第14話 幼馴染の縁は何者にも切れない

 マンションに着き、エントランスを潜ろうとしたところで香奈の姿が目に入った。

 

「……アキ」

 

「何やってるんだ? こんなところで」

 

 香奈には合鍵を渡している。

 部屋で待っていてもいいのに、なぜかエントランスで壁に背を預けていた。

 

「携帯繋がらなかったから」

 

 スマホを取り出してスリープモードを解除しようと電源ボタンを押したが、真っ暗なまま変わらない。

 今日一日中メール確認したり電話をしたけど充電はしていなかった。

 真里絵先輩と喋っていた時に、切れてしまったのだろう。


「ごめん。充電切れてた」

 

 香奈は俺の言葉に知っていた、というように頷いた。

 

「今日、代返しておいたから」

 

「え? あぁ、ありがとう」

 

「うん」

 

 要件は終わったのだろう。

 休んだ理由などを聞くわけでもなく、香奈は自動ドアに向かっていく。

 

「寄ってかないのか?」

 

 足を止めた香奈は俺の顔を見てから、考えるように上を向いた後、

 

「……今日は、いい。帰るね」

 

 再度足を動かして外に出て行った。

 

「何年もの付き合いだけど、香奈が何考えてるのか、未だにわからないな……」

 

 俺の頭の包帯をじっと見ていたが、踏み込もうとはしてこなかったし。

 何を考えているかはわからない。けど、全部知られていて、それを受け入れてもらえているような安心感がある。

 

 エレベーターに入って自分の部屋の階のボタンを押して部屋に戻った。

 出血のせいか頭がぼうっとして、布団に入ったらすぐに眠りについた。



 夜が明けて、午前8時半。

 一日休んだけど、大学に復帰する覚悟を固めた俺は包帯を取ってからマンションを出て、一人、カフェテリアでコーヒーを飲んでいる。

 

「アキ」

 

「香奈か、昨日振りだな」

 

 香奈の肩に大きなカバンが提げられていて、手にスポーツドリンクを持っているところを見ると、陸上の朝練が終わった所だろう。


「頭無事?」


「あぁ、もう大丈夫だよ」


「そっか……」


 やはり何も踏み込んで来ず、スポドリを飲みだす。

 

「今日はアルバイト行く?」

 

「うん、行くよ」

 

 バイトは一週間も休んでしまったため、今日の放課後から予定を組んでいる。

 

「……そっか」

 

 素っ気なく答えた香奈は一声入れることも無く、俺の前の席に座る。

 なんで一週間も休んだの? などと聞かれると思ったけど、何も聞いてこない。

 恐らく、特別な話があるわけではないのだろう。ちゅーちゅーとスポーツドリンクを凹ませながら飲んでいる。

 

「香奈こそ陸上はどうなんだ? 大変か?」

 

「普通」

 

「そっか……」

 

 今度は俺が素っ気なく答えてコーヒーを啜る。

 

「紗季ちゃんなら大学で見てないよ」

 

 コーヒー吹いた。

 

「別に聞いてないよ!」

 

 心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。

 嘘だ。聞こうと思っていた。

 

「知りたそうに見えたから言っただけ」

 

「……そっか」

 

「うん」

 

 長い付き合いの香奈には全てお見通しなのだろう。昔から隠し事は出来た試しがない。

 

「もうそろそろ時間だ。じゃあな」

 

 スピーカーから時間を知らせる音色が聞こえ、俺はカフェテリアを出て教室に向かった。

 もう話すことはないと言うように香奈の前から立ち去る。

 背中でこれ以上話しかけるな。と語る男としてクールに立ち去った。


 ※ ※ ※


「……なんで隣にいるんだ?」

 

「必修は同じクラスだから」

 

「……でしたね」

 

 カフェテリアで颯爽と立ち去ったのに……正直、香奈の顔が見れない。

 顔が真っ赤になるくらい恥ずかしい。

 回ってきた名簿に学籍番号と名前を書きながら乱された精神を必死で整える。

 

 基本的に香奈とは学内で一緒に居ることが多い。

 もちろん彼女は部活があるため、放課後に会うことはバイトくらいしかないけど。

 学内では履修科目がほとんど同じ為、一緒に行動している。

 

 幼稚園からの付き合いで、一緒に居て気まずいみたいなことは無いが、それでも年頃の男女としてこれは健全なのか否か。

 

「じー……」

 

 そんなことを考えながら、出席簿を隣の人に渡そうとしたところで、隣人にずっと見られていたことを知る。というか「ジー」って口に出してる。

 

「なにか言いたげだね、シロヤギくん。出席簿を食べるのは止めておいたほうが良いと思うよ。お腹壊すから」

 

「……いつから秋良は僕達【純潔連合】を裏切っていたんだ?」

 

「前にヤナも言ってたけど、なにそれ? 流行ってるの?」

 

 というより、周りの視線が痛いからそういうことを堂々と口にしないで欲しい。

 羞恥心が無いのか?

 

「安心して、青柳君。アキとはまだそういう事してないし。他の人ともしてない」

 

「お前は何を言っているんだ!? あと何を知ってるんだ!?」

 

「女子の情報網?」

 

 自分で言っておきながら首を傾げる香奈。

 まったく説得力が無い……にも関わらず信憑性が高そうだな。

 だとしても答えるなよ。

 

「よかったぁ。危うく大学でキツネ狩りを始めるところだったよ……でも、抜け駆けは禁止だよ?」

 

「……意味が分からない」

 

 どういうことかな? もし、そういう事をする時は連絡を入れろってことかな?

 

 でも、抜け駆け禁止ってことはシロヤギ達は連絡を受けた後ふうぞ――以下、500ページに渡る不毛な思考のため割愛。

 

「そういえば香奈、もうそろそろ陸上の大会だよな?」

 

「来週の日曜日」

 

 案外近かった。応援に行きたいけど、バイトの休日取れるかな?

 いや多分弥生さんに香奈の大会の応援に行きたいって言ったら、「私も行くぅ!」って言って店を閉めて一緒に来るだろうな。

 

「僕応援に行くよ。秋良は?」

 

「バイト次第かな。一応弥生さんに頼んでみる」

 

 雑談もそこそこに、講義が始まり俺達は授業に集中した。


 ※ ※ ※


 全ての講義が終わって放課後になった。

 バイト先に向かうため、校門を出ようとしたところで真里絵先輩と遭遇した。


「あっ、えっ、おはようございます!」

 

「ふふっ、こんにちは」

 

 またミスってしまった。

 なんだろう、いつも何かしら間違えている気がする。そういう病気なのかな?

 

「図書館ですか?」

 

「うん。アキくんはお仕事?」

 

「はい、みっちりばっちりシゴかれてきますとも。一週間も休んじゃったんで」

 

「一週間……」

 

「……あっ」

 

 会話すらミスってしまった。どうしよう。これがゲームなら選択肢が出るのか?

 よし、俺も出してみよう。


 → 謝る。


 → トゥギャザーしようぜ。


 → むしろ口説く(勇気6以上)

 

 最初以外まともな選択肢がない。

 なんだよトゥギャザーって、下二つ同じ意味だろ。

 という勇気ってなんだ。俺のステータスが知りたい、切実に。

 

「……すいません大丈夫です。元々俺のせいですし、先輩が気にすることないですよ」

 

「ア、アキくん……?」

 

 いかん。どうしようもない……逃げよう。

 

「あ、じゃあバイトの時間なんで失礼しますっ!」

 

 俺は腕に視線を落として走り出した。

 

「あっ……頑張ってね! アキくん」

 

 真里絵先輩に手を振って階段を下って行った。


「……アキくん、腕時計付けてないじゃない」

 

 よっぽど気まずかったんだ、ということを真里絵先輩は理解して肩を落とした。



 

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