第8話「音が変わると成長を実感するもの」

「言っておくけど、私たちは強いよ?」


「ふっふ~ん、試合は甘くないですよ~?」


「はっ、かわいくない後輩だこと。真綾、越えられない壁を見せてあげるよ」


「おーっ! 先輩舐めんなよぉ?」


「やっば、マウント怖っ」


普段はケラケラ笑っていても、試合はバチバチとにらみ合う。


欲しいものは手に入れる。


勝利しか見ていない。



「心理戦も勝負のうち。あたしたちは──」


「「最強だから!!!!」」



――これが私たちの【羽球プライド】だ。



「ラブオールプレイ!」


「「いっぽーん!!」」


ショートサーブからはじまり、床を鳴らしてシャトルを拾っていく。


床に落ちた羽根を踏み、はらっては打ち返していく。


あまりに攻防に隙がなく、ラリーが続けば続くほどにシャトルの羽根が抜けていく。


新しいシャトルに変えては試合を続け、はじく音の軌道をみながら息とともに声を出す。



「真綾、お願い!」


「はぁっ!!」


柚希の苦手なバック側にスマッシュを打たれ、追い付かない。


相手も柚希の癖や苦手を把握している。


だがシングルスで拾えないものも、任せられる相棒がいる。


絶対に拾ってくれるとわかっている。


それでも声かけは止めない。


すれ違いなんてすぐに起きてしまうのだから、声を出すことで気持ちを合わせる。



【??-??】


「「とめるよ、ソップー!!」」


【??-??】


「──マッチポイント」



――あぁ、なんて素晴らしい音に満ちているのだろう。


シャトルの飛ぶ音と、床を擦る音。


自分の呼吸と、あわさる相棒の声。


――パァンッ!!!!


その快感は、病みつきだ。



【17-21】


「ゲームセット。勝者、高崎・野中ペア!」



点数を見て思わず笑ってしまう。


――いつも負けていた点数が逆転し、一時は圧倒できるようにさえなっていた。


だが相手にもプライドがある。


食いついてくる姿勢と、見えてくる強烈な光は少し懐かしいとさえ思えた。


肩を上下させ、村瀬と戸田が目をあわせ頷きあう。


そしてネットの前まで歩き、柚希と真綾と握手して笑った。



「……完敗ですね」


「ふふん。そう簡単には勝たせないものよ」


「いやー、高崎先輩の鬼顔怖かったです!」


「あぁん? 黙れやコラァ!」


「いひゃいです先輩! 暴力反対です!」


ラケットでネットの上から戸田の頭をバシバシと叩く。


それを騒ぎながらも、戸田は受け止めネットに指をかける。


じっと俯き、動こうとしない戸田を見て柚希は手をとめる。



「先輩。この先、私たちは負けませんから」


顔をあげ、真っ赤にした目をぶつけてくる戸田に柚希は目を奪われた。



「約束します! もう二度と、私たちは負けませんから!!」


吠える戸田の手に、相棒の村瀬が手を重ねる。


静かな目で、目尻に涙をためながら真っ直ぐに見つめてきた。



「先輩たちの分まで、必ず……」


張り裂ける。


先輩という壁を見て、その集大成を見ることもなく終わる。


その背中はカッコイイものだったのか、それとも情けなくダサいものだったのか。



“先輩と後輩”


たかが一歳の差。


中学生にとって、世界を支配する上の存在。


心に根付くは憧れか、蝕むものか。


「「うあっ……うああん!! あああああっ──!!!!」」


「……」


高い天井に向かって泣き叫ぶ後輩を見て、柚希もまた天井を見上げた。


(私って、ちゃんと先輩出来てたのかな……? 憧れって、難しい)


最初は柚希にとっても先輩とは憧れの存在だった。


勝敗は関係なく、練習を積み重ねてコートという居場所を得た先輩たちは輝いて見えた。


真綾や日葵に接する先輩たちの笑顔はキラキラしていて、その笑顔を自分にも向けられたいと願った。


一生懸命練習すればその目を向けてもらえるのか。


抱きしめてもらえるのか。


登下校に誘ってもらえるのか。


――先輩たちと同じことをしたら、その仲間に入れるのかな?



焦がれれば焦がれるほどにから回る。


睨まれて、冷たくされて、悲鳴に近い感情が勝手に表に出てくる。


駄々っ子のように暴れる姿はますます軽蔑の対象になった。


身を守るためにシングルスとしての絶対的な強さで、張り合うことを覚えた。


たった一歳の差で、勝てないくせに“先輩面”してなんてダサい生き物なんだ。


そう思うことで崖っぷちの強者となったのだった。


真綾は新入部員だった柚希の欲しいものを手に入れた女の子だった。


だからこそ余計に、牙をむかずにはいられなかった。


(あぁ、ちくしょう。最後に気付くなんてバカみたいだ)


真綾がうらやましかった。


柚希が欲しかったものを得ていた真綾だからこそ、絶対的な信頼があった。


柚希が出来なかったことを出来る真綾。


存在に焦がれたからこそ、ダブルスになることで隣を預けることが出来た。


(この二人にとって、私は良い先輩だっただろうか?)


――その答えは、二人にしかわからない。

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