第二章 吾輩は三毛猫である。

第7話 ここはどこであるのですか。

 ——痛い。


突然の強風でどこかに体を打ち付けたみたいだ。


何度か瞬きしながら、やっと目を開ける。


と…、


「⁉」


僕は目を見張った。


だって、レンガに座って——じゃなくて、レンガ造りの建物しかない路地裏の、これまたレンガが埋められた地面に座り込んでいたんだから。


しかも、


にゃんにゃにゃにゃなんだここ——にゃ⁉」


なんだここって言おうと思ったら、変な声が出るではないか。


にゃんにゃなんで?――にゃーんにゃんっえーいクソっ!!」


慌てて自分の姿を見た時、僕はすべて状況を理解した。


ずいぶん低い目線。

形と長さが同じ手足。

白いおなか。

一部が黒い右手。

一部が茶色い左手。

顔の両側に三本くらいずつ生える白いひげ。

途中に黒と茶色のぶちのあるしっぽ。


僕はもう、人間じゃなかった。






——猫だった。それもご丁寧なことに三毛猫。


にゃんにゃーっなんでーっ!」


これじゃあ誰かいたところで何を聞くこともできないじゃないか。

というか、そもそもここはどこで、僕はどうして猫になってて、この路地には誰もいるどころか通ることもないのか、とにかく疑問だらけ。

とにかくどこかに行ってみなければ何も始まらない。


と、思って僕は立ち——上がれないことに気が付いた。


にゃーあーにゃんにゃにゃにゃ猫だからにゃんにゃにゃにゃにゃーにゃにゃにゃ四足歩行か


やれやれ、困ったもんである。——ていうか、四足歩行とかあんまりしたことないんですけど(当たり前だ、人間だったんだから)。


                ❀


 幼児時代以来の四足歩行に悪戦苦闘しながら、しばらく適当に歩いていた時だった。


「にゃ?」


向こうに二つの人影を発見。猫なので、たぶんつぶやいたつもりでもまともに向こうに聞こえるんじゃないかと思ったので、建物の陰に潜んで様子をよく見てみたら——


「⁉」


その人影は、二人の女子であった。


片方は知らない、緩やかにウェーブした茶髪の、薄い青のさわやかーなワンピースを着た子。


で、問題はもう一人である。その子は、肩くらいまでの黒髪で前髪というべきか迷うレベルの前髪を持っていて、その服装は白に青いリボンのセーラー服僕の学校の制服


——小鳥遊たかなし真紀まきだった。


あいつ、世界一周クルーズ乗ったんじゃなかったのか。ていうか、なんでここにいるんだよ⁉僕はおそらくあのよくわからない本にでも吸い込まれてきたんだろうけど…。


とにかく行ってみるか迷っていた時だった。


「あら、ねぇ真紀、見て。あんなところにかわいい三毛猫ちゃんがいる」

「ほんとだ。あたしたち以外にも生物せいぶつが存在していたのね」

「セイブツって…。ちょっとかわいそうじゃない?」

「そう?」

「まぁちょっと行ってみましょ」


げ。来るんですかやめてくださいほんとマジお前は来ないでくれこら小鳥遊。

——あ、だけど来たところでこの猫が僕だとは思わないか。超能力者じゃなけりゃ。


「あらーかわいいわね。猫ちゃんほらおいでー」


僕は猫“ちゃん”ではなく猫“くん”であるのだが。


「ねえセラ。その猫、おすなんじゃない」


え、小鳥遊って超能力者だっけ?と思ったが、ああそうか。猫という生き物はよく見れば雄かめすは見分けられるのだ。


「あぁ、ほんとだ。雄ね。じゃあミケくんって呼ぼうか」


うぅ、僕にはちゃんと阿室湊っていう名前があるのに。そんなの誰も気づいてくれやしないんだウッウッ……一応抵抗してみようかな。


にゃにゃん違う

「ん?違うって。名前があるの、君」

「⁉」


え、通じる⁉

さっき小鳥遊にセラと呼ばれていたその少女が僕をのぞき込んできたので、確認もかねて自己紹介してみる。


にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ阿室湊です

「なになに、アムロミナトっていうの?」


やっぱり通じる!とちょっと嬉しくなった時、僕は重大な事実に気が付いた。小鳥遊の存在である。


「はぁ⁉あ、アムロミナト⁉うそでしょ別人でしょ同姓同名でしょあのアムロミナトだったらマジぶっ〇すわよこのがり勉剣道技術ゼロの優等生野郎がマジキモすぎだわ!」


――ひどい。僕のことをそんなふうに思っていたのか。この頭脳凡人以下超絶ドジ金持ち世界一周クルーズ野郎め。


「ちょっと真紀、言いすぎよ。というより、知ってるのこの子?」

「この子とか言われると気持ち悪いからやめて。同級生にそういう名前のやつがいるのよ」

「あ、そうなの。じゃあ、アムロが名字でミナトが下の名前かな」

にゃんにゃにゃそうです


で、一応言っておこう。


にゃにゃにゃにゃにゃにゃ小鳥遊真紀にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ同級生です

「あら、真紀。ミナトくん、やっぱりあなたの同級生の子みたいよ」

「うげっ。ほんっと最悪だわ。せっかくセラと一緒ならどうにか頑張ろうって思ってたのに。こんな奴が乱入してくるとかマジ消えてくださいだわ」

にゃにゃにゃひどい

「ひどいってよ」

「どーだっていいわ」


どこまでもひどい同級生だ。(以下、僕のセリフは人間語表記となります)


「で、ここはどこなんですか」

「ここ?ここは本の中の世界なんだけど、こころあたりある?」

「はい。古本屋で手伝いをしていた時に見つけた本を開いたら、ここに」

「そう、やっぱりね」

「で、どうやったら戻れるんですか。というか、ここってどういう仕組みなんでしょう?」

「とにかく、ここには私達みたいに目に見える形で存在する者がいないの。動物もね。だから、目に見えるのは全部現実世界から来たものなのよ。」


茶髪のセラさん(結構な美人様)がいろいろと教えてくれる。が、その説明を遮る邪魔者一名。


「ねぇセラ…。そいつと話ができるのからして不思議なんだけどさ、さっきからそいつがにゃんにゃんうるさくてマジ耳つぶれそうなんだけど」

「人間以外とも話ができるのは、この世界の霊たちとかかわってるせいよ。にゃんにゃん言ってるのは、それしか会話手段がないんだから仕方ないでしょう」

「うー」


文句言うなら一回猫になってみろ。という僕もちょっとしか猫歴ないけど。

と、やっぱりムカッと来た僕だったが、


「でね、湊君。私たち、これからこの世界から抜け出すためにクリアしなきゃいけないことがたくさんあるの。私は、初めて来たときにその最後の一つをできなかったためにずっと——時間を示すものが何もないからわからないけどたぶん数年間は—―ここに閉じ込められているの。一人じゃできないってことはもうわかっていたから、誰かが迷い込んでくるのを待ってたんだけど、やっと二人、来てくれたからうれしいわ。早く人間に戻って現実世界に帰りたいなら、私たちと一緒に頑張ろう?」


とセラさんがもう一度目をのぞき込んできたことでちょっと収まった、というか、現実が見えた気がした。


この頭脳凡人以下超絶ドジ金持ち世界一周クルーズ野郎のことは適度に受け流すとして、とにかく僕は何かしら頑張らなければいけないようだ。








——こうして、僕らの冒険は幕を開けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩は本に吸い込まれ猫にされた、夏休み中の人間である。 天千鳥ふう @Amachido-fu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ