第2話「悲謎-himei-」



「カイト! カイト!? 目を開けて!」



朦朧とする意識の中、ハルナの声が聞こえた。今にも泣きそうな震える声。

同時に体を揺さぶられる感覚。カイトはゆっくりと目を開けてみた。



「カイト!!」



目を開けると、目の前に見えるのは真っ白い天井と、心配そうに自分を見つめるハルナの姿。

カイトはこの状況をまったく理解できていない。



「ハルナ……、俺は……」



周りを見てみると、そこは病院の一室のだった。しかし、ここに来た経緯はまったく思い出せない。

カイトは自分で最後の記憶を辿ってみる。



「あっ……」



打ち付ける土砂降りの雨、駆け抜ける雷鳴、そして……、目の前に現れた怪異。


それを思い出すと、気が動転し始めた。

あの時、自分の目の前に現れたものは、化け猫だったのだろうか。恐怖感が蘇り、気付けば両手が震えていた。



「カイト? 大丈夫?」



ハルナは相変わらずカイトの容態を心配している。

カイトはベッドからゆっくり体を起こすと、背中に電気が流れるような激しい痛みを感じた。



「うっ!!」



思わず顔をしかめながら自分の背中に手をかける。

病院着の中に手を入れてみると、上半身全体が包帯で巻かれていることに気付いた。



「カイト……、まさか、あの連続通り魔に襲われるなんて……、でも、無事で本当に良かった」


「……通り魔?」



ハルナの話によれば昨日の帰り道、カイトは昨日話したばかりの通り魔に路地裏で襲われたらしい。

背中には大きな4本の擦過傷。出血も多く、一時は輸血も必要となったが無事に一命を取り留めたと。



「あれは……、人間じゃなかった」



カイトのその言葉にハルナは驚きの表情を浮かべた。



「あれは……、大きな猫だった。俺よりも大きくて丸くて」


「カイト? 何言ってるの?」



カイトの発言にハルナは戸惑うしかなかった。

昨日はあれほど化け猫の存在を否定していたのに、今はそれを見たと言っている。事件のショックで、気がおかしくなったのではないかと心配していた。


そしてカイトは化け猫を目の当たりにしたとき、ある過去がフラッシュバックしていた。



それは7年前のこと。


カイトがまだ小学生5年生の時、学校の帰り道にある公園での出来事だ。



「あ! 猫だ!」



公園にある木々が生い茂った場所。その片隅で猫が子猫を生んでいたのだ。


母猫の横たわるお腹の周りには子猫が4匹、一生懸命母乳を飲んでいる。カイトは刺激にならないよう、少し離れた場所からその光景を見ていた。



「うわー! 可愛いなー!」



母猫は母乳を子猫たちにあげながらも、自分の前足をペロペロ舐め、愛らしい表情を見せている。


それからというもの、カイトは学校が終わると毎日のように公園に顔を出して、こっそり猫たちにご飯をあげるようになった。


母猫は最初警戒していたものの、次第にカイトの優しさに応えるように喉を鳴らして近づいてくれるようになった。



「ニャー」


「ほら、みんなご飯だぞ!」


母猫と子猫4匹との日々は、当時友達の少なかったカイトにとって拠り所となっていた。



それから数日後。


いつものように公園に寄ると、そこには1台のワゴン車が停まっていた。

公園の中には作業着を着た男と、この辺りに長く住むおばさんの姿もある。



「どうしたんだろ?」



カイトは大人たちに気付かれないよう、そっと陰に身を潜めて会話に耳を傾けた。



「たぶん、これで全部ですかね」



作業着の男がおばさんにそう言った。



「ありがとうございました。最近、子猫を生んでしまったようで、この辺に糞尿するもんだから、本当に臭くて臭くて……、鳴き声もうるさいし、これでようやく静かになるわ」


「こちらとしても、なるべく飼い主さんが見つかるように尽力はしますが、もしも見つからなかった場合、この子たちは殺処分されることになります」


「あー、そうなの? 別に構わないわ、だってこれだけ私たち住民に迷惑がかかってるんですもの。この公園にずっと住み着かれたらたまったものじゃないわ」



会話を聞いたカイトは耳を疑った。

そしてふとワゴン車の後部座席を覗き込むと、ケージに閉じ込められた母猫と子猫たちの姿を見つけ、思わず窓ガラスにしがみつく。



「そんな……」



カイトにはわかっていた。ここで自分が何かを訴えても、大人たちには敵わないことを。

作業着の男が戻ってくる。カイトは再び物陰に身を潜めた。



「ニャー!!」



ワゴン車の中から猫たちの鳴き声が聞こえる。それは悲鳴に聞こえるほど、悲しくて必死で助けを求めるような声だった。


無情にもワゴン車は走り出し、鳴き声も聞こえなくなっていく。カイトは何も出来ないまま、その場でうずくまった。



「ごめん……、ごめんよ」



物陰でしくしくと泣くカイト。

悔しさ、無力さ、いろんな感情が胸に押し寄せて、呼吸も荒くなる。


その時だった。



「ニャーオ」



子猫の鳴き声だ。

そして、茂みの奥から1匹の子猫が姿を現した。


絶望的な状況の中、ひとつの命だけが難を逃れていた。



次回

第三話 蔡会-saikai-

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