タイムマシン談議

萩谷章

タイムマシン談議

 とある大都市の郊外、人通りが多すぎない道に、一軒のコンビニがある。その夜も、夜勤に入っている二人の若いアルバイトがあれこれと話していた。男の方が女を「先輩」と呼び、女の方は男を「君」と呼んでいた。今日のテーマは、タイムマシン。


「俺はね、タイムマシンは実現不可能だと思いますよ」

「そう?私は実現可能だと思う。遅かれ早かれ、完成するんじゃないかしら」

「タイムマシンって、時間をさかのぼる機械なわけでしょう。その『時間』ってのが、かなりのくせ者だと思うんです」

「というと?」

「時間というのは、つまるところ人間による発明なんです。生活を豊かにするために、機械的に区切る何かを作った成果が、時間なんです」

 女が、顔をしかめた。

「どういうこと。よく分からないわ」

「うーん、要するにですね、『時間』は目の前に存在しているものじゃないんです。人間がそういう概念を作り上げたという、便宜的なものなんです」

「極端な言い方をすれば、この世に時間は存在しないってことね」

「まあ……。そういうことになりますね。そういうわけで、時間というのは、科学的というより哲学的な問題になってくるわけです」

「何となく、君の言いたいことは分かったわ。でも、目の前に存在していないからといって、タイムマシンの不可能性に直結させてしまうのは短絡的じゃない?」

「先輩による反論の時間ですね」

 男がからかうような口調でそう言った。

「そんな大仰なものじゃないわ」

「俺の、時間に関する話は理にかなっていると思いますがね」

「うん。私も、なるほどと思ったわ。でも、今の世の中って目に見えないものに支えられている面が大きいんじゃないかしら」

「ほう」

「分かりやすいところでいえば、電波とか。目には見えないけど、色んなものに使われているわ。遠隔操作とか、無線とか。他には……音もそうね。もっとも、水の中だとはっきり『振動』だって分かるけど」

「まあ、確かに。しかし、それはそれでしょう。時間というのは、もっと実態のつかみにくいものです。先輩の言いたいことは分かりますが……」

 男はややたじろいだが、すぐに反論の構えに入った。

「先輩が今のお話のなかで挙げたのは、どれも科学的な解明がされています。電波は電気エネルギーだし、音というのは、結局のところ『振動』です。時間の何たるかを証明できますか」

「そういうところが短絡的なのよ。そんなだから、女の子に振り向いてもらえないのよ。女の子は、もっと奥ゆかしさのある人が好きよ」

 思わぬ角度から女の攻撃を受け、男は頬を赤くした。

「そ、そんなの今は関係ないでしょう。そりゃ、俺だってもっと落ち着いた言動ができたらなと思うことはありますが……」

「あら、自覚はあるのね」

「そういう先輩だって、嫌味っぽい言い方をやめるべきです。それじゃ鬱陶しがられますよ」

「よそじゃもっと気をつけて話してるわよ。君が相手だと、面白くてこんな言い方をしちゃうのね」

「俺を何だと思ってるんですか。話をもとに戻しますよ。タイムマシンは実現不可能です」

「まだ言ってたの」

 女は面倒くさそうな口調ながら、その表情は穏やかだった。

「まだ決着がついていませんからね」

「うーん、そうね。時間の何たるかが明確でないっていう話だったっけ」

「そうです」

「さっきの電波の話をもう一度持ってくると、例えば江戸時代くらいの人に遠隔操作できるもの、ラジコンとかね。そういうのを見せたら、相当に驚くんじゃないかしら。だって、その当時の人からすれば、まだ存在しない技術なわけだし」

「将来的に時間の何たるかが証明される可能性、ということですか」

「そういうこと。今現在、謎といわれているものでも、将来的に合理的な説明がなされる可能性は否定できないわ」

「しかし、それは希望的観測でしょう。確かにその可能性はあるでしょうが、時間となると、やはり人間が便宜的に生み出した、実態のないものとしか考えられません」

 それに対し、女はにっこりと笑った。

「君の言いたいことはよく分かってる。確かに、言われてみれば『時間』について考えてみればみるほど、科学的なものでないような気がしてくるわ。でもやっぱり、私は将来の科学の発展に期待してみたいなあ」

「それは俺も同じです。タイムマシンができたら、どんなに面白いか。あ、でも俺は、タイムスリップそのものが存在する可能性は否定しません」

 男はそれまで不機嫌そうだったが、表情が少し明るくなった。

「あら、主張を反転させるの」

「そういうわけじゃありません。人工的にタイムマシンを作るのは難しいと思いますよ。『時間』が科学で説明のつく何かじゃないと思いますから」

「じゃあ、どういうこと」

「人工的に難しいなら、人知を超えた何かなら可能だろうということです。まあ、超能力とかですかね」

「これまで散々、科学がどうのって言ってたのに」

「科学は最も合理的だと思います。でも、『タイムスリップ』という超能力をもし得られたら……」

「科学で説明がつかないものに丸投げしたわね」

「だって、タイムマシンもとい時間は、科学の範囲ではないと思いますから。それを飛び越えて、どんな学問分野でもカバーしきれない『超能力』なら、タイムスリップも可能だろうと考えたんです。もっとも、一種の冗談と受け取ってもらって構いません」

 これに対し、今度は女の方がやや不機嫌そうな表情になった。

「何だか、主張に一貫性がない感じがして好ましくないわね」

「そんなことはありません。要するに、タイムスリップを人工的に行うことはできずとも、変な話、超能力が発現すればできるだろうということです。それで言ったら、先輩の方だって、俺の主張を否定するばかりで、自分の主張がないように聞こえますよ」

「私は私なりに考えてるわよ。君の強情な感じとか、主張が二転三転する感じの方が、よっぽどよろしくないわ」

 こう言われて、男の方も口調に力が入る。

「先輩の方は、希望的観測が多すぎて論理性に欠けます」

「大体、君が始めた話なんだから、私は準備をしないまま話についていったことになるのよ。それだけで褒められるべきね」

「それならそれで、否定的で嫌味っぽいあの物言いは何ですか」

「あら、失敬ね。私は君の意見も尊重しながら話したわ。被害者意識も甚だしいわね」

「被害者意識ですって。正当な議論を行うにあたって先輩は……」

 二人のやりとりは、もはやタイムマシンから離れ、お互いの人格の問題点を論ずるに至っていた。それは「口論」と呼ぶべきものにまで発展し、客がいない深夜のコンビニは、二人の激しい言い合いのみがひたすらに響いた。

 五分ほど二人が言い合っていると、夜の闇でほとんど何も見えないコンビニの窓の外が、突然昼のように明るくなった。

「うわ」

「何よこれ」

 暗さに慣れていた二人は、その明るさに思わず手で顔を覆った。最初に手を離したのは、男の方だった。

「あ、先輩。見てください。何か下りてきます」

 女も顔から手を離し、男が指さす先を見た。

「何かしら。怖いわ」

 女は男の腕をつかみ、目を細めながら、窓の外で強い明かりを発している「何か」を見つめた。やがて「何か」は着陸し、発光をやめた。ようやく輪郭のはっきりした「何か」は、大きな金属の塊のようであった。

「何でしょう。あんなの、見たことがありません」

「私もよ。丸いってことしか分からないわ」

 着陸した丸い金属の塊からは、しばらく何も起こらなかった。女が、ずっとつかんでいた男の腕を離そうとしたとき、塊から一つの人影が出てきた。扉のようなものが開くわけでもなく、幽霊が壁をするりと通るように、塊の内部から直接すり抜けてきたような形であった。

 人影はコンビニに入ってきて、店内の照明にあたると、それが少女であることが確認できた。二人の前にやってきて、口を開いた。

「お父さん、お母さん。喧嘩しちゃ困るよ。あたしが生まれてこなくなるじゃないの。くだらないことで言い争わないでちょうだい」

 それだけ言うと、少女は塊に戻っていった。塊は再び発光して少しずつ上昇していき、やがて上空で姿が見えなくなった。

 男はあまりの出来事に茫然自失としていたが、女はにっこりと笑って男に声をかけた。

「私の勝ちね」

 男は、その意味をすぐには理解できなかった。

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タイムマシン談議 萩谷章 @hagiyaakira

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