第6話 好奇心に負けてしまったのであります。

——ガチャ


「ごめんくださーい」


ある日の昼間だった。昼ご飯をアネキの家で食べ、店に戻ってきてから数分経った頃、店のドアを開けて、一人の中年男性が顔を出した。


・・・・無言の圧

店主、自分で行きましょうよ。


「はい…、いらっしゃいませ?」


こういう時、なんて言えばいいのかわからなくて、語尾が疑問形になってしまった。変な奴だと思われてなければいいけど。


「あの、買取りをしていただきたいのですが——」

「はぁ、そうですか。——店主、買取りだそうです…」

「何冊」


店主ぅ。語尾にクエスチョンマークくらいつけましょうよぉ。てか買取りって何。


「えーと、7冊です」

「こっち」


店主はいつも通りの単語だけを発していたが、その人は動じることもなく本を抱えて店主のもとへ。もしかして常連なのだろうか。


この店に常連なんていたんだな、と勝手に思ってしまう。そういえば、今まで本入れでバテまくって気づいていなかったが、僕はこの店幻想堂にお客さんが来たところを見たことがなかったのだ。——1回も。


                ❀


 「ありがとうございました、またお願いします」


その人は、しばらく店主とやり取りしたのちに幻想堂を後にした。


——ガチャン


「阿室君」

「あ、はい」


店主が僕の名前を呼ぶときは、すなわちこっちへ来いということだ。


「これ、入れてくれ。空いてるとこに」

「あ…わかりました」


また僕は本入れ係のようだ。


               ❀


この店は、なんで本を入れても入れても棚に余裕があるんだろう、と思いながら僕が本を入れていた時、


——ジリリリリリ


「ぎゃん」——何事⁉


——カチャ


「はい、神保町です」


な、何だ、電話か。ビックリした、火事でも起こったかと思った。ていうかけたたましい音が耳の中にまだ残ったままなんですけど⁉


しばらくして、まだムーっと顔をしかめて耳を抑えていた僕に店主のお声がかかる。


「ちょっと出かけてくる」

「あ、買い取りですか?」


——と思ったら、


「急にまりとっつぉが食べたくなったから買ってくるだけだ」


は⁉ま、まりとっつぉって、あのマリトッツォ⁉ずいぶん今どき(あれもう古いかな?)なものをお食べになられるのですね…。——まあ別に何も文句とかはないけど…。


そうして店主は店を出て行ったのだった本を入れろと念も押した


              ❀


 「あれ…?」

 

さっき買い取った本を入れていた僕は、最後の一冊で手をとめた。


「       」

 

赤茶のハードカバーに金で入れられた二文字のタイトル。


「これ…、店主が絶対開けるなって言ってた本と、同じ…?」


慌てて僕は、その本を探した。


「やっぱり」


その二つの本は、まったく同じものだった。——しかし、決定的な相違点が一つだけ。


こっち買い取った方のは、鍵穴が付いてない!」


僕はさらに思う。


「——っていうことは、こっちは開けるんじゃない⁉というか、店主の禁止令も出てないし」


人間という生き物は、禁止されるとよりそれをやりたくなる、っていうのは有名な話だけど、まさに今の僕はその状態だった。


「でも、禁止されたってことは何かしら理由わけがあるのかな…」


僕の中のマジメ君は言う。

でも、やっぱり自分の、この体の奥から湧き上がってくるぞわぞわするような感覚好奇心に逆らうことはできなかった。



「でも、何かしらあるって言ったって、内容の話だよね。多分これ、日記帳なんじゃない?鍵つけて絶対開けるなっていうものって、それくらいしかないし——」


そして、僕はしてしまった。


「開けちゃえ!」













——その途端、僕は目を開けていられないほどの強風に襲われたのだった。






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