第4話 社畜、自覚する

 33.


 やり直し生活、今日で14日目。 15年前に戻って、かれこれ2週間が経つ。

 高校の入学式が始まるまで、あと2週間ほど。

 俺はこの14日間、様々なことにトライし続けた。

 サッカーや野球、バスケットボールなどの球技に始まり、将棋やチェス、囲碁などの盤上遊戯まで、その内容は本当に様々だ

 おかげで近隣のなんとか同好会やなんちゃら教室では、体験破りなる二つ名を頂戴している。 由来は道場破りみたいなノリで体験教室に参加しまくるから、らしい。

 一介の学生でしかない今の俺に、全て通うような金銭的余裕はないからな。

 ピアノ教室、バレー同好会、将棋教室、果ては社交ダンスのレッスンまで、かなりの数を体験した。

 とはいえ、もちろん一度体験しただけで身に着くわけではない。 主な目的は視野を広げることだ。

 そういう意味で、非常に有用な時間だったと思っている。

 しかし顔を覚えられてしまったので、さすがに今後は自重しないとな。 母さんやあかりに恥をかかせるわけにはいかない。

 向こうしばらくの間は、自主トレに精を出すとしよう。


 やり直し生活、26日目。 いよいよ明日から、俺の高校生活が始まる。

 ここ12日ほどは体験教室に行かなくなったことで余った時間を、公園に顔を出したり師匠の実践空手道場へ通うことで消化していた。

 例の幼女とも何度か顔を合わせることができて、名前も教えてもらうことに成功した。

 椎名 鳴(しいな めい)ちゃんというらしい。 最近はだいぶ仲良くなれて、おままごとでもペットの犬役が板についてきたところだ。 うん、順調に変態の道を歩んでいる気がするな。

 いや違う、歩んじゃダメだろ。 STOPロリータ、NOタッチ。 俺は断じて触れていないぞ。 お迎えに来るジャージ少女からは毎回睨まれてるけど。

 そして実践空手道場だが、最も頭を悩ませたのはやはりお金の問題だ。

 まず入会金、保険加入費など諸々含めて5千円。 さらに月謝が毎月5千円かかるので、1万円の支払いとなった。

 なんとかギリギリ母さんにお金を借りるようなことにはならずに済んだが、高校に入学したら早急にバイトを探さなければならないだろう。

「おにい、約束通り宿題手伝って~」

 ノックもなしに部屋に入ってきたあかりが、数枚のプリントをひらひらと振る。

 日課の筋トレをしていた俺はいったんダンベルを床に置いて、あかりに向き直った。

「いいぞ。 でも教えるだけだからな?」

「けち」

 唇を突き出して拗ねる妹の顔を見ながら、改めて思う。

 やっぱこれ、絶対夢じゃないよな。


 34.


 ぶっちゃけ、やり直し3日目くらいにはもうほとんど確信していた。

 だって2日目に藤井や悠陽たちと入ったカラオケ店の内装とか、完全に初見だったもの。

 それを言うなら師匠の実践空手道場もそうだし、もっと言えば駅の反対側なんて全部そうだ。

 夢というのは記憶から作られる物のはずなのに、あまりにも初見の物が多すぎる。

 ということで、俺はようやく理解した。

 今自分が、本当に人生をやり直しているんだということを。

「ちょっとおにい、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 そんなことをぼんやりと考えながら、あかりに勉強を教える。

 15年前の俺だったら自分の勉強すらおぼつかず、間違いなく人に教えることなんてできなかっただろう。

 これもやり直しの成果の一つと思えば、実に感慨深い。

「おにい、なんでニヤニヤしてんの?」

「ん? いや、あかりと勉強できて幸せだなぁってね」

「きもっ」

 相変わらずストレートな言葉が胸に刺さるが、かつて死んだ妹からの物だと思えばむしろご褒美まである。 いやそれはないか。

「あ、わかった。 ゆうちゃんのことでも考えてたんでしょ? 最近仲いいもんね?」

 どくん、と自分の心臓が跳ねるのがわかった。

 確かにやり直してからというもの、悠陽との接触も格段に増えている。 意識していないといえば、それは嘘になってしまうだろう。

 努めて平静を装ってあかりの顔を盗み見ると、向こうはこちらをガン見していた。 ずるいじゃん。

「当たり? 当たりでしょ? スケベ!」

「いや待て待て待って。 スケベは違くないか?」

「妹と勉強しながら女の子のこと思い出してにやにやしてたんなら、スケベじゃん!」

「言い方ァ!」

 しかも今は別に悠陽のこと思い出してなかったからね?

「ほらいいから早く教えてよ、スケベおにい!」

「スケベはやめてください、お願いします」

 速攻で正座して、綺麗な角度で頭を下げる。 なんとしても母さんから妙な誤解を受けるような事態は避けなければ。

「そ、そんなマジになんなくてもいいじゃん……わかったってば。 ほら、ここ! ここわかんないの!」

「ふぅ……しかしお前、これ何枚ため込んでるんだよ」

「しょうがないじゃん! 時間がなかったの!」

 そうは言っているが、俺は知っている。

 春休み最終日である昨日も、あかりが友人と遊びに行っていたことを。

「今日学校で怒られなかったのか?」

「全部やってあるけど家に忘れて来たって言ったら、明日でいいって……」

 ばつが悪そうにぶつぶつと言うあかりに、小さくため息を吐いた。

「はぁ。 しょうがないやつだなぁ」

「おにいが自分で言ったんじゃん! 手伝ってくれるって」

 確かに言った。 夕食の席であかりが、「そういえば後で宿題やんなきゃー」と言っていたから、「手伝ってやろうか?」と言ったよ? 言ったけど、もう終わってる春休みの宿題がほぼ丸々残ってるとは思わないだろ。

「まぁ、言った以上ちゃんと最後まで教えるよ。 俺も明日入学式だし、さっさとやるぞー」

「はーい」

 かくして、東堂家の夜は更けていく。

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