第9話「羽は落ちたらゲームセットである」
***
「それでは、本日の部活は終わりだ。……影原」
「はい」
顧問の橋場が全員に言葉をかけたあと、日葵に声をかける。
「部長としてここまで引っ張ってくれた。諦めずによく頑張った。ありがとな」
「──っはい」
目を閉じ、言葉を受け止める日葵。
たくさん泣いた後の日葵は、どこかスッキリした様子だった。
その手にはラケットはなかった。
「高崎、野中」
「「はい」」
「色々あったが、 俺はお前たちを組ませてよかったと思ってる」
目を細め、苦さ混じりに微笑む橋場。
「ありがとな」
「「……はい」」
こうして“私たちの三年間”は終わった。
いつもと変わらず、ネットやポールを片付けてモップ掛けをした体育館を背に外へと出る。
振り返ることが怖くて、いつも通りに離れていく。
まだわずかに明るさの残る空を真綾と二人で見上げ、帰り道を歩いた。
言葉を交わすこともなく、ただただ空を見て呼吸をしていた。
やり場のない想いをどうしたらいいかわからないまま。
ラケットを背にぶら下げ、分かれ道まで共にする。
「また明日」とそれだけ言って分かれていく。
結局、その日は二人で泣くことさえ出来なかった。
***
皮肉にも時は流れた。
三年間身に着けた制服を脱ぎ、それぞれが新しい場所へと進んでいった。
気合いを入れるように結び続けたサイドテールは、卒業式の前日にばっさりと切った。
意地を張り続けた高崎 柚希はただの柚希でしかなく、先輩でも後輩でもなくなっていた。
一変した世界で少しずつ人の集まりも戻っていき、柚希たちの次の代からは大会も再開した。
中学生の殻から飛び出し、高校生になった柚希は新しい制服に身を包み、スマートフォンをいじる。
飛ばされてきたメッセージを開いて、ふっと口角をあげた。
「ね、真綾。あの子たち、全国大会三位になったみたいだよ」
柚希の向けた視線の先にいたのは髪が伸び、毛先を遊ばせた真綾がいた。
「油断大敵だねぇ。あたしと柚希ちゃんなら優勝してたよぉ」
「おー、こわっ。本当に怖いのって真綾だよね。ニコニコして、何考えてるか全然わかんない」
「んふふ~」
真綾は変わらず周りから愛されキャラで、柚希は敵を作りやすい。
だが真綾が笑顔で制圧するので、周りもだんだんと柚希の扱いを覚えていく。
むしろ柚希を手懐ける真綾が最強説だと、噂が飛び交うようになっていた。
「それだけ時間が経ったんだねぇ」
真綾とは変わらずダブルスを続けており、高校でがっつりと部活動をしている。
影原 日葵は引退後、バドミントンを辞めてしまった。
今は進学校で勉強漬けの毎日を送っているらしい。
遠慮なしに柚希が辞めた理由を問うと、「距離を置きたい」とのことだった。
それ以上は詰めるべきでないと察した柚希は、日葵の決断に何も言わないことを決めた。
他の部員もそれぞれの道を歩いている。
あれだけ引き裂かれるような想いをしたのに、時間は残酷で、歩くしかなかった。
あの日、たった一つの決定に心は打ち砕かれた。そしてたくさんの悲鳴が溢れていた。
それは柚希たちだけでなく、見えないところで叫びは満ちていただろう。
“それぞれの想い”で片づけるしか、話をまとめられずに美談にもならない。
いつかこの出来事は悲劇として語られるのだろう。
中学生なら次がある。
高校で取り戻せばいい。
なんという皮肉だろう。
“中学最後の大会”は二度と訪れない。
あれほど嫌悪した“最後の”に、永遠に焦がれる。
強さの証明をしたかっただけの想いが、それだけでは終われなくなっていた。
だけど強制終了となり、先輩たちが見た景色を見ることもなかった。
どうしてこうなったのか、正直まだ理解は追いつかない。
心は置き去りにされたまま、時間だけが無情に過ぎていく。
後輩が送ってきた写真を見て、聞こえないはずの歓声と悲鳴が聞こえてくる。
幻聴のような歓声を聞きながら、今もどうしようもなく叫んでいた。
先輩の無念を後輩が晴らす。
それは美しくもあり、残酷な話だ。
(それでも、私は後輩が可愛いと思う。憎めない。違うのは学年だけだったんだから)
「柚希ちゃん」
「ん~?」
「いつか……あの子たちとどこかで戦いたいね。あたしたちならあの子たちに負けなかったんだから」
「……うん」
鞄を持ち、ラケット袋を背負う。
「真綾! 部活行くよ!」
「うん!」
使っていたノートはあの日で止まった。
何冊も使っていたが、最後のノートはまだ数ページしか使っていない。
新しいノートに切り替わり、中学部活でのノートは時が止まる。
前を向いて進んでいく。
どんなに悔しいことも、悲しいことも、容赦なく打ちのめされることばかりだ。
(それでも戦うしかない。真綾とダブルスで答えを見出すまで、ずっと……)
【あたしたちは二人で最強だ!】
『羽球プライド』 おしまい
羽球プライドッ!! 〜トゲだらけの思春期ガールは《ダブルス》が出来ない〜 星名 泉花 @senka_hoshina
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