第5話 やっぱりダメでしたが、これがすべての始まりでした。

 「はぁ、はぁ、はぁ…」


——ガチャっ


「遅れて申し訳ございませんでしたっ!」


——シーン。



「…あれ??」


僕は180度おおげさに首をかしげた。


「神保町店主ー、いらっしゃいませんかー」


奥に向かって声をかけても、返事ナシ。


「いない?あれ、もしかしてセーフ…ていうかなんでいないの⁈」


僕が急いだ意味は——いや、どっちにしろアウトなんだけどね?


とはいえどうかなっていたら嫌なので(何しろ70代のおじいちゃんらしいから…)、いつも店主が座っているあたりに近寄ってみる。


「ありゃりゃ」


――やっぱりいない。


「ふぅ、よかったよかった(全然よくない)。いたらどうなってたことか。店主地味に怖いんだよなぁ、雰囲気が…」


とかなんとか御本人に聞こえていたら即死しそうなセリフを吐いていた僕は、


「ぬ、なんか置手紙紙切れが」


机(の上に載った本の山)の上に置いてある紙切れを発見。


「なになに、『君が来なかったので出かけました。この机の上の本をどうにかしておいてください』?」


どうにかって…、このうずたかく積まれた本、棚に入るかな?ていうか地味に怒ってる⁈『君が来なかったので』って…。——まぁ、そりゃそうか。


「じゃあどうにかするかぁ」


そうして、参加者一名僕だけの怒涛の本入れ大会が開幕したのであった。


                ❀


 数十分あるいは一時間ほどが経過。


「・・・・ぅ」


阿室湊、床に座り込み天井を見上げているであります。

やっぱり腰が痛いであります。


「はぁ、あと一冊なんだけどな…」


注意・ひと山目があと一冊なだけで、まだもうふた山ほどあるであります。


「うーん、座ったまま行けるか——」


ずりずり移動して、机まで行く。手を伸ばせばぎりぎり届く高さの机なのだ。


「よいしぅわわわっ——!」


最後の一冊、転落の危機!


「おっとっと。ギリセーフ。危なかった」


どうにか受け止めたところで、手にした本に目を落とすと、


「なにこれ。なんかほかのと違うぞ」


そもそも幻想堂にある本は、ほとんどが洋書で、タイトルも中身も読めたもんじゃないのだが、


「なんだこれ、いかにも『外国の古い本』って感じだ。しかも、タイトルがない…いや、ある?」


赤茶のハードカバーのそれの表紙には、金色で、


「       」


と印刷されている。著者は書かれておらず、よく見るとよくある日記帳のように小さな鍵穴が付いているではないかっ。


「なんだこれ?鍵ないと開かない系の本?なんだろう、もしかしてリアルに日記だったりして?だったら中見るのも気まずいしそもそも鍵付きだし…」


思案している時だった。


——ガチャ


「さすがに来ておるな。君、一体今日は何をしていたというんだ、ずいぶん遅くなっても来なかったじゃないか」


店主登場。僕は慌てて立ち上がる。


「すみません、目覚まし時計が壊れてたみたいで…」

「理由にならん」

「すみませんっ」


ごごごごごごわいーっっめっちゃくちゃ怖い


「まぁいい。机の上の本は入れてくれたか」


――まぁいいの⁈ありがとうございます。感謝です。


「は、はい一応ひと山は入れ終わりましたが」

「ご苦労さん。私はもう腰がだめでね、いつも神田にやらせてたんだよ」


僕、さっきまで〇にそうだったんですが。というかそれより、


「あのぉ、この本って、どういうものなんですか…?鍵穴が付いてるしタイトルも描いていないのでなんだろうって——」


手に持ったままだったさっきの本を店主に見せる。


するとその途端、店主の表情がキッと引きった。


「あの、えっと…。さっき本を入れてたら最後にあって…」


僕、何かやばいことでも言っただろうか。

不安になる一方で、僕は必死に弁解する。


「あの…」

「開いてないだろうな」


聞き取れる限界レベルの低音で、店主が聞いてきた。僕はすかさずうなずく。


すると店主は短く息を吐き、こちらへ一歩近づいてきた。


「お前」


睨むような表情の店主が怖い。


「いいか、絶対にその本を開いちゃいけない」


Whyなんで


「絶対だ。なにがなんでも開かせないからな」


なんなんだこの圧の強さの変化は?てか振りみたいに聞こえるのは僕だけ?



「私がその本に鍵を付け、鍵をかけた。だから、それはそもそも開かないはずだが」


店主、僕にもう一歩近づき、人差し指をこちらへ向ける。




そして彼は、人差し指をただ一人のお手伝いに向け、ただ一言、言い放ったのだった。






「絶対に、絶対にその本を開いてはならぬ‼」







――僕の心の奥底から覗く好奇心にも気づかずに。

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