第9話「葛闘-kattou-」


化け猫が去ったあと、女性は大事をとって救急車で病院に運ばれることになった。

救急車が到着するまでの間、カイトは女性の発した"怪物が二匹もいたから"という言葉の意味を問い詰める。


地面に座り込む女性を介抱しながらも、カイトは真相を聞きたくてたまらなかった。



「すいません、突然こんなこと聞くのは失礼とは思いますが、あなたは猫を殺したことがありますか?」



カイトの言葉に、女性は眉間にシワを寄せてたじろいだ。明らかにカイトに対して不信感をあらわにしている。



「な、なんてこと聞くんですか?」


「お願いします、とても重要なことなんです」



女性はカイトから視線をそらし、うつむき加減で目を泳がせると、再びカイトと目を合わせる。

カイトの目からは不信というよりも、何かを究明したいと窺えるまっすぐな想いを女性は感じ取った。少しためらったあと、女性は一息ついてカイトに話し始めた。



「猫を殺したことは……あります」



女性の言葉に、カイトは驚きの表情を隠せなかった。



「というよりも、猫を殺すのが私の仕事なんです」


「殺すのが仕事? どういう意味ですか?」


「私は保健所の職員なんです。毎日のように、いくつもの命を私が奪っています」



女性は申し訳なさが窺えるような表情で話し始める。



「保健所には毎日のように、飼い主に捨てられたり、人間の生活に支障があるような犬や猫たちがやってきます。保健所に来れば、彼らの命には期限がつけられ、期限内に新しい家族が見つからなければ殺処分される.......私は、その役目を担っているんです」



女性は拳をきゅっと握りしめながら、素性を明かしていく。

そして畳みかけるように話を続けた。



「私たちは殺したくて殺しているわけではありません。でも、世間はいつだって私たちを非難します。"殺処分するな"、"命をなんだと思ってる"と……。私たちが悪いんですか? 本当に悪いのは、お金目的だけで劣悪な環境下で動物たちを繁殖させるブリーダーや、最期まで責任を持たずに動物たちを捨てる飼い主たちではないんですか!?」



女性は今にも泣きそうな目と震えた声で、カイトに訴えた。

日本では年間何万頭もの犬や猫が保健所で殺処分されている。この女性はその仕事を担っていたのだ。



「殺処分ゼロは、私たちだって望んでいます。けど、毎日毎日、何十、何百頭もの動物たちの面倒を誰が見てくれるんですか? かかる医療費や食事代は誰が出してくれるの? それが出来たら、私たちだって殺処分なんかせずに済みます。そして何よりも……動物たちを最期まで家族として愛する、それが当たり前の世の中になれば、殺処分なんでしなくていいんです」



カイトは唖然とした。殺処分の話はカイトも聞いたことはある。

むしろ七年前に、リリイの母猫や兄弟たちを連れ去ったのは、他でもない保健所の職員だ。


保健所の職員は、殺したくて殺しているわけではない。

そこまで深く考えたことはなかった。彼らは身勝手に動物たちの命を奪っている。そんな制度が許されている日本の国自体にも嫌悪感を抱いていた。


けど、そうじゃない。

本当に悪いのは、お金目的のためだけに無理やり繁殖をさせるブリーダーや、最期まで責任を持たない飼い主。

人間はどこまでも身勝手な生き物なのだ。



「夢にまで見るんです……。ドリームボックスと呼ばれる殺処分のための部屋。私は彼らの命を奪うスイッチを押します。ずっと聞こえるんです。悲鳴にも似た鳴き声、恐怖に怯える鳴き声、そして、その時が来ると、その鳴き声はピタリと止むんです……そしていつも言います。助けてあげられなくて、ごめんねって」



女性はついに一筋の涙を流した。

殺処分の現実、心無い世間の声……私たちが普段は目をそむけたくなるような現実に、毎日向き合っている保健所。


カイトは女性の気持ちが痛いほどわかる。助けたかったのに、助けられなかった。

七年前、リリイを助けられなかったあの日の葛藤。そして、そんな彼らに制裁を下す化け猫……。


そんなことを考えていると救急車が到着し、女性はカイトに一礼をして運ばれていった。


そしてその数日後、二匹の化け猫の真実が明らかになる。



"リリイを二度も失うなんて……、こんなこと……耐えられない"



次回

第十話 心実-shinjitsu-

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怪猫-kaibyo- 林 風也 @kazeyad

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