1-20 黒い手
大公陛下の影武者、姿形はもちろん陛下と瓜二つでございますが、決定的に違うものが一つございます。
それは右手に込められましたるとんでもない魔術。
普段は厳重に封印されており、二重に禁の術式が込められた手袋をはめ、うっかり発動しないようにしているのだとか。
(この辺りのからくりはよく分からないのですよね~。なにしろ、私は“影”に指一本触れた事がございませんので)
私の魔術は“肌の触れ合った相手から情報を抜き取る”のですが、その機会が一切なかったからでございます。
姿を見るのも稀ですし、酒や食事の席もほとんど同席した事もございません。
ましてや、床を同じくする事など、以ての外でございます。
なにしろ、陛下の影なのですから。
ただ、右手に込められた魔術については、よく知っています。
何度か“裏仕事”を一緒にこなす機会はありましたので、その際に右手の術式が発動するのを見ておりますので。
まずは黒い革製の手袋を外し、中から今度は綿製の白い手袋が出てまいりました。
そして、そこには何かしらの魔法陣が刺繍されており、それに左手を添えられ、大きく深呼吸。
目を閉じて、精神を集中。
「敵対者の完全沈黙までの限定解除……。暗黒の
剥ぎ取られた白い手袋。
あらわになった右手からは、視認できるほどに禍々しいほどの魔力。
どす黒い煙のごとくまとわり付いています。
死神の腕と称する能う禍々しい気配に、斬りかかろうとした兵士達もたじろぐ有様。
でも、もう手遅れ。
この姿を見た者を生かしておくほど、影は優しくはありません。
術式は発動し、何か声をかけるでもなく、いきなり飛び掛かった。
まずは手始めとばかりに手近な兵士の一人の飛び掛かり、怯む相手にお構いなしにその顔を掴んだ。
普通であれば、本当にただそれだけ。
兜を被った人間の顔を掴んだところで、何か起こるはずもない。
ですが、“影”は違う。“影”の右手には、死神が宿っているのですから。
まさに一瞬の出来事だった。被っていた兜が一気にボロボロになり、それを貫通して顔面もまた瞬く間に溶けて消えてしまった。
私も含めた、皆が見守る中での出来事。
本当に一瞬で、兵士が
「な……、何が!?」
ヨハン様も目を丸くして驚かれているご様子。
まあ、見ているだけでは分かりませんわよね、“影”の魔術は。
「腐った主人に仕える兵士もまた、腐っちゃったと言うわけです」
「な、なんだ、それは!?」
「それが今使っている魔術、【
そうあの黒い手に少しでも触れたら最後。何もかもが腐ってしまいます。
生ある者はいつしか死に、形ある物はいつしか崩れる。
それが自然の理であり、絶対の法則。
“影”の持つ死神の腕は、その流れを加速させ、すべてを
そして、その土塊はやがて大地の一部となり、命芽吹く源となる。
(魂の循環、それを司る死神の力、ああ、なんと恐ろしいものか!)
私の持つ魔術なんぞ、まるで児戯。盗んでちょろまかすなんて、目の前の光景を見ていれば、本当にそう思いますとも。
実際、今目の前で起きている光景は、一方的な殺戮です。
剣で斬りかかろうとも、黒い手によって
ああ、この鼻を突き刺す腐敗臭は、いつ嗅いでも嫌なものです。
こればかりは慣れる事も不可能です。
そして、次々と消されていく兵士達。
哀れには思いますが、かと言って手加減の必要性も認められません。
仕えた主人が悪かったと、己の不運を嘆いて一瞬のうちに消えていただくのが一番よいでしょう。
(そう。これが大公陛下の裏の実力。全ての情報を抜き取る私の“白い手”と、すべての物質を破壊する影武者の“黒い手”。白黒の両腕が揃って動くとき、それは相手の破滅を意味するのですから!)
悲鳴が飛び交い、黒い手に掴まれて消えゆく兵士達。
逃げようにも、影武者の動きが早すぎますね。なにしろ、一切の甲冑を身につけておらず、足の速さは段違いですからね。
ああ、悲鳴という名の
白い手の魔女と、黒い手の死神。
ここは我ら二人の舞台。
手を繋ぐことは叶わずとも、魔女と死神の舞踏会にて悪しからず~。
そこは死と破滅にて満たされております。
ひれ伏すがいい、愚か者達よ!
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