第2話「濡れたぞうきんを踏むけど滑り止め」

部活が終わっても柚希には心が晴れなかった。


圧倒的にコートに立てる時間が短い。


部活の練習が足りないなら外で補えばいい。


外で大人たちに混じっての練習。


本や動画をみて改善を繰り返す。


けれども中学部活はあの場所だけで、替えがきかない。


もっと強くなって誰にも有無を言わさない。


だがダブルスになると壊滅的。


団体戦での選抜チームで戦えるシングルスは一人だけ。


団体戦では柚希より弱くても、ダブルスが出来るというだけで選抜になる。



――あぁ、イライラする。


シングルスとして強い自分を誇らしく思うのに、満たされない。


強くなればなるほど、柚希は崖から下を見下ろすようになっていた。


***


――ドンッ!!


身体がぶつかり、ラケットが手から吹っ飛んでいく。



「あ、ごめん……」


「……ごめん」



部活でのペア練習で、柚希は真綾とダブルス形式で組んでいた。


だがラケットはぶつかるわ、どちらが取るか悩み点を取られるわの繰り返しで、まったく練習にならない。


体力に自信のある柚希だったが、妙に疲弊し肩を上下させていた。



(思うように動けない)


額から流れる汗を拭った後、手のひらでシューズの裏を撫でる。


そしてキュキュッと音をたて、何歩か歩いた。


シューズの裏面を軽く濡らし、擦ることで滑り止めを強化する。


室内スポーツではわりと見かける光景だ。


重たい足も、振り切れずに中途半端な力の消耗をする腕も、腹立たしい。


みんなが笑っている姿を見ると、余計に柚希はラケットを強く握りしめた。



「練習にもならない」


「え?」


イライラはどんどん柚希を尖らせ、毒を吐き出させる。



「練習試合しても全く試合にならない。シングルスなら私は勝てるのに。全国レベルで戦えるんだから」


ダブルスの練習をしている暇があれば、シングルスとしてもっと腕を磨きたい。


全国レベルで戦うためには時間が惜しい。


個人競技は結局、自分を強化することに尽きるのだから。



「私に相棒は不要。無駄な練習。時間が惜しい」


おろおろとする真綾の姿が目に付く。


人の顔色ばかり気にして、ヘラヘラ笑って、愛想ばかり振りまく。


……柚希には出来ないことばかりをこなして、反吐が出る。



「あなたも他の子と組んだら? その方があなたも生き残れるでしょう?」


「あたしは……」


「集合ーっ!!」


部長が全員に集合をかけると、柚希は真綾を放って走り出す。


ほんの遊び心で高く横に結んだサイドテールが揺れていた。



***


「高崎、ちょっといい?」



部活が終わると柚希は三年生の先輩に呼び出される。


体育館裏へと連れていかれ、一対一で向き合う。



「あんま調子乗んなよ? 部活内の後輩だからウチら我慢してんだからね」


「……すみません」


「あんたのせいで真綾ちゃん、泣いてるんだからね?」


これもまた、先輩の正義の鉄槌だろうか。


柚希は先輩に嫌われている。


それに対し、真綾は人気者だ。


顧問が決めたことなので誰も何も言わないが、真綾の相棒に柚希が当てられたことを皆が心の中で冷たく見ていた。



「あんま迷惑かけるなら部活来なくていいから」


嫌悪をあらわにした目で柚希を見る先輩。


一度たりとも先輩は柚希を好意的に見たことがない。


向けられる敵意は余計に柚希の足元をぐらつかせた。



「どうせウチらがもうすぐ引退だから、試合に出れてコートも好きに使えると思ってるだろうけど。ウチらだって学年があがってようやくここまで出来るようになったんだ。みんな平等にやってんだよ」



言葉が突き刺さる。


それはまるで氷柱のように、パキッと折れて柚希の心に直撃する。



「試合に出たいなら……一人で強くなりたいだけなら部活じゃなくても活躍出来る。……実力、あるんでしょ?」


目を細めて艶やかに微笑まれる。


大差のないはずなのに、大人っぽくキレイに見えてしまう。


大嫌いなはずなのに、どうしてか先輩というだけで圧倒的な輝きを放つ。


そのオーラに手を伸ばしても吹き飛ばされるだけ。



「ウチらの引退後が楽しみね。どうぞシングルスでご活躍を」



去っていく先輩の背を意地で見送ると、柚希はその場にしゃがみこみ顔を伏せる。


悔しさに歯を食いしばる。



(なんでなんでなんでなんで!!!!)



先輩だからとマウントをとる。


たった一歳の差がそんなにえらいのか。


バドミントンで一対一になると柚希に勝てないくせに。


――なのに、何も言い返せない自分は怯えるばかり。


(負け犬は……私か)


***


「ゆーずきちゃん! 一緒にかーえろ?」


涙を拭い、立ち上がって更衣室に向かうと着替えを終えた真綾がいた。


にこにこと柔らかく微笑み、柚希に手を差し出してくる。


この手は先輩にも同級生にも、みんなに愛された手。


途端にどす黒い気持ちが沸き上がり、それは言葉となって吐き出された。



「先輩と帰ったら? いつも一緒でしょう?」


「……あたしは」


「同情なんていらないから。私に怖いものなんて……ないんだから!」


荷物を手に走り去る。


バスに飛び乗り、椅子に座るとラケットケースを抱きしめる。



(私は強い。私の相棒はこのラケットだけだ)


それから大会出場の日を迎え、先輩たちが選抜となって他校と戦っていく。


強豪と呼ばれるだけあり、難なく県大会を勝ち抜き、全国大会へ駒を進めた。


そして全国大会の結果は、二回戦敗退。


先輩たちは泣きながら引退していった。


先輩たちがいなくなった後、試合はなかった。


二年生が主流となった部活で、柚希と真綾はというと……顧問の許可がおりず、結局ダブルスを続けていた。

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