シーン3 [アオシマ]大まかに二つの道があるとわたしは思います

 デニーズに着くと、店の奥の席に座る我那覇さんが見えた。姿をくらましていなかったことにひとまず安堵する。少なくとも彼は話し合うつもりはあるのだ。


 店員に待ち合わせであることを告げ、真っ直ぐにテーブルへと向かう。

 席に着くと、先ほどの電話の内容について話し合いを始めた。しばらく言葉を交わし、我那覇さんが冗談を言っているのではなく、本気であることがわかると、肩を落として落胆せざるを得なかった。


「……最初からぼくを騙していたんですね」


 ぼくは感情を隠しきれずつい、こぼしてしまった。


「どの時点を最初と言うかは難しいですが、新人賞を受賞した短編小説を書いている時点でこの計画を立てていました。この計画を実行すると作家生命を失うのはわかっていましたが、わたしには別の仕事があるので困りません」


 本当にふざけている。

 この人には良心というものがないのだろうか。


「……ぼくが協力しないと言ったらどうする気ですか……」

「その可能性は高いと思っています。なので先ほどの電話でも最初に『このことを知るのはわたしたちだけ』と伝えました。これから進むかやめるかはアオシマくんにお任せします」

「進む? どういうことですか?」


 我那覇さんの意外な言葉にぼくは眉を寄せた。

 

「アオシマくん、大まかに二つの道があるとわたしは思います」


 我那覇さんは一本ずつ指を立てながら説明する。


「一つは先んじて盗作だったと発表し、謝罪を行う道。もう一つは大ごとになる前に先生を探し出して、なんとか共同著者になってもらう道。共作ということですね。その際、この本のプロジェクトからわたしを排除する条件が出たら、わたしはそれを受け入れるつもりです」


 後者は考えるまでもなく、却下。前者は……これをしなければならないのはわかっているが受け入れ難い選択肢だ。これからやらなければならないことの膨大さにめまいがしてくる。しかもやりおえたところで苦しみしかないプロジェクトになるのだ。

 テーブルに目を落とし、考え込んでしまう。現実的な対処に覚悟が定まらなかった。


「そしてこれは第三の道ですが」

 

 我那覇さんがなおも口を開いた。


「今すぐ決めなくても良いと思っています。アオシマくんはこんな面倒なことに関わらない。続刊の作業もせず、サヨナラする。プロモーションの企画も、すでに止められないモノ以外は不自然にならないように取りやめる。これが一番良いかも知れません。わたしの手紙やここでの会話のことなどを知らんぷりしておいて、先生が訴訟を起こして問題が明るみに出たら、その時初めて盗作を知ったような顔をして、先生と協力してわたしを訴えればよいと思います」


 その選択肢を聞いて、ぼくの中の苦しみが少し和らいだ。目を閉じ、指を折りながらリスクを考え、その対処法を探る。


 ふと思い立ち、ぼくは我那覇さんに「この会話、録音してませんよね?」と問いただした。

 この知らんぷり作戦が使えなくなることを危惧したのだ。

 我那覇さんは録音はしていないと言い、スマホを預けることも厭わなかった。


 うん。大丈夫だ。

 今日は知らんぷり作戦で行こう。今日一日考えて結論を出す。今すぐ急いで対処をして、ミスをすることの方がリスクが高い……。


 少しだけ落ち着いたぼくは、話題を変えることにした。


「……どうしてこの場所なんですか? ここは我那覇さんの最寄り駅でもないですよね。」

「特に意味はありません。自由が丘のデニーズには先生とよく来たのです。この席に座っていろんな話を聞かせてもらいました」


 その言葉にぼくは歯を食い縛った。

 どこまでふざけた人なんだろう。


「付き合ってられない……帰ります」


 ぼくは席を立とうとした。


「ゆっくり考えてください。どう決めたとしても、わたしはアオシマくんを恨みません」


 ぼくは席を立った。

 微笑みながら言う我那覇さんに対して、感情を抑えきれる自信がなかった。


 店を出ると、午後からの仕事に向かわなければならなかった。大手書店での売り場チェックなどの仕事があるのだ。本来は作家の我那覇さんと共に向かうはずだったが、作家は急な体調不良ということで誤魔化すことにした。


 考えなければならないことはたくさんある。とにかく、落ち着いて考えられる時間が欲しい。

 ひとまず目の前のことを対処しよう。心の奥で不安がくすぶり続けていることを自覚しながら、ぼくは仕事へと向かった。

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