第20話 飲食店にて
食事を食べてもやはり味がしない。
やはり……キクの作った料理が特別だったのだろうか、そんな事を思いながら三人で食事を取るが、本当にこれでいいのだろうか。
「ん?兄貴どうしたの?」
「……いや、何でもない」
(リーゼちゃん?)
何だか嫌な予感がする。
私達がこうしている間にも何か恐ろしい事が起きてしまっているような……、勿論考え過ぎなら良いのだが、こういうふとした時に感じる嫌な予感というのは良く当たるものだ。
……だが、今はそれよりも目の前の事に集中するべきだろう。
「そう?ならいいけど、それにしてもこれっ凄い美味しい!あぁ、これなら一人で来てる時も食べに来れば良かったなぁ」
(でも、そのおかげで皆で食べれよね?私嬉しいよ?)
「セツ姉……、うんそうだね!兄貴もこれ美味しいよね?」
「……そうだな」
目の前に並んでいる様々な種類の食事を口に運んでも、砂を噛んでるような感覚や弾力のある物体を口に入れてるようにしか感じない。
入店して注文をした後に、店員から出されたサービスの果実水という物もそうだ。
匂いのある水にしか思えない以上、どんな反応を返せばいいのか分からないから、どっちともとれる無難な回答しか選ぶことが出来ない。
「それにしても結構な量を注文したな?」
「だって、朝ご飯とか私とセツ姉は食べれなかったから、私達の家に帰る前に沢山食い溜めしとかないと!」
「……天族の私達に食い溜めは出来ないと思うが?」
「気、気持ちの問題よ気持ちの!ほら、いくら食べても体格が変わらないなら気持ちだけでも沢山食べたいでしょ!?」
天族は産まれた時は、この世界に暮らす人間達とは姿が変わらないが。
肉体が成人するまでの間のみ、身体の変化が起き……成人後は成長と老化が止まる特徴がある。
これは……私達を創造した神が、最も美しい状態で留めておきたいという考えからそうなった。
「そうか……、そういうものか」
「そういうものだよ!セツ姉もそう思うよね?」
(……んー、私は一杯食べるミコトちゃんが大好きだから、それでいいよ?)
「……こ、これじゃあ私が食いしん坊みたいじゃない!兄貴も頼んだんだから食べるの手伝ってよ!」
「……そうだな」
食べるのを手伝うのは構わないが、味の分からない食事を口に運ぶのは正直言って不快だ。
だがここで顔に出して、私の味覚に異常が起きている事を二人が知った時の事を考えると、そのまま食べた方がいいだろう。
「……ん、頼み過ぎたかも」
(店員さんに言って謝る?)
「でも、そんな事をしたら調理してくれた人と食材を育ててくれた人達に失礼だし……」
「そう思うなら最初から、食べれる量だけを頼めば良かっただろ?」
「……うん」
とはいえいくら食べても量が減っているようには見えない。
さすがにこれに関しては、大量に頼もうとしているミコトを止めなかった私の責任もあるだろう。
現に、こちらの事を遠くから一人の店員が心配そうに様子を伺っているのが見える以上、残してしまったら注意をされるのは間違いない筈だ。
そう思いながら料理を口に運んでいると、ゆっくりとした足取りで店員が近づいて来た。
そして──
「あの……話しを聞いてしまったのですが、それでしたら残った料理の方をこちらで別の容器に詰め直させて頂きますので、お持ち帰り致しますか?」
「え?出来るの!?」
「えぇ、たまに他所の国から来た冒険者の方達が、同じように残してしまう事があるので、残しそうだなぁっていうお客様の話を聞いて提案するようにしてるんです」
「……つまり、私達が最初から残すと思っていたという事だな?」
「どう見ても三人では食べきれないような量を頼んでましたので……、不快な思いをさせてしまったのでしたら申し訳ございません」
むしろこちら側からしたら不快に思うよりも、彼女が勇気を出して話しかけて提案をしてくれた事に関して感謝するべきだ。
「いやいい、むしろその気遣いのおかげで食事を無駄にしないで済みそうだ」
「うん、店員さんお気遣いありがとうございます!」
(食材を無駄にしなくて良かったね?)
「では手間を掛けさせて悪いが、容器に移して貰って大丈夫か?」
「はい、ですが……その場合、追加料金が掛かってしまうのですが……」
追加料金が掛かるのはしょうがない。
サービスでそのような事をして貰うよりも、こちらとしてもお金を払ってやってもらう方が幾何かは気を遣わないで済む。
「構わない、食事を残して迷惑を掛けているのはこちら側だからな、必要な金額を払おう」
「ありがとうございます……、でしたらここでお代の方を頂きますので先にお店の外に出てお待ちください」
「あぁ、よろしく頼む……、ミコト、セツナ、他の客の迷惑になる前に金を払って出るぞ」
「え、あ、うんっ!これご飯のお金です!もしかしたらちょっと多いかもだけど、受け取ってください!」
「え?ちょっ!お客様!お金が多すぎるのはちょっと、困りま──」
……私達は椅子から立ち上がると後の事を店員に任せて店を出る。
そして別の容器に移した料理を店員が持って来てくれたのを受け取り『多い分はチップとして受け取っておけ、貴様の気遣いの礼だ』という言葉を伝えると帰路へと着くのだった。
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