第3話「蔡会-saikai-」
カイトが小学5年生の時、公園で可愛がっていた猫の親子は保健所の職員に連れて行かれてしまった。
しかし奇跡的に茂みの中に身を潜め、1匹だけ難を逃れた子猫がいた。カイトは思わずその子猫をギュっと抱きしめた。
「良かった……、本当に良かった」
「ゴロゴロ……」
子猫はカイトの腕に抱かれながら、甘えて喉を鳴らしている。
母親と兄弟たちを一度に失ってしまった子猫、カイトはその子を抱きかかえて家路に着いた。
子猫と一緒に暮らしたい。
そう願い、無理を承知で両親にお願いしようと思ったのだ。
しかし……。
「カイト! 何考えてるの!?」
反応はカイトの予想通りだった。
カイトの両親はふたりとも猫アレルギーであり、特に母親は小さいころに猫に触れて重度のアレルギー症状に悩まされた経験があったのだ。
「今すぐ元の場所に返してきなさい!」
母親の罵声を背中に、カイトは再び元の公園へと足を進めた。
しかし、あの公園に返してしまえば、またおばさんに通報されて保健所に送られてしまうかもしれない。
カイトは家から少し離れた場所にある別の公園へと向かった。
「ごめんな……、俺の家では一緒に暮らしてあげられないんだ」
「ニャーオ」
子猫はカイトの腕から離れると、ヨチヨチ歩きで公園の茂みの中に入っていく。
カイトは持っていた給食の残飯の魚を子猫の目の前に置くと、その場をゆっくり離れようとした。
「ニャー」
しかし子猫は、魚には見向きもせず、茂みの中から再びカイトの元へと戻ってきた。
カイトがその場にしゃがみ込むと、足元にすり寄り、甘えて喉を鳴らし始める。カイトはそのまま子猫の頭を撫でてあげた。
「この子は僕が守ってあげなきゃ」
カイトは親兄弟と引き離された子猫を放っておくことは出来なかった。
そして学校の給食の残飯を袋に詰め、放課後には子猫の待つ公園へ必ず寄ることが日課になっていった。
「ほら、持ってきたぞ! こっちにおいで、リリイ」
その後、子猫には"リリイ"という名前がつけられた。カイトにとってリリイは大切な親友のような存在へと変わっていった。
7年前のそんな記憶がよみがえる。
化け猫に遭遇した時、カイトは忘れかけていたリリイのことを思い出したのだ。
「なあ、ハルナ。ちょっと一緒に調べてほしいことがあるんだ」
「何? でも今はまだダメだよ? 背中の傷の出血も止まってないだろうし」
ハルナに案じられながらも、カイトは数日後に無事退院することが出来た。背中の傷は思ったよりも大きく、痛みは未だに続いている。
そして、ただの都市伝説でしかないと思っていたこの「化け猫事件」。カイトは独自に調べたいという衝動に駆られたのだ。
あの雨の日に遭遇した化け猫。7年前のリリイの存在。カイトにはどうしても、根拠はないもののふたつの出来事に、関連を感じていた。
そんなある日の放課後、カイトとハルナは都内にある図書館にやって来ていた。
ふたりで何冊かの本を机に広げ、それを囲うように椅子に座る。
「ハルナは化け猫の発祥について調べてくれるか? 俺は、他にも似たような事件がなかったか調べてみる」
「わかった」
化け猫の噂の始まりとなりそうなことがないかはハルナに任せ、カイトはインターネットで今回の事件の経緯を探ってみることにした。
最初の事件は今から1年前に遡る。
土砂降りの雨の日、会社員の男性が住宅街の路地裏で、目の前に突然現れた黒い影に遭遇。
恐怖した男性が逃げようと背中を向けた瞬間、背中にとてつもなく大きな力が加わった。
皮膚や筋肉組織がメリメリと引き裂かれる、経験した事のない凄まじい痛み。
男性はそのまま意識不明の重体となり、救急搬送された。
その後、男性はワイドショーのインタビューに応じ、犯人像が曖昧な事件で一躍世間が騒然としたのだ。
その頃からSNSでは、男性の背中の傷跡が3本の大きな擦過傷だったことから、怪物の仕業ではないかと噂になり始める。
その後も次々と雨の日に起こる事件に、ワイドショーでは「連続通り魔事件」、SNSでは「化け猫事件」と呼ばれるようになった。
被害者に死者は出ていないものの、全員が揃いも揃って「ハッキリとは見えなかったが、人の2倍もの大きさの猫のように見えた」と証言していたのだ。
そしてカイト自身も見た、あの黒い大きな影と、猫の鳴き声。自分が体感して初めて、化け猫の存在を否定出来なくなった。
すると事件の資料を見漁っていた時、カイトのスマホのバイブレーションが響く。
ふとディスプレイに目をやると、某SNSからのダイレクトメッセージを受信する知らせだった。
「なんだ?」
メッセージの開封したカイトは目を疑った。
"あなたも、猫を虐待していた人ですね?"
平穏な日常が、音を立てて崩れ始めていた。
次回
第四話 伝渉-densho-
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