1-22 暴かれた裏側

 影に組み伏せられるヨハン様。


 腰を抜かして動けないジル。


 そして、特に何かするでもなく、部屋の隅でジッと状況を観察する執事。


 屋敷にいた兵士はすでに土塊に変わり、鼻に突く異臭だけを残して消えてしまいました。


 もうチロール伯爵家は終わりでございますね。


 ハルト様が亡くなられて十日と経っていないというのに、この有様では。


 ああ、嘆かわしいかな。


 自業自得と蔑むべきか、あるいは憐れむべきか、悩ましいところです。


 そこへ廊下から足音が一つ。誰かが近付いてくるようです。


 空いたドアからひょっこりと顔を出しましたるは、巨躯の貴公子。


 私の従弟ディカブリオでございました。



「姉上、ご無事でしょうか!?」



「遅いぞ、ディカブリオ! お前が早くその荷を届けておれば、死人の数を抑えれたであろうに!」



「も、申し訳ございません! 何分、“人攫い”など慣れておりおませんので」



 立派な体格をしているのに、どうにも思い切りが悪い男です、従弟は。


 いざともなれば、人の一人や二人、ササッと攫って来てほしい者です。


 その抱えた大袋の中身こそ、今回の事件の最後の鍵なのですからね。



「まあ、よいわ。結果として、人払い・・・の手間が省けました」



「勢いあまって、あの世へ人払いしてしまったがな」



「おお、怖い事でございますな、陛下。それより、ほれ、ディカブリオよ、成果をお見せなさい」



 ちなみに、袋の中身を知っているのは依頼した私と、実際に獲って来たディカブリオのみ。


 ヨハン様とジルは状況が掴めず、困惑するばかり。


 影は何が飛び出すのかと興味津々のご様子。


 そして、ガバッと袋がひっくり返され、中身が飛び出してまいりましたが、そこから出てきたのは一人の女性。


 荒縄でしっかりと縛られ、しかも猿轡さるぐつわまでしております。


 お~お~、ディカブリオ、なかなか見事な緊縛術ではないか。その点は見直しておきましょうか。


 そして、その縛られている女性、それは“ジル”でございました。



「うぇ!? は、母上が二人!?」



 ヨハン様は交互に二人を見やりました。


 まあ、驚きますわね。“母親”が二人も目の前にいますのですから。



「ば、バカな……。なんで、なんでバレたのよ!?」



 腰を抜かしている方のジルも大慌て。まあ、十数年温めてきた策が、目的達成直前で失敗したのですからね~。


 その点は残念でしたと申し上げたい気分です。



「ああ、なるほど、そういう事か。魔女殿が『ヨハン様が“伯爵家の家督相続ができない証”があるので、是非御検分ください』と言っていたが、これがそれか」



「はい、陛下。左様にございます」



「つまり、この二人は“双子”というわけか!」



 本来いるはずの無い自分と瓜二つの存在、すなわち“双子”。


 ごく稀にではありますが、同じ腹より同じ時に生まれ出る存在。


 姿形もよく似ている場合が多いのでございます。



「は、母上が双子だと!? ど、どういう事ですか!?」



 状況を理解できていないヨハン様は、二人の母親に対して喚き散らす有様。


 頭が混乱なさっておいでなのは一目瞭然ですが、今少し冷静な視野と思考力を身につけてほしいものです。


 まあ、反省する機会も時間も差し上げるつもりはありませんが。


 最後の一撃を入れる時が来た、と考えた私は改めてヨハン様の前に立ち、組み伏せられましたる哀れな姿を見下ろしました。


 そして、私は身を屈め、そのタプンタプンの頬肉を摘まみ、横に伸ばす。


 お~、なかなかに伸びるし、肌触りは悪くありませんね。



「さて、豚さん、今回の事件のからくりをお教えしましょうか」



「きゃ、きゃらくりゅ?」



「要はですね、途中で入れ替わっていたんですよ、この痴れ者姉妹が。あなたを孕んだ前後で」



「しょ、しょんにゃ……」



「御父君のハルト様が“ジル”と名の付く女官に手を出したのは事実。まあ、そこで種が芽吹けばよかったのでしょうが、畑に種を蒔いたとて、それが芽吹いて花開くとも限りません。そこで双子の姉妹の登場。その片割れがせっせとどこの誰とも知れぬ男に種付けしてもらい、芽吹いて生まれたのがあなたというわけでございます」



 もちろん、ハルト様の種の方が芽吹けば問題なかったのでありましょうが、そちらはダメだったご様子。


 しかし、もう片方が上手く芽吹き、孕んだのを確認してから入れ替えてしまえば、あら不思議。


 双子の姉妹なのですから、ジルが孕んだと誤認してしまったのでございます。



「上級階級では家督相続の揉め事にもなりかねませんので、双子は忌避されますからね。“普通”は片方を生まれた直後に処分してしまうものなのです。それだけに、上流階級であられますハルト様やその周囲も気付けなかった」



「つまり、だ。ヨハンよ、お前は伯爵家の血を一滴も引いていない。どこの誰とも知れない男が、お前の本当の父親だという事だ!」



 はい、陛下よりの死刑宣告が入りました。


 陛下に対して刃を向けるという大逆の罪。


 それに加えて、伯爵家の家督を相続の資格なく分捕ろうとした簒奪の罪。


 まあ、当の豚さんは今の今まで知らなかったという点では同情的な気にならなくもないですが、私まで殺そうとしたのですから許すつもりはありませんわ。



「ま、待ってくれ! た、助けてくれ!」



「お断りいたします。自分の迂闊さと、ここまで策を進めたご立派な母上“達”に、感謝する事ですね」



 はい、これにて終了!


 まったく、とんだ面倒事に巻き込まれたものです。


 それもこれも、ハルト様の残した宿題のせいです。


 御自分で片付けずに、残された者に押し付けたわけですからね。


 とんだ曲者でございましたわ。



「おい、ディカブリオ」



「なんでございましょうか、陛下?」



「兵を連れて来い。この三人を私の別邸の方へと運び込め。後刻、私が直接尋問する」



「ハッ! ただちに!」



「ま、どの道、すぐに拷問に変わるだろうがな」



 影の冷ややかな視線と言葉、ああ、ゾクゾクしてきますわ。


 眉目秀麗な貴公子から発せられましたる冷徹な一言、実に甘美!


 まあ、私に向けられていなければ、という条件付きではありますが。


 悲鳴を上げる三人の醜態も、端から見る分にはまさに喜劇。


 奪い合った『チロール伯爵家の遺産』は、はてさて誰の手に?


 あ、もしかして、私が全部いただいてもよろしいですかね。


 他の相続人は辞退なさって、ヨハン様も伯爵家子弟からただの豚に成り下がってしまったのですから、相続人は一切なし!


 残ったのは私だけ。


 あらあら、それなら骨折りした甲斐があったと言うものですわ♪

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