49. 魔人、威嚇す


 さて。魔法について頭を悩ませるのは、何も人族に限ったことではない。ここにも一人、迷える魔族が居る。


「ったく、天下の将軍様が奇襲とは世も末だな」


 サーヴェアスが展開した転移陣により、ガヴェラは魔界に帰還した。しかしその直後、魔王ダジルエレの配下である将軍(ガヴェラはその名前すら覚えていない)から奇襲を受けた。


 正直なことを言えば、心当たりはある。将軍はガヴェラを酷く嫌っているのだ。

 しかしガヴェラが一方的に悪いとも言えない。原因は「魔界に存在する魔国において、将軍職に就くのは『魔王の配下の中で最も強い者』でなければならない」という決まりにあった。



 ガヴェラが魔王を辞したばかりの頃、ダジルエレの国には既に将軍が居た。本来であれば実力の上下を示し、役職を決めるべきところである。しかし二人の間で戦闘行為が行われることは一切なく、未だにガヴェラは何の役割も与えられていない。


 これに納得のいかない将軍は、事あるごとにガヴェラへ勝負を仕掛けた。しかしのらりくらりと適当な理由で躱され続け、現在に至る。


 通常であれば実戦など交えずとも、戦闘階級を見ればその強さの差は明らかだ。よって自動的にガヴェラは将軍職に就けるはずなのだが、ここにも少しばかり込み入った事情がある。


 魔界という世界では「魔王の座」を狙う魔物が、常時一定数存在するものだ。かつて魔王であったガヴェラは、自身の配下である「宰相」と「将軍」だけを従え、たった三人で挑み来る者たちを討ち果たし、実に数百年もの間君臨し続けた。


 軍を構えず魔国を保つ魔王。彼こそが頂点だと叫ぶ声も多く、他の魔王たちにとってもガヴェラは大きな脅威であった。

──だというのに、それが突然魔王の位を返上し、即位したての新王・ダジルエレの前に跪いた。これは後世にまで語り継がれる程の大事件である。


 ガヴェラの治めていた領土は魔王ダジルエレに吸収され、これにより王の秩序下ログ・ラドディエクは魔界で一番の国土と戦力を誇る、巨大な魔国となった。しかし魔界において無血の魔国併合など前代未聞。闘争の本能から言っても、実に不可解な出来事である。


 強さに貪欲な魔物といえば、ときに戦闘階級を無視して魔王に挑むものだ。策略を巡らせ数を揃え戦いによって王冠を手にする。強さと闘いだけが生きる意味。これこそ魔界における秩序である。


 故に、戦わずして魔王の座を退いたガヴェラは一転、理想の魔王から戦わぬ魔族と蔑まれるようになった。


 そんな男が、将軍よりも強いと目されている。更には役職を得ないままフラフラと出歩き、魔王ダジルエレに気安い態度を取り続けているのだ。それが将軍には我慢ならなかった。


 加えて、魔物たちの間ではあることが囁かれている。ガヴェラが魔王ダジルエレに「何かを差し出した」のではないかというのだ。

その何かというのは具体性がなく、弱みを握られただの、心臓を盗まれただの、いずれも戦いの前に魔王ダジルエレがガヴェラに対し優位に働く「何か」があったのではないか、という憶測だった。


 ──このような要因が重なり合い、味方の陣営にあってもガヴェラは忌むべき存在なのである。


「今日こそ貴様の翼を捥ぎ、その忌々しいあり様を地に落とす!」


 ガヴェラは人間界へ強引に介入し、滞在可能時間ギリギリまで活動したのだ。魔力は尽きる寸前、瘴気による補給で隙が出来るはず。この好機に乗り、将軍はガヴェラの正面に構え大剣を揮った。


 同時に全方位からガヴェラに向け多属性の魔法を射出。火力に任せた集中砲火と、直進する大剣。対してガヴェラは酷く冷静だった。


 まずは空中に魔人を放り出す。するとガヴェラの意を汲んだ飛竜が足でその体を掴み、徐々に降下して行った。こうして素早く非戦闘員を逃がし、向かい来る豪速の大剣を片手で受け止める。鱗が浮かび上がったもう片方の腕が、目にも留まらぬ速さで拳を叩き込み、将軍の堅固な鎧を粉砕した。

 遅れてやって来た変則的な魔法は、その全てがによって弾き飛ばされ、そこかしこで爆発を起こす。ガヴェラは指先に力を込めるだけで、鋭く磨き上げられた大剣の刃を砕いた。


 何層にも重ねられた防御壁は、まるでなかったかのような動きだった。伸ばされたガヴェラの腕から魔力を吸収された将軍は、そのまま呆気なく気絶する。力加減を間違えたことに気付いたガヴェラが身を引けば、地上に向かって落ちて行った。


「あー。やりすぎたか」


 何せ胸糞の悪い「実験」の一端に触れたせいで、少々どころではなく機嫌が悪い。やれやれと頭を掻いて、魔人と飛竜の下へ向かった。


 あの程度で魔物は死にはしないが、さて心中はどうであろうか。


 まさに瞬殺と呼ぶべき立ち回りであったが、将軍が決して弱いわけではない。地位に見合った強さを示すため、普段から鍛錬を欠かさない魔族だ。あらゆる攻撃魔法を習得し、研鑽により戦闘階級も上がり続けていると聞く。


 だから少しくらいは持つと思ったのだが、想像以上に相手にならなかった。これからの面倒を思って溜め息を吐き、ガヴェラは「住処」へと戻る。



 ガヴェラの住処──旧・魔王城。元々ガヴェラの城であったそこは、ダジルエレに献上する形で手放した。

しかし下賜という名目で早々と返されたので、最近は放置していた場所である。


「うぅ、ぐぅ」


 飛竜は魔人を床に転がした。意識のない魔人は一つ二つ唸るが、起きる気配はない。


「お前専用の部屋でも拵えてやるか」


 ひょいと魔法で魔人を浮かべ、適当な一室に入る。ひとまず壁、天井、床、の六面に魔封じの魔法陣を描き込んでいった。脱出は勿論、侵入も出来ないように一工夫。先述の通りガヴェラを良く思っていない魔物は多く居るので、魔人が害されないための処置である。

 先程の将軍のように、火力で押せば通用するだろうと考える可能性もある。無駄に体が傷付かないよう、肉体強化や打撃系の魔法は離散するよう術式を書き足しておいた。


 通常魔物は、魔素の遮断さえすれば魔力の補給が困難になり、生命維持がせいぜい、という状態に陥る。しかし魔核を押し込まれ、存在そのものが呪いとして作用する「魔人」は、瘴気が自動的に溢れ出るため、外部からの魔素を遮断しようが魔法を展開することが出来てしまう。全く厄介な生き物だ。


 とはいえ部屋に施した魔封じの術式も、理論として用いるのは魔素の遮断が根底にある。つまり魔人には、何ら効果はない。


 例えば魔人が、肉体強化をして魔法陣を描き込んだ媒体(この場合壁や天井、床がそれにあたる)に打撃や衝撃を加えたとしよう。どれだけ高度な術式を用いても、媒体が破壊されては意味がないのだ。


 どのような魔法が魔人には効果的で、どう術式を組み上げるべきか。生まれて初めて、ガヴェラは魔法に対して頭を悩ませた。更に言えば、(魔人に直接の効果はないとはいえ)部屋に魔封じを施す罪悪感が、首元をチリチリと焼いていく。


 何せ魔素の遮断など、生命に対して使われる魔法ではない。多くの場合、魔力を宿す武器を暴発させないための予防策であったり、城などの拠点侵入を防ぐ目的で使用される。魔人の場合瘴気生成とも呼ぶべき特性を持っているので躊躇はないが、他の種族に対しての使用は憚れた。


 これが生命体に対し使われる場面といえば、処刑が確定した咎持ち相手になる。聖魔塔に設置されていた「魔力を吸い出す」魔法陣など、刑罰の一つとして使われていた時代もあったほどだ。


 尤も、これらの“執行”をのは天使のみなのだが。


 そういった背景から、許されない術式を展開した背徳感、罪のない魔人へ魔封じを向けた罪悪感など、魔族らしからぬ感情がちくちくと背中を突く。



 ……ガヴェラがこのような感性を持ち合わせているのは、母親による影響が大きい。魔物たちから見てやや「非常識」に育ったガヴェラが居なければ、魔人は今頃魔核を抜かれてその生涯を終えていたはずだ。


 更に加えて言えば、ガヴェラの感性は魔王ダジルエレに多大な影響を及ぼしている。主に人間界に対する構え方などは、彼が授けたも同然だった。


「ぐ。う?」

「起きたか」


 それまでの苦悩などサッと引っ込め、ガヴェラは魔人へ声をかけた。しかし、魔人の様子がどうもおかしい。

なんとガヴェラの声に肩をびくりと跳ね上がらせ、震え始めたのだ。


「ハァ? おい、さっきまでの威勢はどうした」

「う……あー、うー……」


 目の前には大柄の魔族。魔人はわけもわからずボロボロと泣き始めた。これにギョッとしたガヴェラは、何事かと傍へ寄る。


「何してんだ、泣いたら魔核が崩れ……ないな?」


 魔物とは、泣いた途端に魔核が崩れてしまうものだ。何せ魔神が魔物をそのようにのだから。

だというのに、魔核は崩れる様子もない。一体どういうことなのか。


「いやそんなことは良い、何をそんなに泣くことがある。人族にしたって、大の大人がそう泣くもんじゃねぇだろ」


 ガヴェラは眉を下げて途方に暮れた。泣く、という行為を見たのはこれが初めてではないが、そもそも「キサラ」は幼い子供だった。確かあの頃はレイルやミレアがあやし、たちどころに泣き止んでいた。あれももしかすると“魔法”だったのでは。泣き続ける魔人を前に、ガヴェラは珍しく狼狽えた。


「人族は精神の成熟が遅いと聞いていたが、お前成人したぐらいだろ?」


 あれだけ流暢に喋っていたというのに、一体。


「まさか、魔封じか?」


 ガヴェラはパッと顔を上げて部屋を見渡した。魔素の動きを遮断したことで、何らかの術式が効果を失った。そう考えるのが自然だが。


(一体何がかかっていた? コイツの人格自体が変わったのか? いや、そもそもそんなことを?)


 魔人はその場で立ち上がろうとしたが、足が縺れ床に崩れ落ちた。筋肉は痙攣し、満足に力が入らないようだ。


「ということは風属性の魔法で肉体強化、もしくは動作補助を入れていたか」

「うー、うー」

「……まさかとは思うが、喋れないとは言わないよな」

「あっち、いけ、」


 涙を目に溜め、床をもぞもぞと後退して行く。初めて見たときの魔物らしい冷酷さが、さっぱり消えていた。


(待て、よく考えろ。操られていた、にしては動作に不自然な点は無かった。とすると、体を乗っ取られていた可能性が高い)


 何より、魔封じが作用したのであれば今が「元に戻った状態」だ。

 ガヴェラは小動物の扱いなど碌に知らないが、恐らくはそれに近い対応が求められるはず。初めて戦場に向かうような心持ちで、魔人の前にしゃがみ込んだ。


 目線はなるべく同じ高さに。魔人は怯えたように小さくなりながらも、決してガヴェラから目を離すことはない。その様子は手負いの獣のようでいて、まだ幼い「子供」のようにも見えた。


 であれば、敵でないことを示す必要がある。共通の話題を必死に探るが、そう易々とは思い浮かばない。

 確か盗み見た手記には魔人が「魔に魅入られた存在」であると書かれていた。魔核が無いにも関わらず、肉体に魔素を取り込む特性を持つ者たちだ。


 取り込んだ魔素は肉体を汚染するため、短命。その多くが子供の内に死に至る。


 唯一助かる方法といえば、「魔物との契約」だ。魔に魅入られた者は魔女にならなければ生き延びることが出来ないため、。魔物との契約が特効薬の代わり、結べなければ必ず死ぬ、というわけである。


「何事も無ければ今頃、お前さんも魔女だったはずだ」


 魔人の表情が途端に険しくなった。言葉の意味は理解出来るらしい。

 とすると、喋ることが出来ない、の意味合いが変わる。この場合長らく喋ることを許されなかったと考えて間違いないだろう。そして足の機能は正常であるにも関わらず、立ち上がることすら出来ない程、筋力が衰えている意味。


(一体どこまで)


 どこまでこの青年の“自由”は制限されていたのだろう。魔物から魔核を奪うだけでは飽き足らず、人族相手にもこの仕打ちだ。


「魔法はどうした」


 魔人は不思議そうにガヴェラを見返すばかりで、魔力が動く気配もない。力の使い方が本気でわからないのだ。


「よし悪かったな。こっから出してやる」


 狭い檻から解き放たれたのだ。魔界全てを庭にするくらいしても良いだろう。手を伸ばせば慌てたように逃げ惑い暴れるが、ガヴェラは易々と脇に腕を入れ、一気に持ち上げた。


「あぁ?! なんだこりゃ、お前軽すぎるぞ!」

「んー!!! あー!! はな、せ!」

「おい蹴るな、足折れるぞ」

「……うー」

「言わんこっちゃねぇ」


 無我夢中で足をバタつかせた魔人だったが、ガヴェラの規格外なまでに頑丈な体躯に足が当たり、怪我をした。真っ赤に腫れ上がった自身の足首を見て、徐々に眉が下がって行く。

 想像以上に軟弱な生き物だ! 魔人と同じく眉を下げたガヴェラは、ひとまず肩に担いで部屋を出た。


「どうだ、ここなら広いだろ」


 何の用途で使用していたのかは忘れたが、天井も高く椅子も上等だ。サッサと下ろしてやれば、痛みに耐えているのか抵抗を諦めたのか、魔人は静かなものだった。

ともかく足首に指を添え、上げろとだけ指示を出す。下手に掴んだら骨を砕きそうだと思っての配慮だったが、これを伝える必要はない。


「大人しくしてろよ?」


 フッと指の間に鳥の羽根が一本現れた。魔人はパチリパチリと瞬きをして、ガヴェラの指の動きを追う。


 羽根の先に集約した光魔法。魔人の足首の少し上、空中に向かいサラサラと陣が描かれていった。その色は、限りなく白い。


 しかし迷いなく進んだのは最初だけで、何度か手が止まり、また動いては唸りを繰り返す。一部を取り除いては付け足して、何度も修正されていった。

 魔人にとって見たことのある魔法陣といえば一つしかないが、これには不思議と恐怖を感じない。更に目の前の「怖そうな魔族」は、頭を抱えながらも自分の事を気にかけている。


 瞳に浮かんでいた涙は、知らぬ間に好奇心へと塗り替わって行った。


「下書きってのは結構意味があるもんだな」


 魔法陣の描き損じがいくつも生じた。試作品を何個か描いて写し、消して描き、やっと一つの魔法陣が完成する。


「さて問題は正常に動くか、だが。動作確認しようにもな」


 ガヴェラは魔人の顔を見て苦く笑い、自分の腕を切りつけた。勢いがつき過ぎたせいで血が噴き出したが、問題はそこではない。魔人が目を見開き顔を真っ青にしたので、こういったことは今後目の前でやるべきではないと一つ学んだ。


 出来上がったばかりの魔法陣を自分の腕に張り付けるが、結果は芳しくない。


「無いよりはマシか?」


 そもそもガヴェラの治癒能力は、人族に比べて非常に高い。何なら魔法陣を展開する前に、既に治り始めてすらいた。

もし上手くいかないようであれば、サーヴェアスに魔法陣を譲ってもらう必要がある。


「せっかくだから使っておくか。害はなさそうだ」

「なおった」

「なんだ、人族相手なら結構効くのか」

「ありあと」

「……おう」


 まさか礼を述べられるとは。目を見てハッキリ言われたので、そっと逸らして頬を掻く。

先程までとは打って変わり、魔人は随分と落ち着いた様子だ。どころか全身から力が抜け、椅子の上でダラリと手足を投げ出している。


 同族の騎士ではなく、この魔族の傍が心身共に「気を抜ける」唯一の場所。魔人はそう定めた。


「名前を言ってみろ」

「ら、ばぬ」

「俺はガヴェラだ」

「がばる」

「ヴェ、だ。ヴェ。言ってみろ、ほら」

「べ」


 ここに来て、思い通りに喋れない不快感が出て来たようだ。声帯に問題が無いだけ良しとするべきだが、そうは言っても違和感があるのだろう。


「わかることは首を縦に振れ。わからないときは横で良い」

「ん」

「魔法は使えるか?」

「んん」

「どうしてここに居るのかは理解しているか?」

「んん」

「それなら、お前に妙な魔法がかかっていないか確かめさせてくれ。もしも有害なものがあれば取り除く。良いか?」

「ん」


 治癒の魔法で信頼を得たのか、魔人……ラヴァヌは素直に従った。横になれと指示をすれば素直に応じる。といっても、寛いでいた状態から滑り落ちただけなのだが。


「なんだこれは」


 結果、ガヴェラは呻くしかなかった。まず追跡用と思われる魔法を解除し、服従のためにかけられた魔法を消し去る。ただ、問題があったのは最後に残った高度な魔法だ。

 読み解こうとすればするほどに難解な術式である。古代のものであろう文言が並び、複雑に編み込まれているではないか。目を凝らせば層が幾重にも重なって見え、禁術として知られる形成式も幾つか盛り込まれている。


(これは、単純に異形を造っただけの話じゃないな)


 魔人の完成は目的の全てではないと直感した。この術式のために、魔核を得たと言っても良い。

魔核を得る過程を考えれば、当然魔物を「使用」したこともあっただろう。野良では足りなかったのか、或いは、人族を用いることに意味があったのか。


「報告案件だな」


 全く不本意かつ気は進まないが、情報共有を後回しにすれば後が面倒だ。


「がべる」

「ガヴェラ、な。どうした」

「おなかへり」

「そうだな、飯は大事だ。特にお前は軽すぎる」

「めし」

「いや待て、人族は何を食べる生き物なんだ?」


 正確なことは知らないが、反応の幼さを見るに幼少期頃から拘束されていたと考えられる。一応瘴気を自分で補給出来るので死ぬことはないが、元は人族のため食べなければ常に空腹を感じるはずだ。

実際、監獄塔付近の畑を食い荒らしていたのはラヴァヌである。


「生憎ここに食糧はない。仕方ねぇ、出かけるぞ」

「おーう」


 声が出るのがよっぽど嬉しいのか、ラヴァヌはあーだのうーだの意味のない言葉を喋り倒した。鬱陶しいが致し方ない。ガヴェラはああうるせぇとボヤきながらも、道中勝負を仕掛けて来た魔物・総勢六百を相手に魔界を横切った。


「よし着いたぞ」

「着いたぞ、ではない。先触れを寄越せとあれ程言ってあったろう」

「おう久しいなヴェルカ。お前に用はないからちょいと通してもらうぜ」

「通さないが? 第一その男はなんだ?」

「これか。あー、名前はラヴァヌ。見ての通り人族なんだが、何を食うのかわからなくてな」

「人族? 人族と言ったか? どうしてそんな軟弱な生き物を魔界へ連れ込んだ。今すぐ返して来い!」

「こら、ヴェルカ。お客様をお通しして」

「はい勿論ですビシュファ様」


 ヴェルカと呼ばれた魔族の女は、ころりと態度を変えて子供の傍に立った。うっとりとした表情で、もう主以外は見もしない。


「そちらは? 珍しいお客様だね」

「製作者曰く“魔人”という名称らしいが、ほぼ人族だ」

「興味深い話だね」

「殿下におかれましては、人間界の食事について何かご存知ないかと思いまして」

「なるほど、我が書庫に入りたいと」


 興味津々で辺りを見渡すラヴァヌに微笑み、ビシュファはこちらへと踵を返した。


「僕もご一緒させていただきたいんだけど、良いかな?」

「そりゃ勿論。なんたってここは殿下の城だからな」


 この城の城主は一見子供のような見た目をしているが、名は、ビシュファ・リデネ・ラデル・ビ・ラドディエクという。つまり魔王ダジルエレの弟、王弟殿下、である。

その隣に控える側近・ヴェルカは、ガヴェラが魔王であった時代、ガヴェラの将軍として配下に付いていた魔族だ。


「僕よりも適任が居るとは思うのだけどね」

「と言いますと?」

「ガヴェラの配下にもう一人居ただろう? 宰相の方」

「確かに、奴めは今人間界におりますね」

「そう。それに人族の……その子と同じ無族ダードクリアの使い魔をしているんじゃなかった?」

「よくご存知で。ただ、アレがマトモな情報を提供するとは到底思えないのでね」

「ふふ、それもそうだ。ところで彼はどういう名目で魔界に置かれるのだろう。ひいては、この王の秩序下ログ・ラドディエクに」

「俺の弟として迎え入れる予定だ」

「へぇ。弟、ね」


 ビシュファは小さく笑い、意味あり気にラヴァヌを見た。



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