第4話 聖女様は合コンする

 もう一つ杏にとってうまく行かないことがあった。それは男性関係だった。


 そもそも男性に興味がない。中・高と女子校で育ってしまった杏は、男性にどう接していいかわからない。なので男性がいそうなところはなんとなく避けていた。アルバイトも最小限にし、勉学に明け暮れた。杏本人は男性関係なんてどうだってよかったが、あまりに男っ気が無い杏を、両親は心配していた。


 2年の夏前、優花は杏を合コンに誘った。優花は彼氏持ち。彼氏の大学で合コンの話が出、女子の人集めを頼まれたらしい。

「聖女さまー、合コン出てよー」

「ヤダ」

「そろそろ彼氏もつくんないとー」

「興味ない」

「あと一人なんだよー」

「女子大なんだからいくらでもいるでしょう」

「実は聖女様の名前出しちゃったんだよねー」

杏は無言で返しつつ、優花を睨んだ。

「いいじゃーん」

「よくない」

「だってさ、健太と会話してても、大学の話って出るじゃん」

「だから」

「そりゃ、中学からの大親友、聖女様の話だってするじゃん」

「しなくていい」

「もう手遅れだよー」

「でね、健太の大学の人が聖女様見たいって」

「余計なことを」

「ねぇ、いいじゃん」

「やなもんはヤダ」

「去年一年間、実験付き合ったじゃーん」

「聖女効果なんって言葉を広めおって」

「私の中では科学的事実だよ」

「酷いこと言うね」

「でも去年の後期、実質実験は私一人でやったよ。今年はどうなのよ」

「のぞみは私に機材をさわらせてくれない」

「ほら」

「だけどヤダ」


 優花はスマホをいじり始めた。この話は終わったなと、杏はホッとした。しかし、優花はこんなことを言い出した。

「実は聖母様からもたのまれているんだけど」

 思わず杏は目を見開いた。聖母様とは、杏の母である。優花はSNSの画面を杏に突きつけた。

「杏いつも家でゴロゴロしているの。合コンにでも連れてってよ。誕生日過ぎたので飲酒OK」


 杏は陥落した。


 杏は基本的に男に興味がない。そんな杏でも、生まれて初めての合コンに期待しないわけではなかった。控え目に言って、優花の彼氏村岡健太はイケメンである。イケメンの友達であれば、それなりの見栄えはするであろう。そして健太はいいやつである。優花と遊びに行くつもりが、なぜか健太がついてきてしまったことが何回かあったが、健太とは友人として普通に話せた。男性への免疫ゼロの杏にとって、これは大変なことである。その健太の連れてくる男たちであれば、そう酷いことにはならないであろう。


 というわけで、杏なりに合コンへの準備はした。今年の実験パートナー緒方のぞみには、服選びを手伝ってもらった。代価として演習の準備の手伝いをさせられた。化粧の仕方は優花に習った。代価は特に無い。合コンの女子メンバーは、幹事?の優花に杏と緒方のぞみの3人である。


 7月はじめの日曜日、杏は期待と不安でいっぱいであった。いっぱいいっぱいであった。


 昼食後、早くも化粧を始める。優花に教わったとおり化粧していくが、どうしても濃くなる。けばけばしい気がしてきて、一旦洗い落とし、やり直す。

 やり直してもまたも濃くなり、洗い落とす。

 そんなことを3・4回も繰り返したであろうか、ふと陽の光が赤みを帯びていることに気づいた。もう6時である。

 さらに余計なことに気づいてしまった。美容院に行っていない。そもそも予約もしていない。


 もうヤケクソである。すっぴんで行くことにした。いつも大学はすっぴんだし。すっぴんに今日の衣装をあわせたが、そう悪くはない気がした。


 電車を乗り継ぎ女子の集合地点に付けば、もう2人共待っていた。今日のお店の入っているビルの1階入り口付近である。遠目にも2人はすぐにわかった。杏は若干遅刻気味である。お化粧ノリが悪かったとの言い訳も頭に浮かんだが、嘘ではないが最終的にすっぴんである。


「おーい、おまたせ」

 といって合流したのだが遅刻を咎められることはなかった。

「なぜすっぴん」

 2人の声がハモった。


 エレベーターに乗り、今日のお店に向かう。男性陣はすでにお店で待機しているそうだ。聖女様たる杏であっても、どんな男子が来るのか、胸が高まるのが自覚される。


 お店は小洒落たイタリアンであった。ドアを開けた優花に続き、店内へ。ちょっと進むと、健太の顔が見えた。そしてその隣の2名は、正直言ってフツメンであった。髪はボーボーだし、顔はともかく、服がダサい。


 緊張感とワクワク感が一気に無くなる杏であった。そしてすっかりリラックスしてしまった杏は、生まれて初めてのお酒を、それはそれは美味しく頂いてしまい、その後の記憶がまったくない。


 翌朝、ひどい頭痛とともに目が覚めた杏は、スマホで時間を確認する。ヤバい。速攻で支度しても2限ぎりぎりである。SNSに知らない男性名で通知があるが、知らない人にかまっている余裕など無い。全力で準備して家を出た。


 教室で優花とのぞみに会った。二人とも冷たい目で杏を見る。酔い潰れた杏を二人がかりでタクシーに乗せ、家まで送ってくれたという。

「それはほんとうにありがとう」

「女子があんな状態になったら、男になにされても文句言えないよ」

「男子たちがまともだったからよかったけど、気をつけなよ」

 優花とのぞみは口々に言ってくる。

「タクシー代は払えよ」

 のぞみは領収書を突きつけてきた。金額は軽く万を超えている。

「なんでこんな高いの?」

「聖女様を送り届けたあと、私達の家までのも入ってる。二人がかりじゃないと無理だったんだからね」

「もう電車なんて無かったし」

「近日中にかならず」

 恐縮していると他のクラスメートたちが寄ってきた。普段あだ名通り聖女然としている杏が二人がかりでとっちめられているのがめずらしいのだろう。

「聖女様どうしたの」

「ねぇ聞いてよー」

 杏の昨日の惨状が、クラスメートたちに語られていく。というか、杏としても記憶がないだけに初耳だ。

「帝大生にさー、物理学の素晴らしさを講義してたんだよ―」

 そりゃ恥ずかしい。他にも色々言われ続けた杏であったが、ふと思いついたことがあったので言ってみた。


「合コンは始まるまでが合コン。その心は、始まって男子の顔が見えた瞬間に終わっている……」


 クラス全員の目が冷たかった。なお、その後合コンのお誘いは全くなかった。

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