50. 魔族の嗜み


 ビシュファの書庫に入り様々な知識を照らし合わせたが、「人族に与えるならば人間界のものが無難」という結論に至った。

これではわざわざここまで来た甲斐も無い。肩透かしを食らった気分でガヴェラが振り返ると、床にラヴァヌが転がっていた。


 どうやら体力が限界を迎えたらしく、呑気に眠っている。


「あー、殿下、取り敢えずは助かったぜ。邪魔したな」

「もうここへは来るなよ」

「お前に会いに来たわけじゃねぇよ」

「うん、ヴェルカがすまないね。またその子を連れて遊びにおいで」

「ああ殿下、悪いが社交辞令だとしてもお言葉に甘えさせてもらうぜ。コイツには今後魔界の常識を教える必要があるからな」

「……何だか弟、というよりは息子を教育しているかのようだね」

「まだそんな歳じゃねぇよ」


 眠ったラヴァヌを外套へ入れ、踵をドン、と鳴らせばそこはもう人間界だ。正確には魔王・ダジルエレの城、その中庭である。

ガヴェラにしてみれば直接ダジルエレの傍に転移しても良いのだが、そうすると馬鹿みたいな量の抗議が届き、騒々しいことこの上ない。通常であればそれすら無視出来るのだが、今はラヴァヌが居る。


 不慣れな環境で強い刺激を与えれば、さてどうなるか。二つの面倒ごとを天秤にかけ、少し歩くだけの面倒を選んだ。そう、ガヴェラは必要最低限の気遣いが出来る魔族である。


それにビシュファ……王弟殿下も、かなり過激なダジルエレ至上主義だ。ガヴェラの行動があまりにも目に余ると来れば、容赦なく排除にかかるだろう。


「魔界に俺の味方は居ないのか?」


 ボヤキながらも中庭を出る。待ち構えるのは高い天井に、長い廊下。魔物の形状は様々だが、どの種族であっても悠々と移動出来る構造になっている。故にそう、ただ歩くとすればそれなりに時間を費やさなければならない。

 こうなれば飛んでしまった方が早いのだが、ガヴェラの羽ばたきはその辺りの柱や壁を壊してしまうことがある。仕方なくのしのしと歩いて行き、そこで一人佇むアリファスを発見した。


(何してんだあんなとこで)


 妙な位置で立ち止まっているが、アリファスは以前から動きが止まる瞬間がある。何やらふとした拍子に過去を思い出し、それを追っているようなのだ。


 とはいえ廊下の端で物思いに耽る魔物。これは中々に珍しく不気味である。とっとと追い越してダジルエレのもとへ向かおうとしたのだが、よく見れば普段と様子が違うようだ。


(魔力の流れは……ないな)


 側近であるアリファスの仕事は、配下たちから各地の様子を聞き、それらの情報を吟味或いは整理して、魔王へ上げる。身の回りの世話もあるが、主にこちらが一日の大半を占める業務だ。

 誰かから報告を受けているでも、念話によって指示を出しているでもない。アリファスの性格上、仕事中に長々と過去を振り返る、なんてこともなさそうなのだが。


 ここで少しばかりガヴェラが聴覚を調整すると、壁の向こうから何やら楽し気な話し声が聞こえて来た。


「で、アリファスの出生はわからないままなんだろう?」

「片親すら見つからないなんて、本当は悪魔なんじゃない?」


 ふむ。とガヴェラは一つ合点が行った。側近・ディジラウを魔王ダジルエレの伴侶に、と推している者たちは、ことごとくアリファスを嫌っているようだ。

偶然居合わせたアリファスは、自分の話題を耳にしてその場を動けなくなってしまった、ということなのだろう。


 誰も目の前では口にしないし、表立った行動も取らない。が、突如として「拾われた」アリファスへの不満は、かなり大きいのだそうだ。何体かの魔物たちは集う度、こうしてそこかしこで影口を叩いている。普段フラフラと出歩いているガヴェラですら、こんなのを聞くのは初めてではない。


 見れば「悪魔」という言葉に反応し、アリファスの拳は強く握りしめられていた。


 無理もない。悪魔と魔族の違いとは、「血脈の有無」に基づく。悪魔は偶発的に発生する生き物だが、特に病気や毒や、病んだ心などから生まれやすい。

対して魔族とは、魔物と魔物が交わり生まれて来る者である。


 「血脈」には、長く続けばそれだけ強い力が宿るものだ。よって悪魔と魔族ではそもそもの「格」が違う。魔族が上位存在として君臨するのは、魔界にとって自然な流れといえるだろう。

勿論悪魔よりも弱い魔族や、魔族たちよりも強い悪魔というのも存在するが、これは基本的に「例外」という共通認識である。

 

 特に悪魔・イヴァラディジなどは、「例外」の筆頭にあたる。


 ともかくこういった経緯から、魔族相手に「悪魔ではないか」と邪推するのは大変な侮辱行為である。言外に弱き者という嘲りを窺わせるためであるが、アリファスのように出生不明の魔物は、大抵の場合悪魔に分類されるものだ。


 彼の場合、側近になるという名目上どうしても魔族という肩書きが必要であった。何らかの措置が取られたか、実際に魔族と認定されたかのどちらかだが、当事者が明確に「悪魔」の可能性を否定出来ない以上、このようなことは起こり得る。


「まさかとは思うが、野良だったりはしないよな」


 キヒキヒと耳障りな笑い声が響いた。思わず声を上げそうになったガヴェラは、グッと歯を食いしばることでこれを耐える。

野良。野良と魔族とでは天と地ほども違いがある。先程までの侮辱など、比べ物にならない程の暴言であった。


(アイツ、よく何もしないで居られるな)


 ガヴェラはアリファスの忍耐にひたすら感心した。通常、魔物が人間界へ出るには「人族から召喚される」か「無理矢理介入する」しかない。

後者を選ぶ場合は高度な術式を駆使しなければならないが、それには膨大な魔力が要る。そのため理論上、中級以下の魔物は転移などを用いた“界渡り”を行えない。


 では何故、人間界に小物と呼ばれる下級・低級にも満たない悪魔が存在するのか。理由はとても単純だ。


 「悪魔の発生源になる多くの要素が人間界にも存在する」ためである。


 魔界と人間界では大きく環境が異なるため、誕生する悪魔の力は弱い。まず人間界には瘴気が充満していないことから、魔素の吸収率が低いのだ。これにより充分な栄養が蓄えられず、弱い個体しか生まれようがない。

 このような要因があり、人間界に誕生する悪魔は最底辺にも分類出来ない「小物」となる。これを指して、魔界では「野良」と呼ぶのだ。


 人族たちの間でも魔物を野良と呼称する習慣はあるが、魔物たちの間では違った用法である。つまりは、魔界における蔑称なのだ。



「それは私が野良と並ぶ程度の女だ、ということか?」



 突如として声が響き渡った。これは報告のため一時城へ戻った側近・ディジラウのものである。

彼女は自身を支持している魔物であろうが、容赦なく打ち据えた。


「先ほどの発言は野良程度に尊き地位を与えたという、陛下への中傷に他ならない。不敬、不忠、あり得ざる裏切りだ。貴様らには最早、この城へ踏み込む資格はない」


 ディジラウは腹の底から怒りをぶちまけた。人間界で指揮権こそ持たされたが、裏を返せばディジラウは魔王ダジルエレの傍を離れ、対するアリファスはいつでも近くに控えているのだ。これでは面白くない。


 何より、王魔族と呼ばれるダジルエレの一族は、歴代においても例外なく男性性を選択しており、伴侶の魔族は女性体というのが通例だ。順当に行けば、ディジラウが伴侶候補筆頭である。しかし、未だ彼女は婚約者の指名を受けていない。


 王魔族の伴侶に求められるものは才覚や強さなどではなく、ただ堅い忠誠心のみである。ディジラウはアリファスにも劣らない自負があるが、魔王ダジルエレが性別を選択していない以上、この状況で焦れるなと言う方が無理な話だ。


 さて彼女に足りないのは権力か資質か実績か。誉ある側近という役職に指名されたは良いが、突如として得体の知れない魔族の男が横並びの地位に就いた。他ならぬ誰よりもディジラウが、アリファスに敵対心を抱いている。実に大きな不満を抱え、嫉妬し、怒っているのだ。

 しかしこれは、彼女のもの。決して、外野に渡す娯楽などではない。


「お前が舐められるということは、引いては陛下の『判断』への疑いを煽るということだ。振る舞いを正せ、背筋を伸ばせ、誇りで奴らの首を折れ」


 何を黙って聞いているのだと一つ吠え、ディジラウは颯爽と謁見の間へ向かった。


(なるほど、イイ女だ)


 ガヴェラはニヤリと笑った。現場を目撃していなくとも、魔力の動きや魔法の気配を追えば何が起こったのかは凡そ把握出来る。

ある程度魔物たちを痛め付け、そこから魔界への強制転移。血の匂いの濃さからして、かなりの深手だ。


 先も述べた通り、魔王ダジルエレの国では、側近とはすなわち魔王の伴侶候補である。ただ、歴史的に見て男性体の魔族が魔王の伴侶になったことはないので、その地位にあってもアリファスはここまで軽視されてしまうのだ。


 が。ここだけの話、ガヴェラは魔王を辞してすぐ側近としての打診を受けていた。ダジルエレとガヴェラの両者が強く拒否したため、「権力の偏りが起こらない」アリファスにその地位を与えられた、などという経緯がある。

 もしも彼がこの事実を知ったら、戦闘階級など顧みずにガヴェラを殺しに来るだろう。過去の記録を遡れば、アリファス討伐には本来ガヴェラが行く予定だったこともすぐにわかる。


 当時既にダジルエレの配下だったガヴェラだが、城を抜け出し人間界へフラフラと出歩くことも多かった。「死の山」排除の際不在でなければ、ダジルエレがアリファスを拾うことはなかったのである。


(いやしかし、配下なんぞやたらと持つもんじゃねぇな)


 魔王時代のガヴェラは実に賢明だった。うむうむと数度頷き、今度こそ歩き出す。魔王であったときのガヴェラは、将軍と宰相しか配下を持って居なかった。

というのも、役職として将軍と宰相の席が埋まらなければ「魔王として成立しない」という決まりがあったのだ。適当に傍に居た者を取り立てることで、形式上魔王として認められたのである。


 とまぁ、そんな良い加減な建国であったので、配下から抱かれる忠誠心などはまるでなかった。将軍として仕えていたヴェルカは、ビシュファと出会うや否やあっさりとガヴェラの下を離れたことからも、それは窺える。


 ……なんだかんだと噂されているようだが、実のところ魔王として認められる最低限を満たせなくなったので、ガヴェラは魔王を辞めたのだ。

 特に身分に拘りはなく、まぁ良いかと思って手放した地位だったが、まさかここまで好き勝手貶されるとは。魔物は何とも面倒な生き物である。


 しかし一方で宰相だった魔族は、ガヴェラを主君としてそれなりに認めていたらしい。が、今は人間界で人族の主に付きっ切りである。元将軍も元宰相も、ガヴェラのもとへ戻って来る気配はまるでない。


 なのでアリファスとディジラウの「忠誠心」は、いつ見ても新鮮だ。心なしか歩みの遅いアリファスに続き、ガヴェラは謁見の間に滑り込む。


「只今帰還しましたよっと」


 緊張感のない表情、それでいて堂々とした立ち姿。魔王ダジルエレの敬意などはまるでなく、親しみのありすぎる距離感にアリファスもディジラウも不快感を隠さない。早い話が、かなり嫌われている。


「陛下、ソレは?」


 まず気になったのはダジルエレの手元だ。空間に描かれた魔法陣は、見たことも無い形をしている。


「魔界に比べ、人間界は魔素が薄い。魔力の消費を抑えた魔法展開が求められる故、より術式構成を簡略化し魔力消費の少ない術式展開を目指している」


 ダジルエレは手元に描いた魔法陣をくるりと回して見せた。反転していた文字が読みやすくなり、ガヴェラはほう、と息を吐く。確かに術式構成を簡略化すれば無駄も削がれて消費は少なかろうが、展開に必要な要素は果たして足りるのか。


「其方から見て、この国はどうであった」

「毒にも薬にもならん。あってもなくても、だな」

「その割には遅かったな」

「用事のついでにお前が焼き払った一帯を見に行った。概ね問題はない」

「概ね。そうか、解決には至らなかったか」

「『種』は芽吹いちゃいなかったが、危機回避能力は凄まじい。端っこを自ら切り離して逃げ延びたようだ。今は断片に過ぎないが、あの様子だといつか確実に根を張るだろう」

「他国は見たか」

「ああ見たぜ。きっちり王たちが働いている。地上どころか地中、海底に至るまで文字通り根絶やしだ」

「そうであろうな。この国が異常だ」


 ガヴェラはここからが長くなるぞ、と指を鳴らした。床から生えて来た椅子に腰かけ、足を組む。


「「無礼な!」」

「息ピッタリだなお前の側近たちは」


 魔王だった頃からガヴェラの態度なぞこんなものだ。よくも毎度同じ熱量で怒れるものだ、とガヴェラは肩をすくめた。


「其方らは席を外せ」

「ああ良いぜそのままで。退室の手間はかけさせねぇさ」


 ガヴェラがぐるりと円を描くと、ぽっかりと床に穴が開く。人差し指と中指を同時に下ろせば、アリファスとディジラウは抵抗する間もなく落ちて行った。

次いですかさず指を鳴らし、部屋全体を覆う結界を張る。


「さて、まずは持ち帰ったもんをお披露目しても?」

「構わん」


 外套に縫い付けた魔法陣を露わにし、ガヴェラが短く詠唱を紡ぐ。すると陣の中心から意識のないラヴァヌが召喚された。


「ああ、言っておくが俺が何かしたわけじゃない。ただ寝てるだけだ」

「見たところ人族のようだが」

「魔人と呼ぶらしい。七百……いや、八百年前か? 一度だけ聞いたことのある名称だが、実際に目にしたのは俺もこれが初めてだ」

「どこで触れた」

「いやさ、あちこち出向いていたからな。天界以外ってことだけは確かだが」

「調べても?」

「ああ」


 一目見てわかる通り、形状は人型。それに則した身体構造だ。魔物にしては気配が薄く、妙なモノが幾つも混ざっている。

しかし気配だけで読めるのは、ここまでだ。


 ダジルエレは意識のないラヴァヌの胸部に手をかざした。構造を正確に視るため魔法陣を浮かべ、一体どのような仕組みの生き物かと調べ始める。


 どれだけ探知能力に優れた者だったとしても、「これは何だ」と首を傾げずには居られない。それが魔人である。


「人族の身体に魔核を押し込んだか。これは……」

「そんな目で見るな。俺は憐れみなんぞ要らん」

「では持ち帰った理由を聞きたい」

「殺す意味なんて無いからだ。弟とでも言えば誰も疑いはしない」


 魔人の胸部に埋め込まれた魔核からは、ガヴェラに近しい気配を感じる。血縁関係を主張しても、これならば誰も疑問を抱かないだろう。


「其方はそれで良いのか」

「言いたいことはわかるぜ。いいや、お前じゃなくたってわかるだろう。この気配、血の巡りが」


 これこそが世界を渡り歩いてまで探し求めていたモノだ。ダジルエレは静かに目を伏せる。ガヴェラはラヴァヌの魔核に手を伸ばしかけ、脱力したように腕を下ろした。


「俺の旅路はついに終わった。これこそが、俺の母親の魔核だ」


 魔核を「奪われた」という点を挙げれば、ガヴェラの性質上「母親が弱かった」と一蹴しそうなものである。しかし余程やり口が気に食わなかったのか。ラヴァヌを見る目は、どこまでも鋭い。


「虫唾が走るってのは、まぁ、貴重な経験だった」


 ガヴェラは魔物の中でも「変わり者」である。人族を下に見ているところは同じだが、友好的かつ好意的な意見ばかりを述べるのだ。

そうした在り様にも関わらず、魔力を鋭く尖らせ、空気を震わせるほどの怒気。一体どれだけの激情を抑え込んでいるのか。


 常にはない表情、空気、声音。奥底の心情など、吐露しなくとも手に取るようにわかる。


ラヴァヌこれは俺の心臓足り得るか」


 これまでのガヴェラは「母親の魔核を取り戻す」ことだけを考えて生きて来た。後のことはどうでも良い。どうでも良かったのだ。

けれどそこには別の命が宿っている。最早違う形として。


 魔人・ラヴァヌは、ガヴェラの新たなりせい足り得るか。


 ダジルエレからして見れば、魔人と呼ばれた青年はガヴェラの弱点になるだろうという予感がする。自らそんなものを手にするなど、魔物たちには考えられない感覚だ。


「瘴気が出ている」

「だから人間界では暮らせない」

「この魔人はどうあっても討伐対象になる。だから持ち帰った、違うか? 『殺す意味がない』とは、其方自身ではなく人間たちの行動について語っていたのだろう」

「……」


 ガヴェラはラヴァヌを見て、あんまりだ、と思った。

母から魔核を奪ってまで生かされた命。ガヴェラには少なからず、そのように見えている。だから魔人が殺される運命を、黙って受け入れることなど出来なかった。


「コイツは悪くない。ああ、悪くないさ。酷い仕打ちを散々受けて、それでも心臓は動き続けている。だがな、これだけは譲れない。譲れなかったんだ、ダジルエレ。もしもこの先、コイツを殺す奴が居るのなら、それは俺でなくてはならない」


 家族という括りを、魔族は仲間意識に近い範囲でしか捉えることが出来ない。愛情の有無など、そもそも前提にも上らないのだ。

 血縁とは、より己の血が優れていると証明するもの。それ以上でもそれ以下でもない希薄な繋がりである。


 愛とは理性を従えるモノだ。そうあるべきである。しかしガヴェラは、母へのそれが人への憎しみや怒りの衝動を引き起こしかけている。


 転じて、目の前の魔人を害そうという本能が、今も強く渦巻いている。


「奪ったのであれば甘受せよ」


 ダジルエレの血脈には代々強い魔族が生まれ続けている。そしてダジルエレがそうしたように、王冠の継承は子が親を殺すことによって成り立って来た。

 王魔族と呼ばれる彼らは、一族から途切れることなく魔王を輩出している。同時にこれは、親殺しを繰り返して来た証明でもあるのだ。

 ダジルエレの言う「初代魔王」とは、魔界における最古の魔王ではなく、自身の血を辿った先にある初代のこと。


 ガヴェラの在り様が、如何に魔族として異質なモノかわかるだろう。母を重んじ、しかし母の魔核を宿した異形を「家族」とする、その様が。


「名は」

「ラヴァヌ。コイツの父親がそう呼んでいた」


 随分と深い愛情が向けられているようだった。あれは、人間界で親交を深めた男……レイルを通し垣間見えた「家族」という形に当てはまる。


 欲望とは無縁の、レイルが持っていた「愛」なるもの。強さを重んじる魔物の目からして見ても、好ましいと感じる心根の強さ。その根源が彼にとっては家族なのだという。

しかしそれはガヴェラの手から既に失われたものだった。


「俺の願いはここに叶った。魔核の奪取、魔人という形で。故に陛下、ダジルエレ。今度はお前の願いを、俺が叶えてやろう」


 愛とは形なく、存在の証明はほぼ不可能な代物であるという。日々変質し続けて、時にあっけなく失われるのだと。


 不変ではないものを、何故それほどまでに信じられたのか。ガヴェラには、魔核だけを引き抜いて持ち帰る選択肢もあった。だが。


『ラヴァ、ヌを、息子を、返せ』


 たった一人の騎士の嘆きが、それを留まらせた。比類なき蛮勇の騎士。かつて友の眼差しに見た父性。

 圧倒的な力を前にして、気力だけが地を踏みしめてガヴェラを睨んでいた。


 嗚呼そうとも。これを強さと呼ぶのなら、抗えないのが魔物である。

ガヴェラはバルセルゲンに敬意を表し、ラヴァヌを生かすとこの時に決めた。


 例えその胸に、母の魔核が埋まるのだとしても。


 眠り続けるラヴァヌを転移させ、ガヴェラは静かに前を見据える。


「今度はお前の話を聞かせてくれ」




(どうしてが玉座に座ってんのか、とかな)




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