、広げられた食べ物の額など高が知れておるが、この兄妹にすればまさに宝の山のごとし。


 宴と称するに能うことでしょう。



「あ、ヌイヴェル様!? どうしてここに!?」



「どうしても何も、お前が食べ物を所望したからではないか。妹に腹いっぱい食べさせてやりたい、と。……で、このように食べ物を持ってきただけじゃ」



「ほ、本当に来たんだ……。受け取った銀貨だけでも過分なのに」



「なぁに、ほんの気まぐれよ。ほれ、それより、お前も食べるがいい。さもないと、ラケスに全部食われてしまうぞ」



 私は作っておきました生ハムのサンドイッチパニーノ・プロシュットをアゾットに差し出し、食べるように促しますと、彼もまた飛びつくように食べ始めました。


 ここでの生活は、まさに飢えとの隣り合わせの生活。なかなか真っ当な食事にはあり付けぬのでありましょう。


 それでいて、荷役などの重労働までこなしているのですから、いずれ遠くない内に体を壊してしまうかもしれません。



(妹の事を第一に考えてはいるようじゃが、これではお前の方がもたんぞ。そうなったら、妹はどうする気じゃ)



 唯一の収入源は、アゾットの日雇い労働による賃金。


 それとて、十分とは言い難いのは、この部屋の状況を見れば一目瞭然です。


 ならば、交渉は容易いかと、ディカブリオに視線を向けました。



「お~い、“熊男爵バローネ・オーソ”よ」



「まだ言いますか、それ」



「なかなか良さげな二つ名じゃと思うぞ。ほれ、そこの仔猫ラケスを連れて、少し遊んで来るが良い。食後の軽い腹ごなしじゃ」



「……だそうだが、仔猫よ、どうする?」



「熊さんと遊ぶ!」



「……やれやれ」



 ディカブリオは若干嫌そうにしましたが、そこは所詮魔女の使い魔。こちらの意を察して、それを了承。


 仔猫を掴んで持ち上げますと、肩車をしてあげました。



「うわ、高い! 天井にぶつかりそう!」



「頭に気を付けるのだぞ」



「わ~い! 行けぇ、熊さん」



 そして、賑やかな娘を連れて部屋を出ていく熊を見送り、そして、視線をアゾットに戻しました。


 アゾットも嬉しそうに笑っております。


 久方ぶりに腹をしっかりと満たされた上に、妹の遊び相手まで受け持ってくれたのですから、当然と言えば当然でありましょう。


 そして、そんな彼の手にさりげなく・・・・・私の手を添えました。


 十は齢が離れている私と目の前の少年、美女とのお肌の触れ合いに緊張してか、少し顔を紅潮させております。


 我が秘術を使って情報を仕入れつつ、話を始めました。



「これで約束は果たせたかな」



「なんと言いますか、妹の遊び相手まで」



「なに、構わん構わん。我らがファルス男爵の称号を得たのも、お婆様の活躍あってのもの。歴史の浅い、言わば“成り上がり”じゃ」



「へぇ、庶民から貴族の仲間入りですか!? そりゃ凄い!」



「結局、貴族の社会も重要なのは人脈と金銭ということじゃ」



 これは間違いございません。


 私の祖母もまた、自らの知略を駆使して人脈を広げ、あれこれ美味しい話に乗っかっては、財を稼いでいったのですから。


 そして、そうした人脈の中に、国王や法王がいただけの話。


 お婆様の抜け目の無さや果断な行動力は、本当に脱帽ものです。



「人と人の繋がりは、果たして偶然か、必然か? それは誰にも分からんものじゃ。こうして貴族である我らが、貧民街の最下層の兄妹と、和気あいあいと食卓を囲むのもまた、神様とやらの思し召しかもしれん」



「……神様なんていませんよ」



「ほほう、そう言える根拠は?」



「慈悲だの智慧だのが溢れているのであれば、この世に貧乏人や病人で溢れているのはおかしいです」



「それもまた、道理ではあるな。結局のところ、神様もまた偏屈なのじゃよ。気まぐれ、とも言えるかのう?」



 司祭様の前でなら怒られそうな理論ではありましょうが、それもまたそう。


 神様は決して平等ではない。


 身分差、金銭の多寡、病の有無、いくらでも人と人との差などありますから。


 もし、神様が本当に慈悲深いのでありましたら、全てを均一にでも作った事でありましょう。


 そうではないと言う事は、“差”こそ神の思し召し。


 差があるからこそ、競争が生まれ、競争があるからこそ、人は強くなる。


 ただまあ、置いて行かれた者は滅びるしかありません。


 そう、神とはこれ以上に無い程に“無慈悲”なのですから。



「だからじゃ、アゾットよ。神様なんぞ、信じずとも良い。己の心にのみ忠実であれば、困難をも乗り越えられる」



「それもどうなんでしょうかね。困難と言う名の山を登るにしても、水も食料もないのにどうやって? ましてや、幼い妹を抱えてどうやって?」



「ふむ……。あ、ちなみに年齢はいくつじゃ?」



「俺が十四で、妹が八歳です」



「それはちと酷な話じゃな」



 情報に齟齬なし。


 手と手が触れ合う繋がりにより、情報が次々と引き出されておりますが、両親が亡くなった去年より、今のような生活を強いられているようですね。


 兄妹二人では、いずれドン詰まりに行きつくことでしょう。


 ならばと、仔猫ラケスを確保しておきたい私は、ここぞと提案を出しました。



「しかし、こうして出会えたのも何かの縁。どうじゃ、アゾットよ、兄妹揃って我が家で働かない? もちろん、住み込みで」



 兄妹の先を、何よりこちら・・・の先を考えれば、これが最良と判断した上での提案。


 さて、これにどう答えるか、名医になる予定の男・・・・・・・・・よ。

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