第3話「グリップをカラーにするマウント合戦」
放課後の部活。
今日は試合形式で真綾とシングルスで勝負をした。
「ゲームセット。21-13で高崎の勝利」
シューズ裏に手のひらを擦りつけると、ネットをくぐり真綾がヘラヘラと笑って近づいてくる。
「やっぱり柚希ちゃんは強いなぁ」
「……野中さんも、防御よかったよ。私はあそこまで防御上手くないから」
「そろそろ真綾って呼んでよ。柚希ちゃんの攻撃はすごいから 全然隙がないよ」
その言葉に柚希は目をそらす。
真綾は観察力に優れ、相手の攻撃を見て手堅く防御をする。
攻撃型の柚希は力でねじ伏せるが、防御が強い相手だと焦りが出る。
あまりいないが、柚希よりも攻撃が強い相手だと防御に弱く、意外とあっさり負けてしまうのが難であった。
攻め負けすると柚希はぽっきりと心が折れる。
シングルスで強い背景には、絶対的な勝利への自信が支えとなっていた。
「……あんたなら他の子とダブルス組めるよ」
「ん~? あたしのペアは柚希ちゃんでしょ?」
キョトンと首を傾げる真綾に柚希はギョッと目を見開く。
「それは先生が決めたことじゃん」
「キッカケはそうだけど。でもあたしと柚希ちゃんなら、噛み合えばすごい強くなれると思うの」
「……はぁ?」
頭の中がお花畑なのだろうか。
常にピリピリしている柚希が見る真綾は気が抜けそうになる。
「足りないところは補い合う。そうやって一緒に強くなる。 ダブルスって高めあえていいと思わない?」
「……思わない。足りないなら練習あるのみ」
誰かに期待して、敗北するのは嫌だ。
柚希ははじめから敵対心が剥き出しだったわけではない。
頑張れば頑張る程に叩かれて、上手くいかなかった。
謝るたびに自分は何に謝っているのかわからなくなった。
一生懸命になっても誰にも大切にされない。
ニコニコと表情のうまい子が守られる。
誰にも文句を言わせないくらいに強くなって、絶対的な勝利を手に入れれば誰か柚希を撫でてくれるだろうか。
吐きそうなほどに練習を重ね、先輩や同級生と戦い、勝利を手にする。
息をきらしてこちらを見てくる目に柚希は快感を覚える。
(あー、私って強かったんだ。私を証明してくれるのはこれだけだ)
そうして孤高のシングルス・高崎 柚希が出来上がった。
「努力だけは私を裏切らない。……人は私を傷つけるだけだから」
「柚希ちゃん……」
誰ともダブルスが出来なかった。
出来ない柚希を悪者にして、みんなで群れて攻撃をする。
そんな日々が続けば、柚希も尖ってしまうというものだ。
歩み寄ろうとしても食われるだけなら、食い返してやる。
――なのに実力で勝っても、まだコートで耳に入る笑い声が消えてくれない。
耳を塞ぐ。
聞きたいのはシャトルを打つ音と、床を擦る音だけ。
――雑音は聞きたくない。
「ならあたしと組む努力をしてよっ!!」
「なっ!?」
手を掴まれ、耳をこじ開けられる。
「強くなりたいんでしょ!? だったらあたしと上目指そうよ!!」
「……っなに言ってんの、あんた」
「柚希ちゃんの頑固者! シングルスもダブルスも、どっちもかっこいいじゃん!!」
「実力で勝てないからダブルスやるんでしょ!? 私はそんな弱くないから!」
「柚希ちゃんは弱いからね!!」
「はああ!?」
(なんだ、これは。この子、こんなに噛みついてくる子だった!?)
状況に困惑するばかり。
おっとりと笑顔を絶やさない真綾がはじめて目尻をあげてふくれっ面になっていた。
「ダブルス出来ないのを言い訳にしないで!ダブルスで強くなるのも実力だから!!」
「なにをっ……」
「強さが違うものなの! ダブルスは誰かを信じて強くなれる! 一緒に勝ちたいから強くなるものなんだよ!?」
「誰かを信じる……そんなの」
――あぁ、腹が立つ。
信じて良いことなんてなかった。
勝気な闘争心剥き出しの柚希は、どこに行っても嫌われ者だから。
「信じたってみんな……私とは出来ないって言って離れてくじゃん! 頑張っても受け入れてくれなかった! だったら一人で強くなるしかないじゃない!!」
柚希には何もない。
バドミントンだけが夢中になれた。
打って打って打って、勝利を手にしたときに柚希は笑うことが出来た。
このラケットは柚希の想いに応えてくれる。
嬉しいことも悔しさに涙するときも、手に収まってくれる。
ボロボロになって持ち手部分にグリップ(テープ)を巻きなおすたびに、柚希の努力が可視化された。
だから泣くことは、今までの柚希を否定するかのようで耐えられなかった。
俯くことを許さなかった。
ずっとそうして生きてきたのに……。
「強くなったよ? 誰にも私をバカにする権利なんかない。実力で勝ってから言いなさいよ」
「なら勝とうよ」
ハッと顔をあげると、そこにはカラッと晴れた太陽のような笑顔の真綾がいた。
「一緒に、勝とう? ダブルス、やってみようよ。絶対あたしたち、負けなしだと思うんだぁ」
「……ん」
差し出された手にそっと重ねる。
ラケットを握るときと同じで、手のひらにスッと納まった。
こうして不器用に、真綾とダブルスをはじめたのであった。
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