第7話「ヘアピンという技は繊細なハートのようなものでして」

「それでは三年生は本日をもって引退。最後の部活は、みんなの好きにやろう」


「「……」」


それからずっと登校することもなく、部活動も出来ず。


虚無な日々だけが過ぎて、ようやく部活動が再開したとき、三年生の引退は確定事項となっていた。


もう目標もないのに。


私たちの努力を発揮する場所はないのに。


このどうしようもない気持ちはどこにやればいい?


シングルスのままだとここまでの感情を抱かなかっただろう。


団体戦での選抜にシングルスポジションは一人だけ。


柚希は団体戦に出るというより、“選抜されたシングルス”にこだわっていた。


結果として大会がなくても、確実に結果を残せる自信があったので中学部活の団体戦に未練はなかった。


だが今はダブルスであり、この部活メンバーで勝利を掴みたかった。


シングルスで勝ちは取れる。


それでも柚希は真綾とのダブルスでの勝利にこだわっていた。


そしてつかみ取った勝利をメンバーと噛みしめたかった。


――何の実感もない。ただ自由な終わり。


(これはただの、強制終了でしかない)



「……高崎」


「影原?」


自由を与えられた部員の中で最初に動いたのは部長の影原 日葵だった。


真っ直ぐな目をして柚希を見つめる。


そして三年間、変えることのなかったラケットを手に柚希へ向けた。



「私と、シングルスで勝負して」


「え?」


「最後くらいいいでしょ? 私、一度もあんたに勝てたことない」


「……」


「私だってずっとシングルスで戦ってきた。だけどいつだって先には あんたがいて、日の目を見ることはなかった」


目尻をあげ、興奮したように日葵は声を荒げて抑えられない感情を柚希にぶつける。


柚希は一年生の時から部活内ではシングルスで最強のポジションに立ってきた。


ダブルスだと壊滅的で団体戦の応用が効かないことから日の目を見なかった。


頂点に立ちながらも、ずっと孤高の王者でありラケットを握るしかなかった。


そこから崩れれば居場所はない。


バドミントンしか生きる理由のなかった柚希には、不安定な足元を見る勇気がなかった。



「勝負して。私の決着のために」


「……わかった」


見ようとしなかった足元に、同じポジションを見つめた同い年がいた。


その目は引退した先輩によく似ていた。



「ラブオールプレイ!」


試合開始の合図とともに、ネット越しに柚希と日葵は握手する。


そして日葵からのサーブで始まろうとしていた。


「いっぽーんっ!!」


大きな円を描くように下から上へと高くシャトルが飛ぶ。


コートのラインギリギリまで伸びたサーブに柚希は右足を大きく後ろにさげ構えると、腕を振り下ろす。


破裂するような音が何度も行き来した。



【0-1】


先に点を取ったのは柚希だった。


日葵は息を吐き、冷静さを取り戻そうとシューズ裏を撫でる。


木目の床にシューズをキュキュッと滑らせ、身体を上下に動かしてリズムを身体に刻み込む。


続けて柚希のサーブからはじまり、攻防が続く。


時折、ダブルスの感覚で攻撃を仕掛けてしまい、ダブルスでは得点となるラインの外側に打つミスをしてしまう。


細かいミスに柚希は舌打ちし、日葵のサーブに強く構えた。



【5-7】


【9-13】



「――っはぁ、はぁ……」



【17-19】



「決めるよいっぽーん!!」



【20-19】



――あぁ、重たいな……。


(影原は……三年間これを打ち返してきたんだ……)



――パァンッ!!


「はぁ、はぁ……ふはっ……」



ホイッスルが鳴る。



「……21-19で勝者・影原 日葵!」


「……負けた」


崖っぷちに立って、ようやく足元を見れば景色はこんなもんか、と思った。


高い場所にいると思っていたら意外と崖は低く、あっさりと降りることが出来てしまった。


汗を拭いながら自分の立ち位置がおかしくなり、笑ってしまう。



「不動の一位も終わったね。……影原、頑張ってたんだね。やっぱシングルスって、すごいよ。めちゃくちゃ難しい。だからこそ、その勝ちの味って病みつきになる」


「……うっ」


日葵が俯き、その場に小さくなってしゃがみこむ。


震えだすその姿に柚希は目を丸くし、じっと見下ろした。



「うぅ、ぁ……!」


いつも堂々として、強気に前を向いていた日葵。


周りを見て部活のメンバーのことを一番に考えていた。


先輩にそっくりなその姿は、あらためて見るととても小さくて弱々しかった。


大粒の涙をこぼしながらラケットを手放し、コートに膝をついた。



「こんなふうにっ……勝ちたかったわけじゃないっ!!」


その叫びは、強制終了となった三年生全員のものだ。



「あぁあぁぁあああっ!!!!」


何度も戦った。


敗北した。


ようやく得た勝利も、真に求めたものではなかった。


嬉しいはずの結果が、本来とは異なる終わりを示すものとなり、虚しさが襲いかかる。


どうすれば現状の中で一番の答えを出せたのだろうか。


もう戦った後では答えが見いだせない。


最後に頂点が入れ替わった、それだけのことであった。



「高崎先輩、野中先輩。私たちも勝負お願いします」


後輩の村瀬と戸田がラケットを握って立つ。


日葵が柚希に向けた目と異なり、悔しさが先行に立つ泣きそうな表情だった。



「わ、私たちだってダブルスの矜恃がありますっ!」


「先輩だからって負けませんから。悔しい思いしていってください」


必死に背伸びをして見栄を張る村瀬に、高圧的な態度で強気にラケットを振り回す戸田。


そんな二人の挑戦状に、柚希と真綾は顔を向かい合わせにして笑う。


二人でラケットを突き出し、不敵に笑った。

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