第19話 宿でのひととき
あの後食事を終えた私達は宿にある温泉に入り、部屋に戻るまでの間に仲居によって用意された寝具に横たわる。
そして眠るまでの間、明日は洞窟に戻ったら報告する事を話し合い。
ミコトとセツナが眠りについたのを確認してから、眼を閉じて意識が落ちるのを待つ事にした。
「──兄貴、ねぇちょっと兄貴!何時まで寝るつもりなの!?」
「ん?あ、あぁ……」
ミコトに身体が激しく揺さぶられる。
そのおかげで眠りから覚めるが、出来ればもう少し優しく起こして貰いたい。
寝起きに騒がしくされて機嫌が良い者はいないだろう。
「もうやっと起きた、もうすぐお昼なんだけど?」
(リーゼちゃんは昔から朝に弱いから、しょうがないと思うよ?)
「もう、セツ姉っ!そんな甘やかし方をしたら兄貴がダメになっちゃう!」
「……ミコト、貴様は私を何だと思ってるんだ」
セツナが身内に対して甘いのは今に始まった事では無い。
だが、それよりも甘やかされただけで私がダメになるというのはどういう事だろうか。
ミコトからしたら私はそのような兄に見えているのかもしれないと思うと、いささか心外だ。
「……なんだって、私の兄貴でしょ?何言ってるの?」
「…·そうだな」
何を言ってるのかと言わんばかりに、きょとんとした顔でミコトが言葉にする。
その姿を見て思ったが、こいつとはしっかりと話し合うべきではないだろうか、私からしたら手のかかる妹ではあるのだが……
「ってそんな事話してないで、早く私達の洞窟に帰ろうよ、セス姉達が待ってるよ?」
(うん、冒険者ギルドの昇格試験の話とかしないとだよ?)
確かに直ぐに洞窟に戻って、冒険者ギルドでの出来事を三人に話した方がいいだろう。
そう思い立ち上がると、部屋に備え付けられた宿の職員を呼ぶ為の鈴のようなものを手に取ろうとする。
「キクさんなら冒険者の仕事で、朝早くから出て行っちゃったよ?」
「……何?」
「宿のお金の方も今回は払っておくから、起きたら出て行くようにって伝言を貰ったかな」
「……どうして起こさなかったんだ?」
(ミコトちゃんは起こそうとしてたよ?でも、リーゼちゃんが余りにも気持ちよさそうに寝ていたから起こしちゃ悪い気がして……)
確かに久しぶりの寝具は寝心地が良かったが、そこまで気持ちよさそうに寝ていたのだろうか。
だがそれと起こさなかったのは別だ、恩を受けた以上は礼を言うべきだろう。
「キクに挨拶をしてから宿を出た方がいいと思ったのだがな……」
……今回はたまたま、私は寝過ごしてしまっただけだが、今度また出会う事があったらしっかりと礼を言った方がいいだろう。
「お礼なら後でも言えるでしょ?ほら、兄貴帰るよ!」
「……そうだな」
部屋を出た私達は、宿の受付へと向かうとそれぞれ礼を言って外に出る。
そして街中を歩いていると、ミコトが恥ずかしそうに腹部を押さえて……
「……ねぇ、戻る前に何かご飯食べていかない?」
「いや……セスカ達を待たせている以上、早く戻った方がいいだろう」
(……でも、私達リーゼちゃんが起きるのをずっと待ってたんだよ?、ご飯を食べてもいいと思うな)
「ほんとだよ、キクさんが出かける前に部屋に来て、朝食を作ってだそうか?って聞いて来たのを断ったからお腹空いてるの!」
……それは申し訳ない事をした。
キクの料理はこの時代で唯一味が分かるものだからこそ、朝食として出るのなら食べておきたかったのだが、これに関しては私が起きなかったのが悪い。
「……分かった、それなら適当な店に入って食事をするか」
「やった!さすが兄貴、妹に甘いところとか良いと思うよ!」
「……やはり帰るか?」
「い、いやいや、うそうそ!妹じゃなくて私達に優しいところが凄い素敵だよ!」
(ありがとう、リーゼちゃん)
セツナからの礼は素直に受ける事が出来るのだが、ミコトのは何故だかわざとらしく感じてしまう。
どうせ素直に言うのが恥ずかしいからという理由だとは思うが、そこまで難しく考える必要等無いだろうに……
「で?適当な店とは言ったが、何処か行きたいところはあるのか?」
「ん?えぇっと……、それなら皆が目を覚ます前に行ってみたいなって思ったところがあるんだけど、そこでもいい?」
(うん、私はそれでいいよ?リーゼちゃんもそこでいいよね?)
「そういう事なら六人で行った方がいいとは思うが……、先に下見ついでに行くのもいいだろう」
「ありがとう!兄貴、セツ姉!じゃあ案内するから着いて来て!」
ミコトが笑顔で走り出すのを見て、何だかおかしな気持ちになる。
私達が生きていた時代では、こうやって笑う事が出来なかったからそう感じるのかもしれないが。
妹が楽しそうにしている姿は何というか……悪くない。
これも今の時代が昔と比べて遥かに平和だからなのだろう、そう思うと少しばかり昔と今の感覚の違いに思うところはあるが、これも暮らしている慣れて日常になるのかもしれない。
そんな事を考えながら、私はセツナと共にミコトの後を追うのだった。
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