第6話「風は天敵。窓は閉めるが鉄則」

「──というわけでしばらく休校になります。あわせて部活動も停止します。今日は授業が終わり次第すみやかに下校するように」


三年生となって新しい環境の日々がスタートしてすぐのこと。


新入部員が入ったばかりというときに、世の中の流れに合わせて学校でも変化が起きた。


ざわつく教室で柚希は自席に座りながら拳を握りしめた。


マスクをつけており、その表情は柚希以外にわからなかった。


学校が休みとなり、外での活動もなくなった。


家にこもるばかりの日々に柚希は歯がゆい気持ちを抱きながらトレーニングに励んでいた。


広い場所でラケットと共に練習することも出来ず、一人で素振りをするのが精一杯であった。


マスクをつけ、夕方に土手を走る。


人はいても、皆が気まずそうに俯き、そそくさと歩いている。


走っていることさえ罪である感覚に、マスクに指をかけ、そっと酸素を吸い込んだ。


ヴゥー、ヴゥー。


スマートフォンのメッセージ通知を知らせるバイブが鳴る。


走り込みの際に持ち歩くスマートフォンと、背中にラケット専用の袋を担いでいる。


息を吐きながらメッセージを開くと、後輩の戸田からであった。



『先輩、今日も元気に暴れてますか?笑


で、尊い先輩に相談です!

家でも出来るおすすめの練習教えてください!

普段のトレーニングにマンネリ化して辛いです( ノД`)』


「……ふ、本当に飽きっぽいんだから」


憎らしい口を叩くが、何だかんだで柚希は戸田をかわいい後輩と思っていた。


色んな練習をしてきた中で、戸田に合いそうなトレーニングが思い浮かび、返事をする。



『この動画の練習、おすすめ↓↓↓

《URLをタップ》』



「柚希ちゃん!」


前方からやわらかな明るい声が聞こえ、顔をあげる。


そこにはふわふわとした笑顔は変わらず、髪をさらに短く切った真綾が走っていた。


少し息を切らし、柚希の前に立つとタオルで汗を拭う。


「髪、切ったんだね」


「何日か前にね~。もうすぐ市の大会がはじまるから、ちょっと気合い入れたくて」


「そう。まぁ、いいんじゃない? 似合ってるよ」


「んふふ、ありがとぉ」


ずっと二人で打ち合いをし、ダブルスの時は声を掛け合っていた。


いざ、何もない状態になると自分たちはバドミントンのこと以外、ろくに話していないことがわかる。


こういうとき、休校の間は何をしているのか。


面白い動画はあるかなど、会話をした方がいいのか悩み、言葉に詰まっていた。


唸って困り果てる柚希を見て、真綾がクスクスと笑う。


マスクをしていてもそのやわらかさはよく伝わった。


「最近、ダブルス出来てないねー」


「……うん」


「早く柚希ちゃんとダブルスしたいなぁ。あんなに心躍る時間、他にないよ」


「私も……真綾とダブルスしたい」


その返答ににこっとする真綾を見て涙がにじむ。


どこまでいっても二人はバドミントン馬鹿で、大会で勝利を掴むことしか考えていなかった。


どうしようもない寂しさに柚希は真綾に抱きつき、想いを口にした。


「部活に戻りたい。みんなで練習して、頑張りたい」


「そうだねぇ。部活が再開したらもっと練習頑張らないとね。さすがに身体が鈍っちゃうもん」


「私、真綾とのダブルスが好き」


シングルスは変わらずに好きだ。


だが真綾と頑張るダブルスはもっと好きだった。


崖っぷちで戦っていた柚希は、手を掴んでくれる存在がいる強さに新しい勇気を得ていた。


相いれなかったメンバーとも、ようやく馴染むことが出来て団体戦の勝利に夢を見るようになった。


ほんの少しだけでも、変わろうとしたことで柚希の世界は大きく広がった。


「はじめて誰かと頑張りたいと思った。今はみんなで団体戦を勝ちたい」


「うん。大丈夫、みんなわかってるよ。みんなどう接すればいいかわからなかっただけなんだから」


真綾は強い。


柚希よりもずっとずっと強い。


真綾以上に隣に立ちたいと思える相棒はいなかった。


ノートを積み重ねた日々が『最強の二人』という自信を生み出していた。


「ね。 せっかくラケット持ってるならちょっとだけ打ち合いしない?」


「外だと風があるよ?」


「ちょっとだけ。ね?」


土手をおり、川に架かる橋の下で打ち合いをはじめる。


風にシャトルが飛ばされながらもしっかりと打ち返していく。


だが久々というだけで、身体の動きに違和感を覚えずにはいられなかった。


「あはは、さすがに動きが鈍ってるね!」


「私ともあろう者がこの程度で動きが鈍るとは……」


パァンと打ち返したシャトル。


大きく弧を描くクリアはスッと伸び、真綾のもとへ落ちていく。


ラケットの面でそれを空中で掬い上げると、真綾はラケットを突き出してニッと笑った。


「それでも毎日練習してるんだよ! 休みの日だってそれぞれ頑張ってる!」


その言葉に柚希もまた、ラケットを前に突き出した。


「努力は裏切らない! それは私たちが実証した! ダブルスで私たちに敵う者はいない!」


「うん。部活、すっごく楽しいもんね! みんなで全国大会行くんだ!」


「みんなで戦えば勝てる。それに……私と真綾のダブルスは最強。だから勝てるよ」


「……うん!」


こんな言葉を言えるようになると思っていなかった。


真綾もまた、柚希と気持ちが一致して喜びを噛みしめていた。


再び、シャトルを打つ弾けた音が橋の下に響く。


的の中心にあたる強い音に二人は笑いながら汗を流すのだった。


***


4月の終わり、その日の午後は天候が不安定で曇り空だった。


タブレットの画面越しに教師が告げる現実は、皆が言葉を失っていた。



「──というわけで 市・県大会および全国大会。今年度の大会は全て中止と決定された」



これは何の話をしているのだろう。


「みんなそれぞれ思うことはあると思う。三年生は最後の大会となるはずだったからやりきれないだろう」



やりきれない?


その地に足を踏み入れてさえいないのに、やりきれないも何もない。



「今後については状況によって変動があるだろうが、三年生は受験もあるから切り替えて──」


「ありえない」


「高崎?」


「――そんなのありえてたまるかっ!!」



机を叩きつけ、柚希は部屋を飛び出していく。



【やりきれない】



そんな言葉で済むほど、情熱を注いだ時間は軽いものじゃない。


三年生はこれが“最後の大会”になる。集大成がここで形となる。


それが“それぞれの想い”で片づけられるほど、安くない。


悔しいことも、悲しいことも、血の気が引く想いをしても!!


高い壁を見てもこれが生きる理由だと走って走って走り続けて!!!



【その結果がこんなものだとしたらあまりに残酷だ】


外に飛び出すと、曇り空から雨が降ってくる。


まるで絶望が空から落ちてくるかのような現実に叫びたいのに、声が出なかった。


やっと部活で頑張りたいと思えたのに。


みんなで勝ちたいと思えたのに。


ダブルスで悠希と勝ち進んで、みんなで笑いたかったのに!!



「ぁ……ぁああ……っは――!!」



震える唇が開いても、雨が落ちるばかり。



ニガイ、マズイ、クサイ。



「──────────ッ!!!!」



呼吸の仕方がワカラナイ。

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