1-13 横槍
「双方、そこまでにしていただきましょう!」
いきなり流れをぶった切って来た横槍。
制止の声を発しましたるは、颯爽と壇上に上がってきた貴公子でございます。
そう、葬儀に参列していたリグル男爵ユリウス様。顔なじみであり、妹分のジュリエッタの“いい人”でございます。
(まあ、この人が参加していたのは、先程の献花の際に確認済み。当然、あなた様の“職責”から、必ず横槍を入れてくるであろうことも、ね)
ユリウス様は私とヨハン様の間に割って入り、強引に流れを止めてしまいました。
場は当然ざわつきましたが、ユリウス様はそれを無視してヨハン様と対峙。
同時にキッと睨みつけて周囲を威圧。主の指示一つで私に襲い掛かろうとしていた者達を怯ませてしまいました。
(若さに似合わず、凛々しくて行動的ですわね~。“あの御方”が血縁を抜きに抜擢されただけの事はありますわ)
実に頼もしいユリウス様の立ち姿、
「まずは騒動をお控えなさってください! 心穏やかに葬儀を執り行い、天へと召される者を送り出すのが礼ではございませんか! それにも拘らず、刃傷沙汰に及ぼうと言うのであれば、こちらも権限を行使せざるを得ません!」
「何の権限を以て!?」
「失礼。申し遅れました。私は礼部・尚書次官補のユリウスと申す者。その意味をご理解いただけますかな?」
そう言って、ユリウス様は役職の印綬を懐より取り出し、それをヨハン様にお見せしました。
礼部は祭礼と教育、外交を司る部署でございまして、その次官補でございますので、ユリウス様は礼部省内における第三席ということでございます。
僅か十七歳で次官補でございますから、異例の出世とも言えましょう。
爵位としては男爵であり、伯爵である(と
礼部は祭礼を司っておりますので、こうした相続に絡む案件もその権限の内にあります。
礼部所属のユリウス様が口を挟むのは当然の事。
それが分かるからこそ、ヨハン様も舌打ちしながらも引き下がらざるを得ませんでした。
「ご理解いただけて助かります。しかし、相続に絡み、別の相続人を脅すような真似はいただけませんな、ヨハン様」
「何を言うか! 私が伯爵家の正統な後継者であり、当然父より遺産を相続する権利がある! それを高が娼婦ごときが横から掠め取るなど言語道断!」
「お気持ちはお察ししますが、前当主の遺書が残されておりますし、その意向に沿ったものにこそ、新当主のなさり様ではございませんかな?」
「
「……失礼、執事殿、先程の遺書をこちらに」
激高するヨハン様など意にも介さず、ユリウス様は執事より遺書を受けとしまして、ジッとそれを見つめ始めました。
もし仮に文書を偽造したとすれば、筆跡や花押など、“偽物”である痕跡は探せば出てきます。
そして、この世にユリウス様の“胃袋”を誤魔化せる者など、ほんの僅かでございますよ。
「……この遺書は、間違いなくハルト様が書かれた物で相違ありません。書式等にも問題はなく、間違いなく遺書としての効力を発揮するものです」
「そんなバカな!?」
「この文書の筆跡、及び文末に記されている花押、いずれもヨハン様のそれに一致いたします。私の記憶に相違はございません」
きっぱりと言い切るユリウス様ですが、その言葉はまさにその通り。
これこそ、ユリウス様の“魔術”にございますから。
ユリウス様がお持ちの魔術、名を【
ユリウス様の記憶中枢は“頭”ではなく、“胃袋”に存在し、食して胃に収めた物を完璧に記憶するというもの。
そのため、ユリウス様は
(なんでも、幼少のみぎり、本を千切って食べてしまった際に目覚めてしまった力だとか。バリバリ文書を食べるというのは、端から見ていて貴公子には似つかわしくない不格好ではありますが、魔術の有用性は凄まじいもの)
なにしろ、ユリウスはその胃袋の中に、数多の文書を収め、それらを完璧に記憶しております。
その中には、各貴族の家紋は言うに及ばず、花押から筆跡まで、数多くの情報を収納し、職務に役立てておられるとか。
今もこうして遺書を確認し、それがハルト様直筆のものだと確定されたのも、食べた記憶の中にそれがあったという事でございます。
(若いながらも出世できたのも、この能力に加えて胆力もあり、頭脳も明晰。“あの御方”の御身内であるので、安心して仕事を任せられるという点も大きい。さすがでございますわ)
私は心の中で拍手喝采。
私が全力でヨハン様に喧嘩を売れましたのも、この貴公子の横槍を期待しての事。
まんまと舞台に上がってくれましたのは、まさに計算通り!
ジュリエッタを挟んで、仲良くしていた甲斐があったというものですわ。
「そんなバカな話があるか! では、父上は息子である私と同等に、このクソ女を扱うと言うのか!?」
「それも違いますな、ヨハン様。遺書を確認ください」
そう言って、ユリウス様は遺書をヨハン様に手渡しました。
この前振りと言う事は、さすがです、ユリウス様。遺書に記された違和感にとっくにお気付きになられていたというわけですね。
「ご覧の通り遺書には、『伯爵家の次期当主とヌイヴェル殿で遺産を折半するように』と記されています。さて、あなたのお名前はどこに?」
「私が次期当主だろうが!?」
「いいえ、チロール伯爵家の継承権を有しているのは、ヨハン様、あなただけではございません。順番は低いとはいえ、分家筋の方にも継承権はございます」
「んな!?」
「当然ではございませんか。次期当主最有力候補は、前当主の直系男子であるあなた様が優先されるべきでありましょう。ですが、何かしらの理由で“不適格”とチロール伯爵家の他の皆様方が異を唱えれば、その限りではないということです」
ユリウス様の発した言葉は、強烈な嵐となって吹き荒れ始めました。
なにしろ、伯爵家の中とて一枚岩ではありませんからね。
無能な放蕩息子と、生母をかさに着て威張り散らす女官、この組み合わせを快く思っていない者、苦い思いをした者、いくらでもいらっしゃいますからね。
“離間の策”を用いるのには、なかなかに面白い状況ですわ。
(やれやれ、このご老人。全部分かった上で、こんな遺書を書いたのでしょうね。やはり、とんだ
舞台は伯爵家の相続という名の喜劇!
演出は遺書で記された未確定の次期当主の座!
そして、魔女への招待状と、そこから派生してくるであろう悪辣な仲間達!
全部計算ずくというわけですか、ハルト様。
安らかな寝顔は、喜劇の予感を思えばこそ、というわけでございますね。
のほほんとしていても、魑魅魍魎が跋扈する上流階級の社交界を、八十年近くすごしてきたわけではございませんね!
その辺りは流石の年季と言ったところでありましょうか。
ああ、もう本当に嫌らしい、それでいて愉快なご老人でございますわ!
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