第7話「慟酷-doukoku-」
土砂降りの雨の中、カイトは公園にたどり着いた。
あれから一週間。雨が降り続いているせいで、公園の地面はすべて水浸し。公園に入ると、泥水が足元を奪う。
「リリイ!」
しかしカイトは全く気にせず、公園の中を見渡した。
雨がカーテンのように視界を遮り、よく見えない。いつも隠れていた茂みの近くへ向かった。
リリイはあの時、あのまま息絶えてしまったのだろうか。カイトはあの時、助けようとしなかったことをひどく後悔した。
「ごめん……」
唇をきゅっと噛み、目を閉じて罪悪感に苛まれる。
カイトの耳には地面に激しく打ち付ける雨の音だけが聞こえていた。
ザーザーと打ち付ける雨の音。遠くで聞こえる雷の轟音。
そして、それらの音の中をかいくぐる様に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ニャー」
カイトは一瞬で目を開けた。
かすかに、ほんのかすかに聞こえた猫の鳴き声。
「リリイ!! リリイ!! どこだ! どこにいるんだよ!」
あまりにも強い罪悪感のせいで、聞こえたような気がしただけなのだろうか。
辺りを見渡してもリリイの姿はない。
「ニャー」
いや、気のせいではない。かすかではあるが、確かに猫の鳴き声が聞こえる。
カイトは公園の中をくまなく一周したが、やはりリリイの姿はどこにもない。
「ニャー」
また聞こえる。確かに聞こえる。
そして公園の入り口と歩道の間にあったむき出しの下水道。そこから声が聞こえていることに気付いた。
服が汚れることなど気にせず、カイトは地面にうつ伏せになって下水道を覗き込んだ。
「ニャー」
すると、そこには今にも全身が泥水に浸かりそうになっているリリイの姿があった。
「リリイ!!」
リリイは流されてしまわないように、下水道に流れ込んだ木の枝の束に必死でしがみついている。
今にも流されてしまいそうだ。
「待ってろリリイ! いま助けてやるから! 頑張れ! 頑張ってくれ!」
カイトはリリイに必死で手を伸ばした。しかし、下水道の奥にいるせいでカイトの手は届かない。
それでも地面に這いつくばり、出来る限りに手を伸ばす。肩が外れてしまうのではないか、ワキが裂けてしまうのではないかと思うほど、それほど必死で手を伸ばした。
「ほら! こっちだ! もう少し!」
濁流と化した下水道。
リリイはその小さな手でしがみつきながら、カイトをまっすぐに見つめて鳴いている。
「もう少し……、くっ、もう少しなのに……」
ほんのあと少し、もう少しでリリイに手が届く。
カイトはなんとしてでも絶対に助けると胸に誓い、手を伸ばし続ける。
その時だった。
「ニャ……」
一瞬の出来事だった。
下水道の上から流れてきた他の木の枝の束によって、リリイのしがみついていた木の枝が流れていく。
それと同時に、リリイも一瞬で濁流の中に飲み込まれた。
その瞬間を、カイトは見てしまった。
「リリイ……」
もうそこにリリイの姿はない。あるのは濁流の流れだけ。
あまりにも突然の出来事に、カイトはしばらく放心状態になったが、すぐに我に返った。
「嘘だ…、いやだ……、いやだいやだいやだ!!」
カイトの心は、もうそこになかった。
そこにあったのは、生まれたての赤ん坊のようにただ泣きじゃくる姿。
自分がいま叫んでいるのかも、泣いているのかもわからない。
胸の奥が熱くて痛くて、息を吐くことを忘れて吸うことに必死になる。
自分が、リリイを殺したんだ。
わずか小学六年生のカイトには、あまりにも残酷すぎる現実だった。
その直後、心配して探しに来た母親がカイトの姿を見つける。
「カイト!! 何してるの!!」
母親は我を失って地面で泣き叫ぶカイトを必死で起こした。
「うわぁぁあああ!!!!」
母親は状況が理解できなかったが、激しく打ち付ける雨に交じって叫び続けるカイトを、ぎゅっと抱きしめた。
そんな七年前の記憶がよみがえる。
リリイとの壮絶な別れを思い出しながら近藤に話すカイトの目からは一筋の涙がこぼれていた。
「そんなことがあったのですね……」
近藤はカイトの話に胸を痛めつつも、完全には共感し切っていなかった。
共感したように見せかけた上辺だけの態度を、カイトは感じ取っていた。
「あなたも私と同じです。私が車で猫を轢いて逃げ出したように、あなたも逃げたんですよ。だから、裁きを受けたのですよ!!」
近藤の言葉に、カイトは思わず嘲笑した。
ごもっともすぎると思ったからだ。弁解する気も余地もなかった。
化け猫は、カイトが背負ったその十字架を見つたのかもしれない。
次回
第八話 涙似-ruiji-
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