48. 魔法のことなら悪魔に聞こう
キサラとタスラは集団探しに気を取られているが、後方からパドギリア子爵の私兵が後を追って来ている。ハラハラとした表情を見るに、監視というよりは「護衛」なのだろう。
キサラたちは何も無断で外に出たわけではないが、その申し出は「お肉を買いに行ってきます」というものだった。使用人は慌てて兵士に声をかけ、今に至る。
しかし目的の肉を買ったはずなのに生のまま兎に食べさせ、屋敷に戻らない様子の少年たち。兵士は困惑しつつも、見失わないよう努めた。
「で? こっからどうするつもりだ」
「ええと、まず確認だけど『魔法陣そのもの』をイヴァが感知することは出来ない、って認識で合ってる?」
「腹は立つがその通りだ」
「それって、空気中の魔素は動かなかった。ってことだよね? どんな魔法が使われる時でも、普通空気中の魔素を吸収するでしょう? でも、屋敷内ではそんな動きが無かったから、イヴァもシュヒも発動を阻害出来なかった。合ってる?」
「へぇ、よくわかってんじゃねぇか」
もしも魔素に動きがあり、術式展開の予兆に気付いていたのなら、イヴァラディジはそれを許さなかっただろう。
「だから『犯人』は、魔力を宿しているか、魔物を連れているんだと思うんだ」
「俺に魔力持ちの探知をさせようって?」
「そういうこと!」
「惜しいとこまで来てたぜ、キサラ。残念ながら魔法陣は魔石を用いりゃ展開可能だ。つまり、魔力の有無は然程問題じゃねぇ」
「え、そうなの?」
「聖魔塔の魔法陣を思い返してみろ。術者が居なくなっても、そのまま稼働してたはずだぜ。アレは直接、床に魔法陣を刻んだからだ」
例えば同じ陣を紙に書いたとしても、同様の効果が得られる。それどころか、小さな媒体になったことで持ち運びも可能だ。
「固体状の物質に直接魔法陣を描いた場合、使用権の譲渡が可能になる。マァ術者によって譲渡の条件は変わるだろうが……アー、なんだ、物理的媒体に書き記された魔法陣は、魔導具みてぇなもんだと思え。只人でも使うだろ? 魔導具は」
「それじゃあ魔石さえあれば、魔力を宿さない只人でも」
「転移陣を使える。町中全員『犯人』になり得るってわけだ」
パドギリア子爵はそこも理解していたようだがな、とイヴァラディジは続けた。だから子爵は、すぐさま兵を出すことが出来ないでいる。
「じゃあ魔石の方は感知出来る?」
「魔素の塊みてぇなもんだからな。近寄りゃわかる」
「良し、じゃあ問題ないね。これが町の地図なんだけど」
「随分用意が良いな」
「集団が目撃されたのは、ここと、ここと、ここと……」
「行動範囲が結構広いね」
タスラの言う通り、集団は東西南北どこにでも出没している。拠点がはっきりすれば調査も楽なのだが、町の宿に滞在している者が居る一方で、わざわざ別の町から現れる者も居るのだという。見事にバラバラで、噂通り連携している風ではない。
「『探し物』がどこにあるかわからない上、当てもないって感じかな。店が並ぶ場所に出てきたり、建物が何もないところを回ってたり。動きに規則性がない」
「集団とは言ってるけど、ほぼ個人で動いてる気がする。見つかるかな?」
町は夕方を控え、徐々に人が減って来ている。帰路につく者たちが多いため、賑やかですらあった。屋台で買った夕食を抱える人々、友達と仲良く走り回りながら帰って行く子供たち、店を閉める店主に、それから。
「あの人たちだ」
たくさん人が行き交っているというのに、彼らは酷く目立っていた。暗い表情でふらりと歩き、全身から覇気を感じられない。
夜中に見かけたら不死者と間違えられそうな様相だ。これならば噂にもなるだろう。
息を飲んで観察していると、彼らは一様にうろうろと視線をさ迷わせ、ふらふらと進んでいた。「探し物」とやらは道端に落ちているようなものではないのか、地面を窺う仕草などは見られない。
どころか目線の高さは一定で、時折建物を見上げていたりする。
「どう、イヴァ。魔力は感じる?」
「全く。しっかし陰気なもんだぜ、霊の類でもあんなに虚ろな目はしやがらねぇぞ」
「魔物が近くに居たり、魔石を持っている様子は」
「ねぇな。ハズレだ」
少なくとも「町に魔物は入り込んで居ない」とイヴァラディジは断言した。
「そういえばマリーナが消えた時、『尻尾は強く噛んである』って言ってたよね。それって何のこと?」
「いずれわかる」
「出た秘密主義」
「結構教えてやってる方だが?」
キサラたちが見かけたのは、ごく少数の人間だった。「集団」とは呼べないような規模で、見たところ半成でもない。このまま追いかければ宿を突き止めることも出来るだろうが、日が暮れた後に屋敷へ戻ればさすがに叱られるだろう。
「今日は帰ろう」
キサラとタスラは足早に移動した。兵士も勿論、後をピタリと付いて行く。
そして「何事もありませんでしたよ~」という顔をしながら客室へ戻ったが、使用人たちにすら行動は筒抜けである。心配そうに見られていることなど、二人は全く気付いていない。
「ハァ~~~~~、今日はたまたま見つけられたけど、遭遇率自体はだいぶ低そう」
「探しに出る前に、何か所か絞っておいた方が良いかも」
「賛成」
イヴァラディジはそんな二人の横で、色硬糸を調べ始めた。横目でチラリと見てみるが、何をしているのかはわからない。ただぼんやりと光ることが時々あるので、何かしら魔法を使っているのだろう。
「魔法……」
キサラは加護として、風属性の上級精霊魔法、通称“風の民”を授かっている。未だにその力を使えた試しはないが、魔法陣に対抗するのであれば、有用なのではないだろうか。
思い返してみれば結界などを目視出来るようになったのだし、一応、体質的な変化も出ている。いまいち“加護”の実感は薄いが。
「例えばなんだけど、イヴァが炎を吐くみたいに口からびゅっと風が出たりするかな」
「それで何の得があんだ。料理冷ますどころか吹っ飛ぶぜ」
「あーっと、じゃあシュヒみたいに指とか扇子を回したら、大きな風が吹くとか」
「ちょっと待て。さっきから何の話だ」
「イヴァもフロムの話聞いてたでしょ? 僕が上級の精霊魔法を使えるって話」
「んなこともあったな」
「でも僕の体に魔力が通うようになったわけでもないし、どうやったら魔法として発現するのかなって」
「風属性で出来ることなんざ限られてる。ジッとしてろ」
「ラーミェル、じゃない、ラヴァヌさんは攻撃に使ってたよ。あれは結構強力な攻撃魔法だったと思うんだけど」
「ハァ、良いかキサラ。魔人が出来るからといってお前も出来るとは限らねぇんだぜ。『同じ属性でも使い手によって出来ることは異なる』。魔法の初歩、基本的な知識だ」
そういうものなのか。キサラは自身の両手を見下ろした。グッと力を込めてみたところで、やはり魔力などは感じられず、魔法が展開される兆しもない。
「イヴァはわかる? 精霊魔法の使い方」
「そりゃ簡単だ。召喚士ってのが居るだろ? それを自分に置き換えて考えりゃ良い」
「召喚士? 魔女じゃなくて?」
「魔女が詠唱すれば魔法が発動する。だが魔力の通わない只人、まァこの場合キサラだが、同じ呪文を唱えたところで精霊魔法は発現しねぇ。“魔法”なんて一口で言っちゃいるが、形式が異なる」
召喚士は召喚した魔物に指示を出し、魔物本体に直接魔法を展開させる。つまりキサラと“風の民”の関係上、精霊魔法の発現方法はこちらの形式がより近いのだ。
「意思の疎通が第一だ。手始めに雑談でも交わしてみりゃ良いんじゃねぇか」
「僕には“風の民”の声が全く聞こえないんだけど」
「只人の感覚じゃそうだろうな」
「振出しに戻った」
キサラが思うに、“加護”として精霊魔法を授かる事例はほとんど確認されていない。どのように扱うべきか、その方法が記された文献なども存在しないと思われる。仮にあったとしてもそれは禁書扱いか、閲覧が制限されているはずだ。
「もし、生まれたときから魔力を持って居たら、僕にも精霊魔法が使えたのかな」
「素質に寄る」
現実は厳しい。だが前提としてキサラの授かった精霊魔法は、自らが魔法を扱う魔女に比べ、魔法の自由度が劣る。召喚士と同じく、指示を出した上でそれに応じてもらう必要があるからだ。
敢えて分類するのなら、受諾されなければ行使されない「承認制魔法」といったところだろう。
「あ。でも魔女は魔力も魔核も元々ないはずだよね? どうして使い魔を得ただけで、魔力を宿せるようになるの?」
「契約が体を作り変えてんだよ。魔女の身体は……なんつーか、例えるなら魔導具みてぇなもんだ」
「また魔導具」
「使い魔はいずれも、魔女の体内に魔核を模造した器官を生成する。つっても本物にゃ及ばねぇ劣化版だがな」
“契約”の際、魔女の体内に生成される通称・模造魔核は、低級や下級と呼ばれる魔物を召喚した時でも例外なく現れる。これは何らかの形で“使い魔契約”という術式の基盤に組み込まれたものなのだが、本来であれば上級の魔物でも使いこなせるとは限らない、創造魔法の一種である。
「模造魔核は魔力を溜め込む機能しかねぇ。だから使い魔の魔核と繋げて、魔力を循環供給してるってわけだ」
「あー、循環、供給?」
「魔女と使い魔の間を魔力が行き来してんだ。そうすりゃ新たに魔素を取り込んで魔力に変換するより、遥かに効率が良いからな。循環すれば魔力の純度が高まる。そうすりゃ術式に対して消費する魔力量が格段に減る。大体召喚される側の利点はこの辺りだな」
「えーと、人間界では契約して魔女を得た方が、契約しないときより魔法が使いやすいってこと?」
「そうなる。使い魔との繋がりが切れりゃ疑似的な器官は当然無くなる。ほとんど幻覚みてぇなもんだ」
さて、先天的魔女と呼ばれる“魔に魅入られた存在”は、人間でありながら体内に魔素を溜め込む性質を持っている。だが、魔素を溜め込んだところで魔核が無ければ、魔力の変換は行えない。そのため魔物を得なければ、魔法を使用することは出来ないのだ。
そして余談だが、もしもラヴァヌが魔人の実験に巻き込まれていなければ、今頃は魔女になっていた可能性が高い。
「精霊魔法を授かる者や召喚士は、人外生物を使役するが、体そのものは人族のままだ。だが魔女は本質が魔物に『寄る』」
召喚士と魔女の間にある差は、たったこれだけだ。けれど人々は本能的に魔女が「魔物に近い」ことを察し、嫌悪感や恐怖を抱く傾向にある。
「キサラ、夕食の支度が出来たって」
「飯!!!」
イヴァラディジはすぐさまキサラの腕に飛び込み、ジタバタと催促する。食事は客室ではなく食堂で行われるので、そちらに移動しなくてはならない。
(模造魔核の生成は、精霊魔法と関係なさそうだ。やっぱり意識すべきなのは、召喚士の方)
有意義なことを聞けたのは間違いない。イヴァラディジは普段でも質問に対して二、三返すが、何かに集中しているときは特に饒舌だ。色硬糸に夢中だったおかげで、想像以上に情報を聞き出せた。
「“風の民”よ」
キサラが小さく囁けば、温かい風が頬を撫ぜた。驚いて辺りを見渡したものの、風の民がどこに居るのかはわからない。加護を得てもキサラの目には、妖精の影すら捉えられなかった。けれどそう、第一にすべきは意思の疎通。
「“風の民”よ、タスラのことを守ってください。どうか、僕らと一緒に」
シュルシュルと風が吹き抜けて行くが、どのような意図が含まれているのか、キサラに推し量ることは出来ない。
それでもいつか心が通い、互いの考えを理解出来るようになるのならば。
「キサラ?」
「今行くよ」
美味しいはずの食事は、ほとんど味がしなかった。
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