1-10 馴染み客の葬儀
葬儀に参列するという事もありまして、本日のお召し物は黒でございます。
まあ、黒い衣装は女を引き立てるとも申しますし、喪服を着た女性は美しいと感じてしまうこともございます。
まして、私は自身の体が
葬儀の席でも一際目立ってしまいます。
そんな周囲の態度は気にせず、いよいよ葬儀が始まりましてございます。
我が国の葬儀、特に名のある御貴族様ですと、その作法は色々とうるさいのですが、少し説明してまいりましょうか。
まず、遺体を仮の棺に入れて、墓所の近くにある安置所に移します。
一般大衆であれば火葬、貴族や名家であれば土葬と教会法によって定められており、そこが両者の大きな差となっている部分でもあります。
そのため、家の箔付けのために教会へ多額の寄進を行い、土葬の許可を特例で貰い受けようとする成金がいたりするものです。
その手の儀式や葬儀に際しての“裏”は、教会の秘めたる収入源にもなっており、笑い話のネタにもなる程です。
一昔前なら、私は火葬どころか“火炙り”確定の魔女でございますし、笑ってもいられませんが。
そして、土葬を行う貴族は、安置所に遺体を三日間そのまま放置し、肉体と魂が完全に分離した事を確かめます。
“早すぎる埋葬”は怨念を呼び集め、
そして、埋葬する前に本葬儀を執り行い、皆が見守る中で埋葬されるというわけです。
あと、埋葬の際には“うつ伏せ”の寝姿で埋葬します。
万が一にも
つまり、うつ伏せであれば地中に向かって進みますので、地上には出てこれないというわけです。
どれも昔からの迷信が生んだ埋葬法ですが、今でもなお続けられているのは、滑稽と言うほかありません。
魔女の私が言うのもあれですが。
まあ、その魔女であり、娼婦であるからこそ、私に向けられる視線、その大半は奇異の目。
しかも今回の場合、敵意や蔑みも含まれております。
何しろ、今回の葬儀はチロール伯爵ハルト様でございます。
最近になって不意にご老体が娼館に足を運ぶようになり、しかもそのお相手をしているのが私だと知れているようで、「何しに来やがった、このあばずれが!」とでも言いたげな視線をいくつも感じております。
(まあ、当然と言えば、当然でございますわね。見ようによっては、伯爵家の財産を掠めようとした泥棒猫となりますもの)
この手の事も慣れたものでございまして、もちろん素知らぬ風を装い、流していますが、決して気持ちの良いものではありません。
まあ、気持ちの良い葬儀と言うのもおかしな話でございますが。
しかして、本日の主役はそうではないご様子。
安置所から棺の中に移される際、そのお顔を拝見しましたが、お休み中のハルト様は、なんとも言えない幸せな表情をしておりました。
「随分と穏やかな表情ですね。満ち足りている、という言葉がそのまま当てはまりますな、姉上」
私のすぐ横で同じく棺に花を添えましたる者が話しかけて参りましたが、こちらは
少し癖のある茶髪の青年で、女性の中では割と長身の部類に入る私より、さらに頭二つほども大きく、見る者を圧倒するほどの大きな壁のごとき偉丈夫でございます。
しかし、この巨躯に似合わず万事控えめでございまして、小さな頃からずっと「姉上、姉上」と言っては、側にべったり張り付いてくるほどの
私の勉強を邪魔しては、祖母に引っぱたかれて厳しく折檻されていたのも、今となっては良い思い出です。
そんなハナタレ小僧も、今では嫁を貰い、男爵家の家門を継いで立派にやっております。
まあ、嫁取りに際しては“朴念仁”ぶりを見事に発揮し、その大きな背を何度押した事やら。
二人を引っ付けるのに苦労しましたとも。
そして、その嫁御は今、子を孕んでおります。
男子ならばファルス男爵の跡取りに、女子であれば私の後釜にと考えております。
私もそろそろ娼婦の引退を考える年でありますし、後身の教育についてあれこれ考えねばなりません。
幸い、妹分のジュリエッタは一端の娼婦となってくれましたので、しばらくはイノテア家の娼婦家業も安泰でごさいますが、その次は腹の中の赤ん坊になるやもしれません。
そんな大事な体でありますから、従弟の嫁は自宅待機で安静。葬儀の出席は見送りとなりました。
その代わりに私が“
“娼婦”であれば、葬式への参列を断られたやも知れませんが、男爵の“付属品”としてならば、難なく入り込めるというわけです。
いただいた招待状も、私の肩書は“
こういう事があるからこそ、三つの顔を使い分けているのでございます。
どこに行くにも自由自在。場所や雰囲気に応じて付ける仮面を変えていく。
それが私の基本的なやり方でございます。
そんなこんなで列席者の献花が終わり、ハルト様の周囲は文字通り花で埋め尽くされていました。
安らかな死に顔を見ていると、本当に天国に登られたかのように華やいでいます。
葬式を取り仕切っている司祭様の弔辞が読み上げられ、列席者の中には涙する人もいます。
ハルト様がいかに慕われていたかを、その涙の量で推し量れると言うものです。
ちなみに、その司祭様も私の上客だったりします。
献花の際に近付いた際には、これ見よがしな熱い視線を送られてきました。
(司祭様、真面目に仕事してください、真面目に! 辛抱たまらんとか視線で訴えかけて、こっちを見ないでください! 時間と場所を弁えて!)
この御方も普段は真面目で学識深く聡明で、おまけにとんでもない魔術の使い手でもあるのですが、“私”に関わるとろくでもない事ばかりする“変人”なのです。
葬儀に参列しているだけだというのに、無駄に心臓がバクバクしております。
それもこれも全部、司祭様のせいです。
数多くいる私の客の中でも、一番の
まあ、金払いはよろしいので、文句はありませんが。
ああ、なんだかドッと疲れてしまいました。
このモヤモヤした気分、何とかならないものかと考えつつ、早く葬儀が終わらないかと
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