第4話「シャトルの当たり外れ基準はメーカーによる」

当然、簡単には上手くいかなかった。


「6-21で村瀬・戸田ペアの勝利」


一年生の後輩に負ける始末。


実力のある後輩二人組で、幼い頃よりペアを組んできたとあって息ぴったりであった。


「真綾! 反省会するよ!」


「うんっ!」


試しのダブルスとは言え、惨敗に終わり柚希は素早く真綾を連れて体育館の隅っこを陣取る。


ぐっと眉間にシワを寄せながら、恐ろしい形相で真綾を見ていた。


「柚希ちゃん、顔こわーい」


「……これ、真顔だから気にしないで」


軽口で笑う真綾に柚希はゴオォォォと燃えながら返す。


これが通常仕様のため、誤解されがちだがいたって真面目なのだからどうしようもなかった。


ぶすっとした低い声で喋るものだから余計に怖さが増す。


「手前に落とされたとき、 足が追いつかないことが多い」


「なら、なるべくあたしが前衛になるよう意識して動くね。逆にあたしは攻撃弱いから……」


「私はスマッシュ得意。やっぱりパワーでゴリ押しは楽しいね」


鼻息の荒い柚希に真綾はクスクスと笑い、柚希の頬っぺたを引っ張った。


「柚希ちゃんのスマッシュ怖いもん。あと顔も怖い」


「顔は関係ないでしょ」


真綾の手をはらい、唇をとがらせ目をそらす。


「真綾はパワーじゃなくてコントロールで攻めた方がいいかも」


「え?」


「真綾ってすごくキレイに打つから。……球も早く見えるんだよね。これでコントロールを極めて、際どいとこ狙ってミスを誘導できたら怖いものなんてない」


「柚希ちゃんすごーい! ならこういう練習をして~……」


会話がはずみ、どんどんとお互いの良い面・苦手な面が明るみになる。


カバンからノートを取り出し、ひたすら書き込んでいく。


シングルスではわからなかった行動癖も明確になってきた。


「13-21で影原・鈴木ペアの勝利」


そうして分析は進むも、実際にダブルスをすると衝突は絶えない。


ぶつかってぶつかって、そのたびに柚希は吠えそうになったが真綾のヘラヘラした笑顔をみると気が抜けてしまった。


ふくれっ面になりながらまた試合を振り返り、ノートに書き込んでいく。


「もー、またぶつかったぁ。……シングルスなら私の方が強いのに」


「そういう憎まれ口はダメだよ~。だから嫌われちゃうんだぞ☆」


ともに目的を共有するようになり、真綾の性格がわかってきた。


これは最強の猫かぶりなタイプだと判断する。


気が弱そうに見えて、実はただ面倒ごとが嫌だと笑っていたのであった。



「でね、それなんだけど……声かけの量、増やしてみる?」


「声かけ?」


「どっちが取るべきかわかんないとき、ぶつかること多いな~って」


たしかにお互いどちらが取るか悩んでぶつかるか、動きが止まるかを繰り返している。


誰と組んでもそうなってしまったのであきらめていたが、いざ指摘されると真綾も悩みどころではあったようだ。


「いっそ無理ならお願いしちゃえば楽かなぁって」


「雑ね……」


シングルスは拾えても拾えなくても、自分の実力がそのまま表れるからわかりやすい。


結局、その球についていけるかいけないか。


シャトルの流れを見て予測し、身体の動きが一致してラリーが続く。


一面のコートを支配出来たものが勝者となる。


ダブルスにも当てはまることではあったが、ペアの動きと状態を見ることは神経の使い方が異なる。


誰かを意識しての戦い方は柚希にとってのストレスだった。


攻撃の強い柚希は悪者扱いをされることが多かったからだ。


だから真綾がそれをわかったうえで、前に出るところと引くべきところを見極めようとしてくれるのは楽だった。


柚希の得意スタイルを尊重してくれることに、つい泣きそうになった。


「……やってみよう。それでチャンス逃すのは嫌だから」


「うん!」


それからどんどんノートは厚みを増し、一ページの隙間がよれていく。


「柚希ちゃん、お願い!」


「ァア"ッ!!」


「ナイッショー!!」


思いきりスマッシュが決まると二人でハイタッチをした。


「18-21で──」


負けてもノートに反省を書き、最後にお互いポジティブな一言を伝えあった。


「惜しかったねー」


「ふふん。真綾がいるから思いきり攻撃出来る」


「柚希ちゃん、攻撃するとき鬼化するもんね」


「本気顔舐めんな。ほら、対策考えるよ!」


負けて負けて負けて……毎日負け続けた。


どんなにうまくてもダブルスでは途端に下手くそだ。


だが日々確実に成長を感じ、下手くそなりの楽しみ方を見出していた。


こんなにも難しいことも、真綾がいれば乗り越えられる。


これは柚希にとっての最善であり、最短のダブルスの道だった。


「21-19で高崎・野中ペアの勝利」


どれだけの月日が経過したのか。


気づけば、もうすぐ三年生になる目前になっていた。


結果を聞き、お互いに顔をあわせて抱きしめあった。



「「勝ったー!!」」



ずっと部内で負け続けた。


公式戦はこの一年、行われることがなくどの程度のレベルになったかわからない。


少なくとも二人が属しているのは県内強豪校である。


そこでダブルスとして練習を続け、はじめての勝利を手にしたのだった。


「ありがとう真綾! 私、はじめてダブルスで勝ったよ!!」


「こちらこそありがとう! やっぱり柚希ちゃんと組んでよかった!!」


キラキラした笑顔で柚希の手を握りしめる真綾。


その輝きが柚希の瞳に映り込む。



「言ったでしょ? 噛みあえばあたしたちは強いって!」


思い出す。


会話の中で真綾が何気なく言っていた言葉を。


あまりに軽口に言っていたが、真綾にとってそれは本気の言葉であった。


「これなら全国大会でも戦える! 一緒に最強目指そう!!」


「──うんっ!!」


孤高に強くなろうとした。


シングルスは今でも好きで、磨いていきたい気持ちはある。


だけど、辛い時にダブルスは絶対的な味方なのだと痛感し、涙が出そうになった。


柚希はずっと、柚希らしく戦うことを認めてもらいたかった。


常に崖っぷちで戦う柚希の手を引っ張り、大丈夫だよと言ってほしかった。


いつだって柚希の我の強さが悪いのだと言われてきたことで、合わせることをやめていた。


柚希の良さを殺すプレーしか出来ないダブルスを嫌いになっていた。


真綾は柚希の良さを尊重したうえで、合わせる方法を一緒に考えてくれた。


それがとても柚希にとって、支えになったか。


喜びとむずがゆい恥ずかしさに柚希は真綾に強く抱きついた。



「……頑張ったんだね」


そこに部活仲間であり、部長の影原 日葵が歩み寄ってくる。


シングルスもダブルスもするが、本人の希望はシングルスだった。


一年生の頃から真綾びいきで、柚希を睨みつけてくることが多い女の子。


そんな日葵がぎこちなく口角をあげ、真っ直ぐに柚希を見つめていた。



「あ……」


「みんなでさ、全国行こうよ。……二人の力も、必要だから」



【全国】


その響きは柚希がずっと目指してきた頂点の戦い。


先輩たちが引退して以降、公式の試合に縁がなかった最大の目標であり、夢だ。



「……うんっ!!」


ダブルスとして勝利を手にし、ようやく部活メンバーの顔を見た。


この狭い体育館の中には後輩もいた。いつの間にかあれほど嫌っていた“先輩”になっていた。



(私は……この日々を形にしたい。他校と戦える大会は、前情報のない実力勝負だから)


真綾と練習をし、高ぶる気持ちを重ねるようにノートが増えた。


黒鉛が手に付着し、汗を握って何枚も書き込みを加えた。


この日々を証明するのは“公式試合”、全国大会に出場し最強ダブルスになりたい。


未来は希望に満ちている。二人で見る夢は、手を伸ばせば届きそうだった。



だが、現実はあまりに無情。


世の中の波は、“中学最後の希望”さえ飲み込んでいった。

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