第2話 元勇者と勇者学園

「———へぇ……此処が勇者学園か」

 

 俺は目の前の巨大な建造物を見上げる。

 『勇者学園』の校舎は、500年前なら王族ですら住んでいない程の美しさを誇っていた。


「ま、待って下さいっ……レオン様!」


 俺が校舎に見惚れていると……『転移魔法テレポート』によって魔力を一気に消費してフラフラなユミルが俺を呼ぶ。


 そう言えば1人で来たんじゃなかったな。

 

「すまんすまん。あまりに昔と変わってて驚いてたら、綺麗に忘れてたわ」

「ひ、酷いですっ! 頑張って魔法使ったのに!」


 頬を膨らませて不機嫌アピールをするユミルからは、最初の生真面目そうな雰囲気は欠片もなかった。

 俺的には面白いので、何でもいいのだが。

 

 俺が喉を鳴らして笑っていると、ユミルがふと思い出したかの様に尋ねてきた。


「レオン様、500年前のこの場所は……一体どんな場所だったんですか?」


 うーん……500年前のこの場所か……。


「何も無かったな。草原」

「へぇ……そうなんですね……」

「全然覚えてないけど」

「なら何で答えたんですかっ!!」


 流れる様なユミルのツッコミに、俺は笑いが止まらなかった。

 当分の間は、このユミルとか言う娘を揶揄うのにハマりそうだ。

 

「はぁー、十分揶揄えたし中入るか」

「揶揄わないでくださいよーっ!!」


 俺は学園の門をくぐる。

 何やらくぐる瞬間、若干結界に当たった様な気がした。

 恐らく進入禁止系の結界だと思われるが……これが学園全土に張られているのだとしたら、相当優秀な魔導師の仕業に違いない。

 まあ昔の仲間の国を何重もの結界で覆う魔導師の爺さんに比べれば見劣りするが。


「ところで、ユミル」

「……どうしたんですか?」


 突然声を掛けられビクッと一瞬震えた後、警戒する様な疑惑の視線を俺に向けるユミル。

 俺はそんなユミルに問い掛けた。 



「———これから何処に行けばいいんだ?」

「えぇっ!? 分からないのに先々行ってたんですか!?」



 驚きと困惑の入り混じったユミルの絶叫が辺りに響き渡った。











「———生徒達は今授業中だが……何か申し開きは?」

「ない。全てユミルが悪い」

「レオン様!?」


 俺達は校舎前でギャーギャーと騒いでいたと言う事で、副学園長の如何にも頭の硬そうなエリート系眼鏡の教師からお叱りを受けていた。

 俺が全てユミルのせいにすると、ユミルは「酷いですっ!!」と言わんばかりに眉間に皺を寄せて頬を膨らませる。

 そんなユミルとクツクツ笑う俺を見比べて……エリート眼鏡は大きくため息を吐いた。


「はぁ……もういい。それでユミル、此方の方がまさか———」

「そうです、この方が500年前に魔王を倒された伝説の勇者様のレオン様です!!」

「どうも、レオンです。お願いしまーす」

「こ、こんなチャラいのが勇者だと……!?」


 何やら俺に変な幻想を抱いていたらしいエリート眼鏡が愕然とした表情で呟いた。

 俺はそんなエリート眼鏡の肩に手をおいて慰める。


「噂なんて信じられないもんだぞ、エリート眼鏡君」

「誰がエリート眼鏡だッ! 私の名前はアーケインだッッ!!」


 どう見てもエリート眼鏡だろ。


 そう思うも、アーケイン———もうエリート眼鏡で覚えたし、それでいいか———は眉を吊り上げて怒鳴る。

 思った通り冗談の通じない奴め、と思っていると1人の杖を持った爺さんが部屋に入って来た。


「アーケイン君、少し言葉を慎みなさい。目の前のお方は勇者様なのじゃよ」

「が、学園長……し、しかし! この勇者は……」


 納得いかないとばかりに食って掛かったエリート眼鏡だったが、爺さんが先程より覇気の篭める。


「———アーケイン。お主も少しは力を抜いて考えるとよい。自分の理想を他人に押し付けるでないぞ」

「……申し訳ありません、勇者様」

「別に気にしてないよ、俺は。何なら楽しかった」


 先程気付いた事だが、隠居してたせいで数十年は誰とも話していなかったため、人と会話するのが結構楽しいのだ。

 昔は人と話すのが嫌いだったが……あの頃の俺はまだまだ若かった。


「それで……爺さんがこの学園の長なのか?」

「儂などよりよっぽど年上の勇者様に『爺さん』と言われるとはのう……年も取ってみるもんじゃな」


 そう言って朗らかに笑う学園長。 

 彼の柔らかい雰囲気のお陰で緊張気味だった空気が弛緩する。

 

「爺さん、俺より大人っぽいな」

「そう言う勇者様は随分と身も心も若いままじゃな。羨ましい限りじゃ」

「……真の年寄りからの助言だが、若いままなのも、あんま良い事ばかりじゃねぇぞ」


 特に1人だけ、大切な仲間達に置いて行かれるのは普通に堪える。

 しかも家族よりも長くいた仲間達だから余計に。


 俺が突然変な事を言い出したせいで少し暗くなった空気を壊す様に口を開く。


「———すまんすまん、年寄りの戯言だとでも思ってくれ。そんで……俺はこの学園で何をすればいいんだ?」


 俺が学園長に問い掛けると、学園長は何かを噛み締める様に目を閉じた後で答えた。



「勇者様には———歴代最高の才能を持った子供達が集まる1年S組の担任をして欲しいのじゃ」


 

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