1-19 反逆罪

「ヨハンよ、余の顔を見忘れたか・・・・・・・・・?」



 “余”という一人称を使える存在。そんなものを使える御方は、この国ではたった一人しかおりません。


 ヨハン様は最初呆けた顔をして状況を理解できなかったご様子。


 ぱっくり口を開けて呆ける様は、実に見事な間抜け面でございますね。


 しかし、段々と頭が働き始めて、その中にある記憶と、現状の理解が合致したのか、途端に青ざめてへたり込んでしまわれました。


 尻もちをつき、ポヨンと顎の肉が揺さぶられ、これまた無様な格好でございますね。



「た、たたったったったた、大公陛下!?」



 呂律の回らぬ口調が、混乱の度合いを如実に示しておりますわね。


 まあ、魔女の従者としてついて来ていた御付きが、実は大公陛下だとは思いますまいて。


 しかし、どうやら面識があったようで、それだけに驚いておりますわね。



(急にここへ身分を偽って帯同するという話が出てきたときには驚きましたが、なるほど、面識があったというわけでございますか)



 私もこの御方の御身分を知る数少ない者でございまして、なんとも恐れ多い事にこの御仁を“私の従者”として連れてまいりました。


 内心、相続の件よりも、そちらの方で焦ったものです。



「さて、ヨハン=ドウラ=デ=チロールよ、申し開きする事はあるか?」



「ももっももお、も、申し開きとは?」



「いちいち言わねば分からぬか? 無論、“反逆罪”についてだ」



「は、ははは、反逆罪ぃぃぃ!?」



 まあ、そうなりますわよね。


 なにしろ、このジェノヴェーゼ大公国の大公陛下に兵士をけしかけ、殺害しようとしたのでありますから、当然、その罪状は“反逆罪”となります。


 一族郎党処分の対象、“族滅”されても文句は言えない大逆の罪。


 伯爵家の相続の話が、途端に“御家断絶”に早変わり。


 ああ、見ている分にはとてもとても楽しい気分ですわ。


 では、ここで魔女が舞台に再び上がり、とどめ・・・と参りましょうか。



「ヨハン様~、お立場をご理解いただけましたか?」



「お、おのれ、魔女め! こちらをたばかったな!?」



「何を仰られるやら。勝手に陛下に刃を向けて、斬りかかったのはそちらでございますよ?」



「し、知らなかっただけだ!」



「知らなかったで謀反の罪がなかった事にできるのでしたら、皆さん軽はずみに反旗を翻してしまいますわ。是非とも、厳重な罰を受けて行ってください」



「謀反は死罪と決まっているではないか!?」



「そうですわね。と言うわけで、伯爵家の遺産は、全部私が貰い受けますね♪」



 なにしろ、他の御身内は相続放棄してしまい、受け取る資格を失ってございます。


 そして、今日の手続きを以て私が相続放棄を行いまして、遺産の行方はすべてヨハン様の懐の内にとなる予定でした。


 しかし、私の相続放棄はまだ署名捺印を終えていませんので、まだ相続人のまま。


 つまり、未だに遺言状に記されていました通り、伯爵家の遺産の半分を貰い受ける資格を有しております。


 ところが、残り半分は“伯爵家の新当主”に向かう事となりますが、その新当主であるヨハン様が、あろうことか謀反を企てると言う大それた愚行に手を染められてしまわれました。


 これで、伯爵家の遺産の相続人が私一人だけ。


 他に相続人がいない以上、私の総取りという事で♪



「と言うわけで、安心して御父君の下へと旅立ってください。そして、ハルト様にこうお伝えください。『伯爵家の遺産は大変美味でした』と」



「おのれ! おのれ! おのれぇぇぇ! 初めからこうするつもりだったのか!?」



「愚かですね~。私が企む以上に、あなたが勝手に墓穴を掘っただけですわ♪ フフフッ、豚は穴掘りが得意な獣ですが、よもやご自身の墓穴まで掘られるとは予想外でしたわよ」



 まあ、本当に今回の一件は偶然の産物が多い。


 伯爵家の遺産相続に私が絡んでしまった事。


 ユリウス様が仲裁に入り、場を一時的に鎮静化させた事。


 そのユリウス様の“叔父”である大公陛下が動かれた事。


 どれもこれも予期せぬ事態、偶然の重なりですわ。



(それをさも必然のように語り、畏怖させるのが私のやり口ですけどね)



 口八丁いいくるめこそ、私の最強の秘術でございます。


 こちらの予想を上回る関係者の動き、その結果が今なのでございますが。



「ええい! 何をしている! この二人を斬り殺しなさい!」



 おっと、ここで動いたのはジルでございますか。


 腰を抜かしている息子の事などそっちのけ。憤怒の形相でこちらを睨み、指をさしてきて堂々たる“謀反の宣言”とは恐れ入りました。


 兵士達も動揺し、どうしたものかと顔を見合わせております。


 まあ、陛下を殺せと言われたら、混乱はするでしょう。



「愚か者が! こんなところに陛下がお越しになるわけないでしょ! お前が見間違えたのでしたら、姿形はそうなのでしょうけど、それならきっとそっくりさんでも連れてきて、こちらをペテン・・・にかけようとしているのです!」



「そ、そうですよね、母上! こんなところに陛下が来るわけないですよね!」



「者共、出あえ、出あえぇ!」



 おやおや、追い詰められて開き直ってしまわれましたか。


 そして、呼び出しに応じて、別邸にいた兵士が次々と揃ってまいりました。


 その数、実に二十四名!



(気絶している一人を除いて、これで屋敷の兵士全員が来ましたか。それにしても、脅して、殺してと、芸のない事です)



 まあ、数で圧し切れる状況でしたらば、そうする方が手堅くはあります。


 ですが、謀反はいけませんよ、謀反は。


 陛下の意に反する行動は、御家断絶のもと・・でございますよ。



「こやつは陛下を騙る不届き者だ! 魔女共々、斬ってしまえ!」



 ヨハン様の指示と同時に、煌めく刃が二十四本。


 絶体絶命の大ピンチでございますわね。


 そう、これが普通であれば。



(そして、実は大正解なんですよ。陛下じゃない、とういう点では)



 そう、目の前の御仁は陛下と姿形が瓜二つ。


 仰る通り、陛下である事を擬態している影武者そっくりさんなのでございます。


 ですが、影が動いたという事は、陛下のご意向もそうなのだと気付けませんか。


 ああ、なんと短絡的な判断でありましょうか。



「魔女殿、下がっていろ。巻き添えを食うぞ」



 そう言って、影は右手の手袋を外し始めました。


 どうやら、本気でこの場の全員を消し去るつもりのようです。


 なにしろ、あの“黒い手袋”の下には、とんでもない力が秘められているのでございますから。


 さようなら、チロール伯爵家の皆さん。


 死んでハルト様に侘びてきてください。


 謀反の廉で、伯爵家が断絶の憂き目に合ってしまった、と。

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