第11話 軽蔑されても話がしたいっ!
「胃が痛い……」
「頑張ってください、木戸先輩」
入江ちゃんとカフェから移動して本郷キャンパスの校門前で立っていた。
緊張して胃が限界の俺は逃げ出そうとするが、袖を掴まれ、漢方系の胃薬と水を渡される。
「苦い……スーッとする……」
「よく効くお薬はそんなものです」
俺とは違い平然としている入江ちゃんの横顔は、もはや入江さんだ。
決してちゃん呼びなんて出来るものではない。
「入江さん。離れないでよ?」
「え? なんでさん呼びなんですか? 普通にしてください」
「入江ちゃん……」
「離れませんよ。見届けます」
震える俺の手を入江ちゃんは握ってくれる。
近くに居てくれるだけで少し楽になるが、後輩に手を握られて安心する先輩の図はかなり痛いものがある。
「――あ、あの人じゃないですか?」
「っ!?」
そんなことを急に言われたら心臓が握りつぶされそうになる。
「ショートで、優し気で、胸の大きな人……大きな……本当におっきいですね!?」
視線を落として胸と見比べた入江ちゃんは驚愕した後、絶望したようにシュンとした。
「ほら、木戸先輩。行きましょう」
繋いだ手を引っ張ってくれるが、俺は足で踏みとどまる。
真里絵先輩の顔を見た瞬間、俺は胸が苦しくなった。
自分のことばかり考えていた自分が嫌になる。
俺が被害者ぶってどうするんだ。傷つけたのは俺の方じゃないか。
真里絵先輩の暗い顔を見てそれに気が付けた。
「……木戸先輩……?」
散々情けない姿を見せてきたけど、こんなに大事なことまで後輩に頼るなんて、とてもではないが出来ない。
せめて今くらいは先輩として、男として尊厳を保とう。
保てるような尊厳があるのかは謎だけど。
「ありがとう、入江ちゃん。充分力は貰ったから、ここまででいいよ」
「え? あ、はい……頑張ってください。木戸先輩」
一瞬入江ちゃんと繋ぐ手に力を入れて、ゆっくりと離した。
若干入江ちゃんの頬が赤く染まっている気がするが、今はそれよりも大事なことが目の前にある。
「真里絵先輩!!」
俺は下ばかり見つめて、全く俺に気が付かず通り過ぎようとした先輩の前に飛び出す。
「え……アキくん?」
なんでこんなところに居るのか? という驚きを隠せていない真里絵先輩。
周囲は急に大声を上げた俺に懐疑的な視線と、「なんだアイツ、身の程知らずすぎるだろ」という疎ましげな視線を感じる。
ここまで連れてきてくれた子が居る。
俺一人じゃ、絶対にまた塞ぎこんでいた。逃げ出していた。
みっともなく、情けなくても、拒絶されても俺は……
「……なに?」
真里絵先輩は気まずそうに視線を外し、必死に鉄面皮を作ろうとしているが、俺は構わず――公衆の前で地面に頭突きをかました。
「この前のデートで放ったらかしてすみませんでしたっ!!!」
「「「「「ざわっ!」」」」」
周囲の気配が強くなった気がする。
「え、ちょ、ちょっと、アキくん!?」
真里絵先輩が慌てて近寄ってくるが、俺は続ける。
「ずっと怖かった! 紗季に会うのが怖かったんです! だから俺は先輩の優しさに縋ろうとした! 何をやっても先輩なら笑って許してくれると思ったんです!」
でも、そんなのは俺の傲慢で盛大な勘違いだった。
「真里絵先輩なら俺が他の女の子を助けに行っても、仕方ないなぁ、って許してくれると……クズみたいなことを一瞬でも考えてしまったんです!」
ただ、ただ自分の心を吐き出す。
「許してくれとは言いませんっ! でも、このまま会えなくなるのは辛い!! たとえ軽蔑されても、話がしたいんです!!」
「アキくん……」
喉が枯れんばかりに叫ぶ――いや、実際に枯れて上ずっていた。
「だから、俺にチャンスをくださいっ!!」
そして、最後の一言を叫んだ。
「アキくんっ!! 早く頭を上げてっ!」
「すいませんっ! できませんっ! 俺は先輩に見せる顔が無いんです!!」
事実、俺がここに来れたのだって入江ちゃんのおかげだ。
「そうじゃなくてっ! その……血が……」
「謝って! 謝罪を受け入れてもらうまで……えっ?」
言われて気がつく。
頭が温かい。うん、これは多分出血だね。
少し頭を上げてアスファルトを見る。茶色のタイルが真っ赤に染まっていた。
冷静に分析できたのは数秒。
時間が硬直したように静まり返った空間は、しかし、認識した瞬間に遠ざかる。
「はふっ……」
「アキくん!?」「木戸先輩っ!?」
万里江先輩と入江ちゃんの声を耳に、俺史上初の大出血で気を失ってしまった。
クッソダサいよ。ホント……。
鈍くなる思考の中、俺はそう思った。
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