第13話 口にしなくても伝わる言葉2


 医務室の先生にお礼を言ってから大学の外に出た俺と真里絵先輩、入江ちゃんは校門のところまで行く。

 途中で問題なく歩けることを確認したため、名残惜しくも迷惑をかけるわけにいかず先輩の肩に回した腕を外した。

 とても気まずかった。


「ではわたしは電車なので、これで」


「うん、今日は色々ありがとうね、入江ちゃん」


「いえいえ」


 駅に着く頃にはその気まずさも無くなっていて、改札を潜っていく入江ちゃんを先輩と見送った。


「先輩は駅から家近かったですよね? 送ります」

 

「怪我人に送られるのは一応成人迎えた身として、ちょっと、ね?」

 

「夜の一人歩きは危険ですよ」


 俺が居たところで何の心得もないため、見せかけだけだけど。


「……じゃあ、お願いしてもいいかな?」

 

「はい」


 駅から離れ、俺たちは先輩の家に向かって歩く。

 俺は先輩の家の場所を知っている。

 なぜ知ってるか、それはストーキングです。

 嘘です。そんな勇気はない。


 去年の初秋の終わりに先輩が風邪を外で貰ったことがあり、運悪くご両親が長期旅行に行っていたようで、無理を言って家に救援物資を持って行ったからだ。


 道中の会話は特筆すべき点は何もなく、若干気まずい空気が流れる。

 当然と言えば当然だ。

 先ほどの話の続きが気になって仕方ないからだ。

 話す言葉もどこか的外れで、「明日も晴れますかね?」などと言ったものだ。


 先輩の家がもう目と鼻の先、と言ったところで、先輩は足を止めた。


「……アキくんは」


 先輩は俺の顔をしっかりと見つめる。


「はい?」


 雑談の終わりを理解した俺も足を止めた。


「紗季ちゃんのことを今でも引きずっているって言っていたけど、本当なの?」

 

「……何もないと言うには、まだ時間が短すぎるかもしれません」


 それほど、俺にとっての紗季は大きな存在で、大好きだった人で……なにより、


「怖いんです」


 駅で貰った紙を捨てるように香奈に渡したのも、怒りが半分。そして、受け取ってしまったら連絡をしなければならないという恐怖が半分。

 結局のところ、俺はあの夏の謝罪と別れの真実を知るのが怖いのだ。


「怖い?」

 

「仕事だから仕方がない。でも俺に引き留める勇気が無かっただけだって、そう思っていないと、立ち直る術が無くなってしまうんです」

 

「……そっか。そうなんだ」


 真里絵先輩は納得してくれたのか、それ以上何も言わなかった。


「ここまででいいよ」

 

「え? いや、でも」

 

「もう着いたから」


 そう言われて少し先を見ると確かに先輩の家が見えた。


「またね」


 遠ざかっていく先輩の背中を見送る。

 スッと筋の通った、綺麗な歩き方。

 規則正しく揺れる、細くさらさらとした髪。

 それがふいに、ふわっと横に靡いた。


「ありがとうアキくん。送ってくれて。おやすみなさい」


 振り返った真里絵先輩の顔は柔らかくて、とても優しい微笑みだった。

 別れるのが名残惜しく感じる。


「は、はいっ」


 それだけ言って先輩は家の中に消えていく。

 不意打ちでつい声が上擦ってしまった。

 耳まで響く胸の鼓動は、苦しい。なのになぜか心地よく感じられる。


 真里絵先輩の姿が完全に見えなくなって、俺は踵を返して家に向かった。

 人と別れたばかりで少しだけ寂しい気持ちを感じて一歩踏み出した時、

 

「アキくん!」

 

 後ろから真里絵先輩の声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、家の二階の窓から顔を出して手を振っていた。

 俺も釣られるように照れ笑いをしながら手を振りかえす。


「また! 連絡していいかな!?」


 携帯を持って、俺に見えるように振っていた。


「もちろんです! 俺も送ります!」


 距離が離れているから、俺も頑張って声を出す。

 ポケットから携帯を取り出して、真里絵先輩に見えるように振った。

 

「6月になったら! 研修が落ち着くから! その時には! また一緒に出かけてくれる!?」


 普段声を張り上げることがないからか、途切れ途切れ必死に声を出している真里絵先輩が可愛くて、俺は振っていた手をもっと大きく動かした。


「いつでも! 待ってます!!」

 

「ありがとう!」

 

 夜に近所迷惑じゃないかなってくらい大きな声で返事をして、嬉しそうな真里絵先輩も手を大きく振ってくれた。


 可憐で、優しくて、清純で、安心感があって。

 ただただ美しい真里絵先輩は嬉しそうに笑っていた。


 新しい何かが始まる気がした。



 そんな気がした。


 

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