第5話「伏讐-fukushu-」



「伝渉会(でんしょうかい)とは、なんですか?」



カイトは近藤に尋ねた。



「伝渉会とは、怪描を信仰している宗教団体です」


「カイ……ビョウ?」



聞き慣れない言葉に、カイトは素直に困惑する。その表情を見た近藤はフッと嘲笑すると、伝渉会について語り始めた。



「伝渉会では、猫を神として崇拝しています。その起源は古代エジプト神話にまでさかのぼるのです」



近藤の話によると、伝渉会とは古代エジプト神話に登場する"バステト"という神が起源だという。エジプトでは猫を神として崇めていた。


バステトはかつて、人を罰する存在として畏れられており、伝渉会はバステトが現代の罪人たちを裁いていると信じている。

罪を犯した人間はバステトによって裁きを受け、その罪を浄化させられるのだ。


そんな突拍子もない現実離れした話をカイトは真剣に聞いていたが、そんなことよりも聞きたかったことを質問した。



「それで? その話と、今回の事件にどんな因果関係があるんですか?」



近藤はかけていたサングラスの真ん中を指で押し上げると、事件の真相に近づけそうな話を切り出した。



「今回の事件、被害者には共通点があるとお話しましたよね? その共通点とは、最初にメッセージを送った通り、猫を虐待したことがあるという点なのです」


「虐待……?」



カイトは近藤の言葉に衝撃を受けた。

猫を虐待したことのある人が被害に遭っている。それはつまり、自分と近藤にも言えるということなのだろうか。



「近藤さん、申し訳ないのですが、僕は猫を虐待したことなどありません。それに、あなたは猫を神として信仰している人なのですよね? 矛盾していませんか?」



今回の事件の被害者が本当に虐待していたとしたら、近藤は神を冒涜しているとの同じ。矛盾しているのは明らかだった。



「もちろんです、私は"故意"に猫を虐待したことはありません。しかし一年ほど前、仕事が終わって車で帰宅する途中、突然道路に飛び出してきた猫を轢いてしまったんです。その時、私は神である猫を殺してしまったことが受け入れられず、猫の安否を確認しないままその場から逃げてしまったのです」



その話をしている近藤は、ソワソワと自分の腕をさすったり、拳を握ったりと落ち着きがなくなっていた。



「しかし家に着いてから恐ろしいほどの罪悪感に囚われ、バステトの偶像に向かって赦しを請うたのです。どうか、私に裁きをください、と」



そして、近藤のその願いを聞き入れるかのように、数日後の雨の日、"それ"は姿を現し、近藤は背中に大きな擦過傷を負った。



「そもそも我々、伝渉会は古代エジプト軍の意思を継ぐ団体なのです」



古代エジプト軍……。カイトはますます現実離れした近藤の話に、内心は"中二病かよ"という気持ちでいた。そんなカイトにはお構いなしに近藤は話をやめることはない。



「かつて、ペルシャ軍が行った猫盾戦法というのを存じでしょうか? ペルシャ軍は負けなしだったエジプト軍との戦いにおいて、エジプト軍が神として崇めていた猫を盾に縛り付け攻めてきたのです。猫を斬ることが出来なかったエジプト軍は、あっさりと降伏してしまいました。」


「生きている猫を縛り付けていたんですか?」


「そうです。さらに城門が固く閉ざされ、城内に攻め込めないとなると今度は猫を投げ入れ、開けなければ猫を 投げ続けると脅したのです。エジプト軍が猫を攻撃できないことをわかっていたからこその、卑劣な戦法でした」


「は、はあ……」



近藤は、熱弁するように語り口調に力が入っていた。

カイトは口が引きつっていたが、猫にひどい扱いをしていたペルシャ軍の話には怒りを覚えていた。



「わかりましたか? 今回の事件は、その時からの復讐なんです。被害者は何かしら、猫を傷つけた経験のある者……。つまり、あなたも猫を傷つけたことがあるはずです」



近藤にそう言われると、カイトは七年前の出来事を思い出していた。

目を閉じれば、今でも鮮明に思い出す。


公園で面倒を見ていた子猫のリリイ。あれほど可愛がっていたリリイ……。

その壮絶な最期を思い出すと、カイトの動機は激しくなり、まばたきは増え、呼吸も荒くなっていた。



「その様子だとやはり、何かあったんですね?」



近藤は不敵に微笑みながらカイトに尋ねた。



「はい……。俺は七年前、まだ幼い子猫のリリイを……」



都心を騒がせる化け猫事件。

そして、物語はここから、思わぬ方向へ動き出す。



次回

第六話 刹無-setsuna-

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