1-23 最後通告

 そして、お縄になった三人はディカブリオとその兵士に連れられて御退場。


 まあ、一人は最初から縛られてはいましたが。


 退場間際の雄叫びは実に聞き苦しいものでした。


 何と申しましょうか、命乞いと自己弁護と責任転嫁を鍋でグツグツ煮込んだかのごとき有様で、とても食べる気にはなれない不味そうなシチューを撒き散らしておりました。


 まあ、これから尋問と銘打った拷問が待っておりますし、逃げ出したい気分は分からなくもありませんが、それは身から出た錆。


 たっぷりとこの世の地獄を味わって、再びあの世の地獄を味わっていただきましょうかしら。



「さて、執事よ、お前を残した理由は分かるな?」



 影が唯一この場で生き残る事を許した伯爵家の執事に話しかけられました。


 騒ぎには一切加わらず、目の前で何が起ころうが微動だにせず、ずっと観察だけで過ごしておりました。


 また、ヨハン様の叫びにも一切反応していませんでしたし、あるいはこうなる事を最初から予見していたのかもしれません。



(まあ、家督相続に関する騒動の発端は、ハルト様が遺した遺言状が原因。そして、その遺言状を持っていて、葬儀の席で不意討ち的に発表したのもこの人。つまり、ハルト様から色々と指示を受けていた可能性が高い)



 そもそもの話として、娼婦である私に血縁でもない伯爵家の葬儀に呼ばれる事自体、不自然極まる事ですからね。


 私と亡くなられたハルト様の関係は、あくまで“客と嬢”という一夜の恋人。


 にもかかわらず、案内が届いたという事は端から巻き込んで、無理やり舞台に上がらせる気満々であったというわけです。


 少し冷静に考えればわかる事ですよね。


 影もまたそれに気付いていたからこそ、こちらの執事はひとまず隅に置いておいて、まずは話を聞こうという姿勢を通されているご様子。


 執事もまた、無言の意を組んでくれたことへの礼か、恭しく頭を下げてまいりました。


 まあ、表向きな情報としては、相続の騒動に大公陛下が直接解決に乗り出し、裏の事情を暴いて今に至る、という体でございますから。


 影武者であろうと、この場では陛下そのもの。


 私もまた、その知己であり、側仕えのごとく控えました。



「大公陛下、改めましてこのような所へのお運び、恐縮の極みでございます。現在、チロール伯爵家は主不在の状態でございまして、僭越ながら執事である私が、対応させていただきます」



「挨拶の類は省略せよ。それで、あの御老人はどこまで読んでいたのか?」



「どこまでかは私などが口にできる事ではございませんが、明確な指示を三つ承ってございます。一つは残しておいた遺書を葬儀の場で公開し、衆目を集める事。二つ目は魔女殿を巻き込む事。三つ目は全てが片付きました後、“本当の遺書”を魔女殿とその連れ合いにお見せする事。以上でございます」



 そう言って、執事は懐から封書を一つ取り出しまして、こちらに差し出してまいりました。


 本当の遺書、という下りがある事から、こちらが本当にあの老人が遺産を残したいと考えている方の名前が記されている事でしょう。



(まあ、もちろんそれは私ではない。私は今回は言わば“賑やかし”の存在。舞台で踊って、華を添えるだけの役目。おひねり・・・・貰って、下がった方が良さそうですわね)



 相続人に指名されたとは言え、伯爵家の縁者でもない私が遺産を受け取れば、いらぬ誤解や嫉妬を受けるのは必定。


 今回の報酬は多少の手間賃と大公陛下の歓心、これが妥当な所でしょうか。


 まあ、割に合うかどうかは別にして、早めに騒動に終止符を打っておきたいというのが本当のところでございます。


 さてさて、どなたの名前が出ますやらと、封書を開けて私と影が中身を確認しますと、このような事が書かれておりました。



「魔女殿、骨折りご苦労じゃった。遺産の内から多少の手間賃を差っ引いておいてよいぞ。そして、家督や遺産はすべてユリウス坊に渡すよう手筈を整えてほしい」



 なるほど、相続人の本命はユリウス様でしたか。


 若くて才能が有り、しかも陛下の甥という立場もございます。


 今後ますます伸びていくことは確実でありますし、そう考えると現在所有している“リグル男爵”の称号では、むしろ弱すぎるきらいがあります。


 しかし、“チロール伯爵”となれば、箔付けとしては十分。


 むしろ、チロール伯爵家の勢力を伸ばそうと思えば、ユリウス様に伯爵号を授け、ユリウス様の栄達と共に登っていった方が良いとも考えられます。



「悪くない発想ですわね。これを最初から考えてあの遺書を残したのであれば、ハルト様も強かなものです」



「だな。あの老人も飄々としていて、存外抜け目がない」



「ちなみに、ユリウス様にチロール伯爵家の家門をお与えになる事に、問題はありましょうか?」



「余の記憶が確かならば、ユリウスの父方の祖父の従兄がハルトであったはず」



「なるほど。遠くはありますが、ぎりぎり親戚筋とも言えましょうか」



 貴族は血縁を重視される方が多いので、血筋が繋がっているという点は、家督相続において重要な要素でございます。


 私などのように、伯爵家と縁も所縁ゆかりもない者が相続するよりも、ユリウス様の方が余程相続する立場にあるという事です。



(そうなると、ユリウス様を今回の騒動から途中で外されたのは、陛下のご意向あっての話ということですか。まあ、相続に関する手続きを執り行う者が、その財産を受け取るというのは少々体裁が悪い。結局、今回も私は“汚れ役”というわけですか)



 魔女を名乗る身の上としては汚れ役を引き受けるのもいつもの話ではありますが、そのつもりでしたのなら先に話して欲しかったですわ。


 無駄に労力を使ってしまった気分になってしまいました。



「執事よ、そういうわけで『チロール伯爵家の遺産』はユリウスに相続させようかと思うが、何か申し述べる事はあるか?」



「ございません。そもそも、亡きハルト様のご意向に沿うよう動いたわけでございますし、執事としてはそれに従うだけでございます」



「うむ、よろしい。伯爵家の家中の者達にもその旨、申し伝えておけ」



 執事は了承いたしましたと、恭しく頭を下げてまいりました。


 やっと、落ち着くところに落ち着いたと言った感じで、こちらも感無量。


 ハルト様の悪戯も、これにてお開きでございますわ。



「では、伯爵家の家中の説得は、執事として責任をもって当たれ。ごねる者がいれば、謀反の廉で族滅させられるか、あるいはユリウスを頂いて現在の領土や財産を安堵されるのが良いか、決めさせるが良い」



 “影”も性格が悪いですわね。


 その選択では、考える余地などありませんわ。


 連れて行かれた豚さんの、負の遺産と言ったところでありましょうか。


 ほんと、最後の最後までろくな事をしませんでしたわね、あの母子“三人”は。

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