第10話 答えのない行動
紗季と再会した日の夜。
真里絵先輩に謝罪の電話を入れようとしたが、繋がることはなく、メールを送っても連絡が返ってくることは無かった。
紗季の時は、電話なら『この電話番号は使われていません』と言われたし、メールなら『メーラダエモン』さんという人が代わりに返してくれていたが、それすらない。
つまりは通じているということなんだけど……。
『ただいま電話に出ることができません――』
やはり出ない。
大学生活は、秒針の歯車が狂ったかのように次々と流れていき一週間過ぎ去った。
頻繁に図書館に顔を出していた先輩の姿は一度として見かけたことはなかった。
「……あぁ~~~」
そして本日。
大学に行く気力も無く、人生初のサボタージュを行った。朝から生ける屍と化し、脳に靄がかかったような気分だった。
「五月病ってやつかなぁ~」
何もやる気が出ない。
家に籠ってテレビを付けるわけでもなく、かすかに空調の音だけが耳に入る。天井のシミを数えようとしたが、そもそもシミが無い。
有り余った時間は、時に人を殺す。
それを身に染みるほど理解していた。
なら大学に行け、と思うだろう。それが怖いからこうして来るはずのないメールを待ち望んでいるのだ。
『ピコンッ』
スマホからわずかなバイブレーションと共に、間抜けな音が鳴る。
「ん?」
もしかして真里絵先輩か? と思い、視線を向ける。
「……入江ちゃんか」
送り主は入江ちゃんで、『今日は見かけませんでしたが、まだ大学ですか?』という内容だった。
時間を確認すると夕方の16時。
起きてから食事も取らずこんな時間まで床を温めていたのかと思うと、心に来るものがある。
『いや、今日は休んでるよ』
そう簡潔に伝えた。
講義で忙しい中、わざわざ連絡してくれたと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
『風邪ですか? 大丈夫ですか??』
だが、すぐに返信は来て、言葉の後は心配しているような、可愛い猫のスタンプが貼られている。
もうここまで後輩に心配されてしまっては嘘を吐くことは出来ない。
『サボってるだけだよ』
情けなくも本当のことを送り、そのまま横になる。
失望されただろうか?
せっかく良い先輩という立ち位置を手に入れたというのに……。
罪悪感に囚われていること5分。ピコンッという音が鳴り、返信が来る。
少し怖かったが、覚悟を決めてその内容を読む。
『今から出られますか? 神田のMEL Bleuってカフェで待っています』
そんな内容だった。
まだこの時間は講義があるはずだが……。
「……着替えよう」
『わかった』と返信して、部屋着から着替えた俺は財布とスマホだけ持って玄関に向かい、日差しのキツイ屋外に出た。
※ ※ ※
「あ、木戸先輩っ!」
カフェに着くと、入江ちゃんは既に椅子に座っていて、入り口に立っていた俺に手を振ってくれる。
大学からの方が近いため当然と言えば当然か、と納得してその机に向かった。
「講義は良かったの?」
「はい、先輩こそ大丈夫ですか?」
「……あ~うん。まあね」
正直、高校で習う範囲の振り返りをする一年はともかく、二年からはかなり内容が難しい。
付いていけなくなるかもしれないと思ったけど、その危機感よりどうにもならない現状の方が辛かった。
なんであの時俺は真里絵先輩を残したのか、紗季を優先したのか。
そればかりが頭を過ぎて行って、どの道出席したところで頭に内容が入らなかっただろう。
「なにがあったんですか?」
相談に乗りますよ、と椅子に座って向き合った俺に入江ちゃんは心配そうな瞳で見上げてくれる。
後輩にこんなことを話すのに抵抗があったが、俺はあの日にあった出来事をポツリポツリと話していった。
「――なるほど」
話を聞き終わった入江ちゃんは重々しく首を振った。
「俺はどうすればよかったのかな?」
困っているところを無視すればよかったのか? それとも交番に行けばよかったのか?
自分じゃ出ない答えを求めるように、入江ちゃんに問いかけた。
「先輩が元彼女さんを救ったのは人として素晴らしいと思います。そもそもこの問題はどんな行動をしても正解は無いですし、間違いも無いですよ」
だが、意外なことに入江ちゃんはそう言った。
「正解が無い?」
「だって、過去には戻ることはできないんですから、無理やり行動に理由をこじつけて、自分の中で正当化するしかないんです」
そして続ける。
「間違ったと思うのなら、今出来ることすればいいんです。真里絵先輩という人と話したいのなら、今からその人の場所に行きましょう」
入江ちゃんは大人びたことを言ってくれる。
本当に年下か? と疑いたくなるが、それでもその言葉は正しい。
誰の心にも染み渡る言葉だった。
「でも……なんて謝ればいいのか……」
「あーもう! 先輩は無駄に女子力高いですねっ!? ……悪いと思っているのなら、みっともなくても、恥ずかしくても、誠心誠意お詫びすればいいんです。そうすればちゃんと伝わりますよっ」
胸を叩きながら、「わたしが保証しますっ!」と力強く言ってくれる。
俺の女子力が高いのなら、入江ちゃんは漢ゲージMAXだよ。そんな言葉が出そうになったけど、慌てて止めた。
「みっともなく、か……」
「はい、情けなくても、はっきり伝えるべきです」
口にしなきゃわからないこともある。
昔、紗季に振られた時も、何で振られたのかわからず、正面から受け止めることも出来ず、女の子から逃げる事で存在を忘れようとしていた。
でも、出来なかった。
いつも、いつ見ても、やっぱり悲しいと思ってしまったからだ。
なるほど確かに、言われてみれば女々しいな俺は。
「あぁ……伝えてみるよ。誠心誠意」
「では今から、本郷キャンパスで待ちかまえましょう」
「ふぇ……?」
俺なんかより数段度胸のある入江ちゃんは、据わった目でそんなとんでもないことを言った。
え……? 今すぐ? 決定? これって決定なのっ!?
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