1-21 ふりだしに戻る

 本当に恐ろしい御方でございます。


 つい先程まで私を取り囲んでおりましたる伯爵家の兵士の皆様は、一人残らず物言わぬ躯、いえ、土塊へと変わってしまいました。



(相変わらずも恐ろしい人。大公陛下の影武者、この国一番の魔術師にして暗殺者)



 今回の事のように、幾度か“裏仕事”をご一緒させていただいた事もありますが、やはりこの魔術は恐ろしい。


 【加速する輪廻コロジオーネ・アチレラーレ】、お見事でございます。


 そうこうしている内に、屋敷の掃除が終わってしまいました。


 今やこの屋敷にいるのは、私と影、そして、逃げ遅れたヨハン様と生母のジル。


 あとは、騒動が始まってから微動だにせず、じっと部屋の隅で立っております、伯爵家の執事の五名だけ。


 いよいよ最高潮クライマックスというやつですわね♪



「さてさてさてさてさて……、残るはあなた方だけのようですな」



 ギロリと鋭い視線をぶつける影に、ジルは怯えて腰を抜かす始末。


 まあ、二十数名の兵士が瞬く間に消されてしまったのですから、当然の反応でありましょうか。


 なにしろ、次に土塊に変わるのが、自分だと分かっていれば猶の事。



「お、おのれぇぇぇ!」



 ヨハン様が足元に転がっておりました剣を掴み上げ、肉を揺らせながら斬りかかって参りました。


 動きは鈍い上に、太刀筋もバレバレ。剣術なんぞやった事がないのは、私の目にも分かるくらいの不細工な攻撃。


 当然、難なくかわされ、その顔面に拳が叩き込まれました。


 鼻血を垂らし、よろめいたところへ素早く足払いが入りました。


 良く見ますと、影はいつの間にか手袋をはめ直しており、すでに術は再び封印済みでございました。



(つまり、血生臭いやり取りはここまで。少なくとも、現段階で殺すつもりはないということでありますか)



 現在この屋敷内にいる生存者は、今のところは殺さないと言う意思表示。


 殺さずに、床に倒れた豚さんを動けないように締め上げているのがその証拠。



(なら、ここから先は魔女わたし口八丁いいくるめで参りましょうか)



 すでに大勢は決しましたが、まだしめ・・の段階が残っておりますしね。


 私はゆったりとした足取りで組み伏せられておりますヨハン様の前に立ち、哀れな無知無能、獣を見下すかのような視線を向けました。



「惨めな豚さんですわね。クフフ、むしろ、地べたを這いずる姿の方がお似合いでございますわよ、ヨハン様」



「おのれ魔女め! 死に晒せ、このクソ女が!」



 はい、ここで皆様にお話しいたしました冒頭へと戻ります。


 以上が、私が『チロール伯爵家の遺産』の相続に関する騒動に巻き込まれ、一応名義上の“伯爵っぽい豚さん”を締め上げております状況にございます。


 なかなかに紆余曲折を経ましてございましょう?


 私もほんと疲れましたわ。



「さて、どうしてくれましょうか、この始末。ちょっとやそっとじゃ許しませんよ」



「黙れ、魔女め! 父をたぶらかし、財産を掠めようとした不埒者めが!」



「誤解ですわよ、誤解! ただ単に、御父君のハルト様がお亡くなりになる前に書かれた遺書、それに“なぜか”私の名が記されていて、相続される財産の内、半分を差し出す旨が記載されていただけですから」



「それを誑かしたと言うのだ!」



 文句を言うのでしたらば、あんな遺言状を残したハルト様に言ってほしいですわね。


 私はあくまで、遺言状に記されておりました相続人としての権利を、行使しただけなのでございますから。


 それを逆恨みして伯爵家内部をグチャグチャにしたのはヨハン様、あなたとその母親なのでございますよ。


 まあ、それをご理解いただけなかったからこそ、こうして全てを失うハメになったのでございますから。


 大人しく折半するなり、なんらかの“対等”な交渉を持ちかけておりましたらば、もっとましな未来を描けたでありましょうに。


 なので皆さん。私ははっきりと申し上げたい。


 今回の騒動、私は一切悪くありません!


 欲の皮の突っ張った別の相続人が、欲をかいて騒動を無理やり大きくした挙げ句、こちらの命を奪おうとしたのでございますから。


 私のやった事は、いわば正当防衛!


 重ねて申し上げますが、私は一切悪くありません!


 身に降りかかる火の粉を振り払っただけ!


 誰も彼もが『チロール伯爵家の遺産』を欲して群がり、私もまた騒動に巻き込まれただけなのでございます。


 ああ、早く死臭と欲望渦巻くこの場から立ち去って、湯浴みで体も心も清めたい、そう強く願ってやみませんわ。

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