1-24 魔女と影武者

 伯爵家の執事は恭しく頭を下げ、足早に退散していきました。


 ユリウス様が家督を継がれるのは既定の道筋として舗装されましたが、多少の利害調整は必須でありましょう。


 そちらの面倒事は見事に丸投げ。


 あとは大公陛下が判を押せば、全てが片付くという寸法です。


 御老人ハルトさまの思惑通りの展開となりましたが、果たしてご自身の息子を生贄に捧げて、良かったのでありましょうかと疑問には思います。



「まあ、これで決着かな。魔女殿、面倒をかけたな」



 陛下の影武者よりのお言葉ですが、おそらく本物であってもそう語りかけ

てくるでありましょう。


 陛下とも、影とも、二十年近い付き合いと言うものもございますからね。


 互いに何を考えているかは、まあ、なんとなしには読めてしまうものです。



「勿体ないお言葉です、アルベルト様」



 これも秘密の一つ。知っている者は少ないですが、影武者の正体、本名を知る数少ない存在が私なのでございます。


 人目をはばかる事の無い場合ではございますが、名前で呼ぶことも許可されております。



「しかしまあ、母親が双子であると、よく気が付いたな。魔女殿の事であるから、何か面白い仕掛けや事実を見せてくるかと思っていたが、意外であったぞ」



「まあ、生前、ハルト様より手掛かりは受け取ってございましたから」



「ほう。手掛かりとな?」



「私の店に来て、あれこれぼやいていたのですよ。『息子は私に似ても似つかぬ』だとか、『ジルが出産を前後に人が変わってしまったかのようだ』とか」



 普通なら流してしまいそうな愚痴話ではございますが、私の場合は違います。


 なにしろ、秘術【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】で相手の記憶を見る事が出来ますので。


 そして、ねやの内にてハルト様と肌を重ねておりましたる時に感じた違和感。それは「本当にジルが入れ替わっていたらば?」というもの。


 そして、ハルト様の記憶を覗き込み、見つけた違和感と差異。



(そう、見てしまったんですよね~。“右耳後ろの黒子ほくろ”の有無に)



 ほんの僅かな差異でしたが、妊娠前にはなかったはずの右耳後ろの黒子ほくろが、出産後の記憶には存在していました。


 そこから先は推論の組み立て。


 ハルト様の言う通り、「本当に入れ替わっていたとしたらば?」というお話です。



(ジルがハルト様の御胤おたねを頂戴したとして、それが必ず芽吹くとは限らない。ですが、双子の姉妹がいるとなれば、話は違ってきます。もう片方が毎夜毎夜、男から種付けされまして、これが芽吹けばよし。ハルト様の種が芽吹く時期に時間的矛盾が無く、双子を入れ替えてしまえば、そのどこの誰とも知れぬ男の種が、伯爵家の子供として居座れる)



 かなり偶然の要素が大きい策ではございますが、それでも上手くいく可能性もあります。


 せいぜい、成功すれば儲けもの、程度ではありますが。



「まあ、要するに、“托卵で”伯爵家乗っ取りを“企んで”いたという話です」



「フフフ……、魔女殿でも、そのような程度の低い冗談を飛ばすのだな」



「程度の高低ではございませんわ、アルベルト様。要は、相手が笑えるかどうかなのですから」



「ふむ。それもそうだな」



 私もアルベルト様もニヤリと笑っております。


 今回の騒動も、まあ、貴族社会の暗闘の一つ。表向きは華やかであろうとも、一歩影の部分に踏み込めば、謀略と流血の殺戮劇。


 もちろん、それらが表沙汰になる事は少ない。


 今回の件もまた、適当な理由を付けて、ユリウス様が最終的に『チロール伯爵家の遺産』を相続することになったと公表される事でしょう。


 私は表向きな遺言状を公表されて相続人になりましたが、ハルト様の望みは二枚目の遺言状の中にこそ真意が込められています。



(そう。息子には相続させないという強烈な意志。そして、親戚筋で一番出世しそうな若手に委ねる。しかも、ユリウス様は大公陛下御自身が後見役のようなものですし、チロール伯爵家は安泰という事でございましょうか)



 そう考えると、だらしない息子ヨハンを本当に嫌っていたのか、あるいは血の繋がりがない事を見抜いていたのか、それは当人が死んだ今となっては分かりません。


 ただ、伯爵家にとって最良の選択をした、という事柄だけが残ります。


 ほんと、食えないご老人ですこと。



「それとアルベルト様。私が双子だと見抜いた理由、もう一つございますわ」



「それは?」



「双子は見慣れている、という事ですわ」



 そう、目の前のアルベルト様もまた実は“双子”。


 このジェノヴェーゼ大公国の大公陛下フェルディナンド様の双子の弟。


 もっとも、生まれてすぐに“いなかった事”にされておりますので、存在していない事になっています。


 公式には先代大公の妾腹とされ、跡目争いを回避するため、大公家の密偵頭を代々務めております、プーセ子爵家に養子に出されたということになっております。


 表向きは大公陛下の腹違いの弟で、裏では密偵頭、間諜の一員として動き回っているというわけでございます。


 そして、我がファルス男爵家はプーセ子爵家に雇われて、裏仕事のお手伝いをしております。


 そういう“設定”なのでございます。



(もっとも、この“設定を作り出したのはお婆様なのですけどね。大公家の暗部を司るというのも、存外骨が折れるというものですわ)



 お婆様曰く、「人の嫌がる事は率先してやりなさい」ですからね。


 敵に対しては“嫌がる方法で攻撃する”。


 味方に対しては“嫌がる事を肩代わりして恩を売っておく”。


 二重の意味が込められた訓示です。


 まあ、実入りは悪くないですし、どちらかというと頭脳労働の方が多いわけですから、今回はむしろ例外。


 こんな直接的に出向いて騒動の渦中に飛び込むなど、できれば御免こうむりたいものです。



(ましてや、貴族の相続絡み、御家騒動になんて関わり合いたくありませんわ)



 貴族社会など、欲の皮の突っ張った連中の多い事多い事。


 私自身もそうなのですから、よく弁えておりますとも。


 しかも、今回もそうでしたが、無駄に力だけは持っていて、それに見合う知性や品格を持ち合わせていない方も多いものです。


 目の前のアルベルト様くらい、思慮深さと品格を備えていて欲しいものです。


 できれば、“顔”も、ね。


 今回みたいな“豚”の御相手は勘弁してほしいですわ。



「さて、では、要件も終わった事であるし、こちらも引き上げるとしよう。魔女殿には兄上からその内に御沙汰もあると思うが」



「いえいえ、それには及びませんわ。もう報酬はいただいておりますので」



 そう言って、私は机の上に放置されておりました袋を掴みました。


 ジャラリと実に心地良い金貨の摩れる音。豚さんとの約束で、受け取るはずであった相続放棄の手数料、金貨百枚でございます。


 チロール伯爵家の遺産の割合であれば、微々たるものではありますが、まあ、約束は約束でございますから。


 相続放棄の代償は金貨百枚。残りはすべて伯爵家の新当主へ。


 本来は商家である我がイノテア家、交わした契約は“絶対”でございます。



「なんだ、それっぽっちで良いのか。今少し貰っても罰は当たるまいに」



「いいえ、別口から回収できますので」



「別口?」



「はい。ユリウス様がチロール伯爵家を相続なさるのですから、その懐事情は温かくなりましょう。あとはジュリエッタが搾り取ってくれますわ」



 私はニヤリと笑い、アルベルト様もつられて笑い始められました。



「ハッハッハッ! そういう回収の仕方か! ユリウスにはしっかりと釘を刺しておかんとな! 女遊びは程々にしろ、と」



「あらあら、釘を刺されるのは困りますわ。ハルト様という金づる・・・がいなくなったのでございますから」



「この業突く張りな魔女め! いや、伯爵家が魔女と関わってしまった代償というやつかな? 銭も、精も、搾り取って来る!」



「お褒めに与り光栄にございます。なんでしたら、アルベルト様も私と一夜の逢瀬を楽しみませんか? 一夜限りでしたらば、お安くしておきますよ?」



「それはやめておこう。御老人の二の舞は御免だな」



 上機嫌に笑われているアルベルト様ではございますが、さすがに乗っては来ませんか。


 残念、今日も・・・フラれてしまいましたわ。


 この辺りは本当に“兄弟揃って”身持ちが固いですわ。



「さてと。それでは引き上げるとするか」



「はい。またいつでもお声がけくだしませ。表の仕事であろうとも、裏の仕事であろうとも、いつでも大公家に尽くします」



「うむ。兄上にもしかと伝えておこう」



 こうして、私とアルベルト様はようやく仕事の終わった安堵感と金貨の袋を抱え、屋敷を後にしました。


 馬車に揺られて帰りましたが、二人で無理やり座りました御者台の揺れ具合は、なかなかのものでございましたわ。


 ああ、もちろん、お誘いいただければ、いつでも私に乗っても構いませんからね、黒い手の貴公子様♪

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