第二話 迷い子は唐突に
貰った弁当箱を大事にカバンへ仕舞った後、マンションへの帰り道を歩く。
真里絵先輩と話をしていたけど、時間にはまだ余裕があるため、バイト前にシャワーを浴びておこうと思ったからだ。
その道中、朝に見た街頭モニターの前を通る。
今はニュースをやっているようだ。
『小夏サキさんは、学業に専念するとのことで、今回のシングル発売後からしばらくの間、活動を制限するとの事務所発表がありました』
学業に専念、か。
大学に通うのか……。
正直、どこの大学か気にならないと言えば嘘になる。
けれどそれを知って、今更俺が会いに行ったところでどうなる? 迷惑極まりない行為だろう。
元カレです。なんて言って話すために学校を調べるなんてストーカーも同然だ。
別れた女の子がまだ自分の事をどこかで好いてくれているかもしれない……よく男はそんな自信を持っているけど、そんなわけがない。
俺と紗季はもう終わったのだ。
赤の他人、というやつになった。
付き合っていた頃はあれだけ近い存在だったのに、別れたら誰よりも遠い存在になる。恋というのはそういうものだ。
そう自分に言い聞かせるように、俺は止めていた足を動かした。
もうすぐ家に付くというところで、スーツを着た女の子を見かける。
女の人。という表現でないのはその顔がまだ、あか抜けてはいなかったためだ。ふらふらとした足取りで、時折、手に持つ紙に目を落として「うむむぅ~?」と可愛らしく唸っている。
無視することは簡単だけど、その手にある紙には見覚えがある。
何を隠そう! ……俺の通っている大学のパンフレットなんだなぁ。
人から貰った恩は人に返せ。
真里絵先輩に弁当を貰った恩を本人にはもちろん、他の人に分け与えるのも良いかもしれない。
……よしっ。
「あの、どうかしましたか?」
ナンパだと思われないように、比較的紳士的な態度と表情を心がけて話しかける。
バイトの賜物だ。
……あまり人のこないアンティークショップだけどね?
「あ、はいっ! あの、坂月大学に行きたいんですけど、場所ってこっちであってますか……?」
女の子は大学とは真逆、つまりは俺の家の方角を指す。
「声かけてよかった。やっぱりのウチの生徒だったんだ。俺も坂月の二年次だよ。ちなみに、大学は逆方向だね」
「あ、先輩でしたか! す、すいません!」
慌てて頭を下げる女の子。
「気にしないで。とにかく、大学は逆の道だよ。街頭モニターがある通りを道なりに進んで……」
俺は女の子の表情を伺う。
胸に花が無い時点で、恐らく入学式にも参加できずに彷徨っていたのだろう。その顔には不安そうな表情が浮かんでいる。
「……案内しようか?」
一年前の、都会に来たばかりの頃の俺もこんな感じだった。
入学式には初めての新宿駅の迷路に阻まれ幼馴染諸共大遅刻。
やっと会場に着いたと思ったらレクリエーションは本校でやると受付の方に言われて更にコンクリート砂漠へ。
あの時は軽く涙が出た。
なんなんだろうね? 新宿駅って。
地図開いても壁をぶち破れって表示が出るもんね。ガイドに従っても迷う迷う。
……これを解決するにはもう取り壊すしかないと思う。
「え!? 良いんですか!? お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
俺の内心での暴走を吹き飛ばすように、女の子は上目遣いでおずおずと尋ねてくる。
よく見ると可愛いなこの子。大学でもミスコンに選ばれるレベルだ。
今更になってそんなことを思った。
それにしても無防備だな……俺が悪い人だったらどうするんだろう。
「う、うん。ここから5分もかからないから、俺の後に付いてきて」
「ありがとうございます!」
もちろん、女の子にそんな目で見られたら紳士として見過ごすことはできない。
決してかわいい子だったから、とかじゃないよ? ホントだよ?
例え怪獣〇1号みたいな子だったとしても……うん、この仮説はやめておこう。
この美少女と比べるなんて失礼過ぎるからな。
背後に付いてきていることを確認して俺は先ほどまでいた大学に戻っていく。
「入学式には参加できなかったんだよね?」
歩く速度を落とし、女の子の隣に並んだ俺は雑談ついでにそう声をかける。
「なんでわかったんですか? あ、えっと……先輩?」
「あ、自己紹介がまだだったね。俺は
決して胸だけ見ていたわけではない。
大きいなとか思ってない……ホントだよ?
「木戸先輩ですね。凄い洞察力ですね。あ、私は
女の子はそこで顔を暗くする。
「駅の迷路は覚悟していましたが、人の多さは予想外です。流されて流されて、気が付いたらここはどこ? 状態で……もう、なんというか……」
だめだ、この子も闇に落ちかけている。
ぶつぶつと迷路の感想を口にしていた。
「うん、入江ちゃん。もう充分わかったよ。だからそのハイライトのない目は怖いから止めてくれ。俺も一年前は同じ経験をしたからね」
「木戸先輩も都外からの入学ですか?」
「そうだよ。それはもう何もない田舎から出てきた。入江ちゃんは?」
川と、田んぼと、花火と、神社と……他は何も思いつかないな……世界的に人気のあるアニメ映画の聖地ってくらいかな。
「私もです。静岡から来たんですけど……人が多くて、人が多くて、人が多くて……」
「分かる!」
何より共感できる。
建物が高い……の次に人の多さに参るのだ。
「あれだよね。周囲にある木が全部人になった感覚だよね」
「それですそれです!」
意外に馬が合う。面白い子だ。
その後も色々……と言うほど話してはいないけど、それなりにお上りさん話に花を咲かせていたら大学に着いた。
「ここが法学部のあるキャンパスだよ。俺も同じキャンパスの経済学部だから、何かわからないことがあったらいつでも聞いてよ」
「ありがとうございます! 頼らせてもらいます!」
入学式に出られなかったなら、人間関係を作るのも苦労するかもしれないが、その時は俺の悪友たちを紹介しようと思えるくらいに良い子だった。
「今更ですけど、坂月大学の経済学部って相当偏差値高いですよね?」
「倍率は高いって言われてるかな」
確か医学部が60後半、経済学部が70前半だったはずだ。
本来は逆なのかもしれないが、ウチの大学は経済学部の方が頭が良いという特殊事例だ。
有名な政治家様方を排出し続ける名門校だからというのもある。
「すごいですね! 勉強も教えてくれたら嬉しいです!」
「う~ん、経済学と法学じゃ、そもそも学ぶことが違うかもしれないけど、一般教養とか共通科目なら教えられるよ」
「重ね重ねありがとうございます! では私は早く行かないと、なので、失礼します!」
「うん。じゃあね」
入江ちゃんは俺に手を振りながら大学の中に入って行った。
その光景を手を振って見送る。
「さて、俺も家に……って!」
何気なく腕時計を見るとかなり時間が経っていた。長話しすぎた!!
「仕方ない。シャワーは諦めよう……」
なんだか朝から走ってばかりだな。という気もしないでもないけれど、俺はその場で肩を落とした後、急ぎ足でバイト先であるアンティークショップに向かったのだった。
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