第四話 思わず出た言葉

 バイトが終わり、俺は家に帰っていた。

 リビングで椅子に座り、ノートPCと睨めっこしている。


「……やっぱり載ってるはずないか」


 ため息を吐き、パソコンをぱたん、と閉じる。

 調べていたのは小夏サキの大学。

 だが、情報は錯綜していて、噂話以上のものが出てくることは無かった。


 当たり前のことのはずなのに、それすら判断できなかった数時間前の自分に嫌気が差す。

 俺は近くに置いていた携帯を手に取る。


「仕方ないよな……。さて、真里絵先輩に電話でもしようかな」


 現実逃避だ。

 分かっている。

 ――俺は、最低なことをしようとしている。

 真里絵先輩の優しさに縋ろうとしている。

 ……でも、


『もしもし? アキくん?』


 止めることなんて、今の俺には出来ない。


「あ、先輩ですか? こんばんは」


 当時はあれだけ必死になって連絡先を探していたというのに、今は出会うかもしれないことに脅えている。

 そして、あろうことか先輩にその心の隙間を埋めてもらおうとしている。


『お弁当、どうだった?』


「あ、はい。すごく美味しかったです」


 嘘だ。

 味なんて感じなかった。


『そう? ふふっ。よかったぁ~』


 心から安堵したように電話越しに息を吐く真里絵先輩に対して罪悪感を覚える。


『実は、アキくんの好みに合うか心配だったの』


 そして、そんなことを楽しそうに言ってくれる真里絵先輩の言葉に胸がチクリと痛んだ。


 俺のために作ってくれたのかな……?


 そんなことあるわけがないのに、そんな都合のいいことを考えてしまう。

 逃避のために、


「あの、先輩……」


『なに? アキくん」


「俺……実は……」


『ん? どうしたの?』


 優しげに、されど心配そうな声音で先輩は俺の言葉を待ってくれる。

 ゆっくりと、俺のタイミングでいいよと言うように。


 ――俺は、クズになる覚悟を決めた。


「先輩。俺と、付き……」


 ――やめろっ!!

 

 俺の脳に、毎日嫌になるくらい聞く声でそんな制止が入り、言葉を止めた。

 あまり好きではない自分の声が、頭の中に反響する。


『えっと、ごめんね? もう一度言ってくれないかな?』


 真里絵先輩が首を傾げているのが、電話越しだけど分かってしまった。 


「……いえ、今度、つき……月……プラネタリウムでも見に行きませんか? お弁当のお礼です」


 そんな言い訳を考えられるくらいには、俺の頭は冷えていた。


『そんな、いいのに』


 何故だろう。

 その言葉がまったく別の意味に聞こえるのは。


「いえ、万札払ってでも真里絵先輩の手作りを食べたい人もいると思いますし、というか俺の知り合い二人がそうだと思いますし。遠慮しないでください」


 そんな大事なものを、俺はほとんど味わうことなく胃に落としたんだけど。


 俺の言葉に、真里絵先輩は少し笑う。


『じゃあ、今度ね? 研修の予定を確認するから、また次会った時に日取り決めようね』


「はい。お願いします」


 それから、少しの雑談を交えた後、電話を切る。

 しばらく切れた電話を見つめる。


「……俺……何を言おうとしたんだ……?」


 その言葉はテレビを付けていない部屋の中に、静かに反響した。

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