第五話 非常にリアルが充実して欲しいと願う友人達

 翌日、予定通りの時間に起きて、余裕をもって大学に向かっていた。


「よう、おはようさん。今日は早いんだな」


「おはよう、ヤナ。そっちも遅刻しないなんて珍しいね」


 校門を潜ったところでちょうど同じ時間だったのか、鞄を肩に掛けるヤナに声をかけられ挨拶を交わす。

 何故か疲れた様子の彼は一度カバンを背負い直して項垂れた。


「……昨日は大変だったぜ。勧誘してたら、ライバルの【エア相撲サークル】の連中と鉢合わせて喧嘩一歩手前でよ」


 殲滅魔法を使う! と憤った先輩をなだめるのに苦労したぜ、とヤナは疲れた顔を浮かべる。


「エア相撲? 何それ、どういうサークルなの?」


「さぁな。詳しくは知らねぇが、先輩から聞いたのは、横綱になった気分で一人相撲をやったり、塩を撒く技術だけ無駄に上げたりするサークルだった気がする」


「塩はエアじゃないんだね……」


 そんなどうでもいいことを話しながら、大学に入っていく。


 朝ではあるが、今もビラ配りなどを行っているサークルがチラホラと居る。

 弱小サークルからすれば、新入生達は宝の山だろうし、当然と言えば当然である。


 たまたま目に入った掲示板には溢れんばかりの紙が貼りつけられていた。


「それで、戦果はあったの?」


「――おはよう、アキラ、ヤナケン。戦果って言葉が聞こえたけど、まさか! 二人もそっちに目覚めたのっ!?」


 ヤナは肩を落として首を振った。


「ないなぁ……」


「ははっ、予想通りだ」


 笑う俺にヤナは口を尖らせて半眼で見てくる。


「酷くね? 悪いサークルじゃないんだぜ?」


「――僕の【サバゲー研究会】の勧誘も失敗したよ」


「俺はサークルに入る気はないから……ちょっと、紙をチラつかせないでくれよ」


 ヤナが胸ポケットから紙を取り出してきたから慌てて手で制す。


 俺の名前が書いてあるため、慌てて取り上げゴミ箱に放り込んだ。


「いやぁ新入生は正直厳しそうだし、割とマジで入ってくれよ」


「断る」


「――僕のサバゲー研究会は?」


「断る」


 俺はヤナの勧誘と、【サバゲー研究会】の誘いも一緒にことわ……ん?

 違和感を覚えて背後を振り返る。


「あれ? シロヤギ?? 居たの??」


「居たよっ!! 結構前から居たよ!! スルーされてるから過去のトラウマがぶり返すところだったよ!!」


 そう叫び、眼鏡を中指でくいっ、と持ち上げながら、「後、青柳あおやぎだよ!」と訂正したのは友人のシロヤギ――本名青柳健勝けんしょう――で、俺と同じ経済学部二年次の友人だった。


 サバイバルゲーム研究会の会長を務めている、重度の……。


「ミリオタか、相変わらず影薄いな……」


「最強のステルス機にはなれるよね」


 そう、いわゆるミリタリーオタクというやつで――なんか、銃とか戦車とかが好きらしい。

 俺はあまりわからないけど、そういうのを好きな人が集まっている部活だ。


「ステルス機って言葉は僕の心に響くモノがあるけど、私生活までステルス機能搭載だと虚しすぎるよ……」


 肩を落とすシロヤギ。


 俺とヤナとシロヤギは入学式で仲良くなって以来、よく一緒に遊びに行ったりする。


「そういえばミリオタ。一昨日、なんでアキラの部屋に集まらなかったんだ?」


 ヤナはシロヤギのことをミリオタと呼んでいる。

 昔、俺の部屋に来た時に、なぜかミリタリーバックいっぱいにガスガンを持ってきていたからだ。


 逆に、シロヤギがヤナのことをヤナケンと呼ぶのは、一年前に【意外な特技暴露大会】にて、ヤナが剣道5段を持っていると言ったことが起因している。


 俺は自慢できるような特技がなく、英検準一級を持っているといったけど、『ケン』の称号は手に入れられなかった。


 まあ、アキケンとかキドケンなんて呼ばれたくないけど。カト○ンみたいで。


「研究会のみんなとご飯に行く予定だったんだ。だけど……みんな横須賀に戦闘機の撮影に行っちゃって、結局一人でジンギスカン食べてきたよ……」


「……ソロヤギ?」


「うるさいな! 後シロヤギはもう許すから、ソロって言うのだけはやめてくれ!!」


 シロヤギは、「というか、男二人で鍋をつついてた奴らに言われたくないよ」眼鏡を持ち上げながら言ってくるが、俺とヤナは華麗にスルーした。


「……はぁ、まあいいや、まだ時間あるし、カフェテリアにでも行かない? 喉乾いた」


「完全に叫び過ぎだね」


「誰のせいだよ!」


 そう叫ぶシロヤギの声は少し上ずっていて、枯れている。


「まあ、俺は別にいいよ」


「おう、オレもいいぜ」


 そんなわけで俺達は男三人でカフェテリアに移動した。




「……なんで気が付かなかったんだ?」


 妙に女子力の高そうなドリンクを飲んでいるヤナが顔を暗くしている。


「……はぁ、ここに来たのは間違いだったね」


 コーヒーを飲んでいた俺も顔を落とす。


「……ごめん、ヤナケン、アキラ。こんなにつがいが多いとは思ってなかった」


 普段から人気のカフェテリアで運よく中心の椅子に座れた俺達は、周囲のカップル率の高さに愕然としていた。


 そこかしこで体をくっつけている恋人たちは、まるでクリスマスのようなテンションの高さだ。


 そんな光景の中心にいる男のみの俺達は、四面楚歌。周囲を飢えた獣に囲まれたウサギの如く、揃ってびくびくとしていた。


「くっそぉ~、世界滅べ」


「今ならテロリストが占拠しても文句はない」


 顔をしかめたヤナと物騒なことを口にするシロヤギは、ストロベリークリームなんたら、という女子力の高い飲み物を喉に流し込んでいる。


 俺は無難にクリームましまし抹茶パウダーチョコクッキーカフェオレだ。


 無難じゃない? いやいや……。


 俺達は何を話すでもなく飲み物を啜っていたが、元気な声が俺に掛けられ、ヤナとシロヤギはざわっとなる。


「あ、木戸先輩! おはようございます!」


 カフェテリアに入って俺に声をかけてきたのは昨日大学に案内した入江ちゃんだった。


「あ、入江ちゃん。おはよう、今日は迷わなかった?」


「はい。昨日マーカーを設置しておいたので大丈夫でした」


 スマホの地図アプリを見せてくれる。


「それはよかった、というか賢いね。俺なんて最初の一週間は迷ったよ」


「私もマーカー設置しなかったらそうなってたかもです」


 えへへっ、と楽し気に入江ちゃんは笑う。

 俺は空いている席を手で指す。


「あ、遠慮せず座ってよ」


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます!」


 そう言って彼女は同じテーブルに座って、甘そうな飲み物をストローで飲む。


「――おいどうなってんだミリオタ……アキラがめちゃくちゃ可愛い子と喋ってるぞ……」


 ソワソワと落ち着かない様子のヤナが、隣に座るシロヤギにそんなことを囁く。


「知らないよ。え? というか本当に可愛い……だれ? 見たことある?」


「ねぇな。新入生じゃねぇか? ……ということは一日で仲良くなったのか!? 本当に人間かコイツ!?」


 手でコップを震わせて、ヤナは目を見開く。


「……ここに、拳銃があれば……僕は絶望で自分の頭を撃ち抜く……」


「自分が死ぬのかよ」

 

 二人の視線が痛い――というより怖い。祟られそうな勢いだ。


 仕方ない。気は進まないけど紹介しよう。


「あ~、ヤナ、シロヤギ。この子は入江ちゃんって言って、昨日迷子になってるところを大学まで案内したんだ」


「入江由美と言います。一年の法学部です。よろしくお願いします! えっと、本名は……?」


 可愛らしく首を傾げてヤナを見る入江ちゃん。


「箭内英宏です。ヤナでいいです。いや、ヤナって呼んでくれ」

「青柳健勝です。シロヤギでいいです。いや、シロヤギって呼んでください」


 願望丸出しの二人は、全く同じテンションで口にする。


「ヤナ先輩と、シロヤギ先輩ですね? よろしくお願いします」


「「よろしくっ!」」


 そして、全く同じ動作でサムズアップした。


「歪み無いな二人とも……」


 一転して顔を明るくさせた二人にジト目を向ける。


「こんな可愛い子と知り合ったのなら一報入れろよ、アキラ。危うく胸に渦巻く憤りに任せてミリオタをサンドバッグにするところだったぜ」


「そうだよ。本当にそうだよ! ていうか、やめて。中学の時のトラウマを思い出すから」


 ヤナの言葉に、シロヤギはうんうん、と首を縦に振る。


「大体よ。アキラって恵まれてるよな? 入江ちゃんもそうだし、陸上部の新島さんといいよ」


「分かる。殺意が芽生えるレベルだよね? まだ休みに入る前、ここで話してた会話教えようか?

 『香奈。アレ、いいのか?』

 『すぐ行く……』って! 主語が無いんだよ! なんだよアレって!!」


 ふざけるな! とシロヤギはテーブルをバンッ! と叩く。


 叩いた手のひらが痛かったようで、「いたっ」と悲鳴を上げてさすり出した。


「熟年夫婦かっ!」


「落ち着け二人とも! いい加減周りの目が痛い!」


 いつの間にか、ヤナとシロヤギの暴走に周囲のカップルたちや、一部のソロプレイヤー達から怨念の篭った視線が殺到していたため、慌てて止めに入る。


「面白いご友人ですねっ!」


「……あぁ、うん。まぁね……」


 俺の制止も聞かず、未だに叫び散らしている二人に肩を落としながらも、「悪い奴らではないよ」と教える。


「あ、そう言えば木戸先輩、チャットやってますか? ID交換しませんか?」


 入江ちゃんが携帯の画面にQRコードを表示させる。


「いいよ。よろしくね」


 俺はそれを読み取り、友達登録を完了させた。


「オレもやってるぜ」「僕もやってるよ」


 いつの間に冷静になったのか、ヤナとシロヤギも携帯を取り出していた。

 その顔には「交換してくださいお願いします」と浮かんでいる。

 女子の連絡先の数でニヤつける人達なんだろう。

 

 気持ちはわかる。


「ははっ……」


 その様子に俺は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

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